羽なしハーピーは昔話を語る
お読み頂き有難うございます。
これにてハーピーとゴードンにまつわる話はひと段落となりますね。
「どの種族も、繁殖を求めて殺し合い奪い合い……。何時しか絶滅した種族も、島から逃げ出す種族もいました。
そして、何時しか雌の種族の比率が高くなって……。ハーピー姉妹のリリとルルが生まれました」
「絵本のタイトル……」
「その時……丁度浮き川の島の領域権を巡ってバッサバサとシャーゴンが口を出してきました。シャーゴンの山の頂上の岩がくっついている。当時、橋扱いになっていたから、大地だ。いや、完全な浮き島だからバッサバサだ。等と、各々住んでいる種族を抱き込みました」
アルベリーヌが指したページには、向き合ったセイレーンとハーピーが淡く優しい色合いと筆で描かれていた。
……優しい絵なのに怖いわねとミューンは内心呟く。
「シャーゴンは我がハーピーの一族に、自治権を認め国の防衛を頼み、報酬を持ちかけました。我々は多情な旦那様を望みました。
多分セイレーンもそうでしょう」
え?態々元から女タラシを?厄介払いだと思っていたわ何故?その意図が全く分からなかったミューンは首を捻った。
「何で誠実な旦那様を望まないのかしらね。女好きなんて不良債権じゃないの」
「個人的には同意致します。ですが多情で、女が自分を巡って争うことに何の呵責も感じない殿方が良いのです。
一途な方は悲しまれてしまわれますから」
「そうですの」
建前なのだろうけど単に好みの問題を飾っているだけもしれないわ、とミューンは思った。
「それで……ルルさんとリリさんはやってきた旦那様に何を望んだのかしら?」
「私達の何代か前の祖父である『始まりの旦那様』は美しく多情でしたから、沢山の卵を期待しました」
「明け透けね……。子供がそんなもん読んでるの?」
「行為そのものは書いてありませんし、生命の営みを隠す方が不自然に育ちます。
女性にチヤホヤされてきた旦那様は、リリとルルの戦場の塵に塗れた容姿を厭いました」
「うわあ……」
そうだろうな、とは思ったがやはりロクデナシだったようだ。
「邪険にする彼に心を痛めた姉妹は話し合いました。一生懸命、彼の世話をしながら、必死に考えたのです」
……ダメンズ好きの筋金入り、いや全て包み込み過ぎてブラックホールな系も怖いわ。そんな限界は越えなくても良いんじゃないかしら。身内に居たら困るだろうなとミューンは思った。
「しかし、彼は傷付きながらも愛を乞う姉妹に、愛情を向けようとはしません」
「ゴードンが並び立てる屑じゃないの。何故返品しなかったのかしら……?」
シャーゴンに叩き返せば良かったのに……とは、子孫であるアルベリーヌには流石に言えなかった。
「獣人は、こうと決めた番に一途なのです」
「そりゃ分かっているけど……理不尽ですわよ」
ミューンは、心底番がフリックで良かったと内心ため息を吐く。
そして、庭でフリックが子供達に囲まれているマイナスイオン全開な風景を見て、この荒んだ話を脳内で中和することにした。
「ある日、リリはルルに言いました。旦那様は寂しがり屋だから、人の温もりを求めるんだと」
「ええー?……そんなげど……女タラシに目茶苦茶好意的すぎるわ……」
「心からの尽くしていても、旦那様は逃げようとします。
ですが、戦場なのです。リリは、ある日流れ弾から旦那様を庇いました」
ニマリ、とアルベリーヌは嗤ってページを捲った。
「人が目の前で死ぬことに慣れていない、戦闘経験に乏しいプライドだけの高い男が、女に庇われて……生き残る。さぞかし、死ぬまで苦しむでしょう。引き摺る事でしょう?」
「……そりゃ、同性でも残ると思いますわ……。喉乾きませんシスター。用意させますわ。子供達にも」
「でしたらご相伴に預かります」
流石に衝撃で、喉の乾きが気になったミューンは、窓の外に居る使用人に指示を出した。
あっという間にセッティングが組まれ、庭では可愛らしい歓声が上がり、ミューンの喉と心も癒されてゆく。
『リリは旦那様の心を刺して、ルルは旦那様を墓に引きずり込みました』
そして、テーブルに置かれた絵本のページには……羽の塊にすがりつく男とその一文が、描かれているのが見えた。
「心を変えるには、インパクトが必要なのです」
「思いきった戦略過ぎるわ……。命を賭けなくとも」
生きてりゃもっと良い男が、と言いかけて止めた。
ミューンは、国防に携わるハーピーの一族の常識に苦言を呈する立場ではない。
「試練の手引き役は、出来るだけダイナミックに命を棄てて『リリ』の名を。全ての姉妹を制して生き残り、旦那様と墓に入る者が『ルル』の名を得ます」
「……ルルの名前を……?あ!空軍将、アルル……ローラ様は……」
全ての姉妹を殺した、と言われていたがそういうことだったのか。
「ええ今頃はアルリウエナが……リリリウエナ……言いづらいですねまあ、リリベリエも言いづらいのですが」
「そのお名前って……」
「ええ、父の『リリ』です。今回とは趣向が違いましたが、ベリエ叔母様に心を奪われた父をご覧になられましたでしょう?」
アルルローラの横で、ピクリとも表情を変えず声も発しなかった壮年の男性。
彼が、前回の『愛の試練』を受けた者。
試練とやらにどれだけのバリエーションが有るのだろう。気になるけど怖そうだわ、とミューンは思った。
「んん?ちょっと待って。あのお嬢さん……」
小さな背中に亜麻色の羽を生やして、ゴードンを庇っていたハーピーの少女が思い出される。
その彼女が『リリ』の名前を得たと言うことは。
「……あんなのの為に死ぬことになるなんて」
「それで大体の旦那様の心が完全に折れます」
「でもそれなら、一生『リリ』を愛した男を『ルル』が想わなきゃいけないってこと!?凄いわね」
思わず敬語を忘れて言ってしまったが、辛すぎるしマゾなの?との言葉は流石に飲み込む。
ああ、だから心はリリが手に入れて、その他はルルが……と描かれているのか。
何と言う重くて怖い童話なのかしら。フィクションなら好きかも、とミューンは思った。混乱して少々頭が付いて行かない。
「まあ、別に普通の女性だって多かれ少なかれ、意中の方にはアプローチするものね。普通の作戦は、好みのメイクだったり猫かぶり……でしょうけど」
「ええ、父親達の体験談を生かしているだけですから」
「お父様……?」
「ドレッダ嬢のお家の方針は存じ上げませんが、父親として『こういう男の仕草に気を付けろ』『こういう時に騙されるな』と娘に、娘の幸せを願ってのレクチャーをするものだと思います」
「有りますわね」
「旦那様として妻に愛情を抱けなくとも、娘には甘く可愛がってくださいます。ですから、同じ轍を踏ませたくない。死なせたくない……そんな想いがハーピーのマニュアルに籠っているのですよ」
つまり、ハーピーの『旦那様』は死んでゆく妻に心を折られ、その後も妻達を見送り、娘達が死ぬのを見続けなければならないということ。
『多情な旦那様』は凄まじい罰をその残りの生で見続けろと言うことか。
可哀相、と言う気持ちが一瞬湧きかけて、いやでも過去に女性を傷つけまくって棄てて来たんだから仕方ないわよね。とミューンは納得した。
しかし、犠牲になった少女は……。
「……」
「どうしました?法務大臣のご息女であらせられる貴女なら、この程度にお心を痛めないかと思っていましたが」
「ああ、ええ違うの。雄ばかり産まれる種族、と言うのが聞いた事が無かったから」
「絶滅した種族もおりますし、島を棄てて余所へ逃れたら雌が産まれた種族も居ます。ですから、今のシャーゴン国内には存在しませんね」
ハーピーの話は、思ったよりも重かった。シャーゴン国内で伝わる話とは随分違うようだ。
「様々な血をお持ちの『旦那様』がいらしたことで、ハーピーも色々変わりました。私のような羽のないハーピーや、雌雄同体のハーピーも。恐らくセイレーンでもそうでしょう。もう暫くしたら雄のハーピーも産まれるやもしれませんね」
「……そ、それが最終目標?」
「さあ、分かりません。ですが、私達ハーピーは争い好きですので、雄が産まれた所でまた何らかの戦いへ繋がる策を巡らせるでしょう」
これはフリックには聞かせられないわねえ……と眉根を寄せたミューンは、次のページを開いた。
俺達の戦いはこれからだ、のような感じのラストで終わり……最後に島に居た住人達が可愛らしい挿絵で描かれている。しかし、其処に居たひとつの種族に目が釘付けになる。
「……これは」
「ええ、嘗て。若草色のサーベルタイガーも、浮き川の島に居たのですよ」
かつて雄しか生まれなかった種族としてね、とアルベリーヌは笑った。
「フリックとコレッタとの出会いは偶然でしたが、これもきっと祖のお導き。良き廻り合わせをくださいましたのですね。フリックの庇護者で妻となられるミューン・ドレッダ様、我が一族並びに修道院を末永く宜しくお願い致します」
修道院はいいけれど、ハーピーに関しては嵌められたのか。
ミューンは口の端を引き攣らせながらも、頷くしかなかった。
次回は、暫く出番のなかったお嬢様系翼竜のシュラヴィが戻って参ります。




