試練は、以上。此処までです。
お読み頂き有り難う御座います。
残酷表現が御座います。
目の前で体を雨のような銃弾に撃たれると分かっていた彼女の言葉。
成程、これが愛の試練なのだな、と。
何処かで冷静な自分の腑に、ゆっくりと。潰れながらべたりと落ちた。
「ああああ!!あああああ!!」
叫んでも、何も戻ってこない。
未だ温もりを湛えたままの体は、骸となってしまった。
纏わりつく羽の感覚が鬱陶しい。何故だ。
一匹だけしか連れてこなかった!なのに、何故増えてやがる!?
「父上!!父上!!嘘だろ!?俺を見棄てるのか!?」
「妃も、私も忠告しただろう?ゴードン。ひとを傷付けてはいけない。思いやる心を持ちなさい。王家は、ひとに支えられている」
まるで子供に言い聞かせるように話しながらも、父親の顔が歪む。
駄目だ。父親は役に立たない。
「ミューン!コンラッド!!俺を、俺を助けろ!!」
「ホホホホゲホッ!論外ね!」
「……締まらないねえミューンは。まあ、体には気を付けて暮らしたまえ」
高笑いに失敗して咳き込みながら此方を睨むミューンと、ニコリと冷たい目のまま笑うコンラッド。
開いた窓の外には、時折光る雷を連れた暗い雲が立ち込めている。
「旦那王子様、帰りましょ」
「お迎えに来てあげた。私達、今日は争わない日」
「『お出掛け』はおしまーい」
「早かったのですね、お姉様達」
ゴードンの抵抗など、相手にされず。
名前も覚えていないハーピー姉妹達にあっという間に無力化された。
「またね、お舅陛下」
「今度はお会い、できる?」
「会えたら嬉しいかも。私達を歓迎してくれた!」
「お姉様がた、そろそろ」
「……スカッド嬢、達。愚息を、頼む」
「父上!親父!!……とうさま!!にいさま!!助けて!!ミューン!コンラッド!!」
泣き喚いて懇願までして見せたと言うのに、誰も動かなかった。
そして、嵐の中。四人のハーピーによって無力化されたゴードンは鳥籠へ戻されてしまった。
喚いて叫んで気を失い……中には、一冊の本が転がっているのに気付く。
「何だこれ。『薄鈍リリと死に損ないルル』……?」
酷いタイトルだ。
イラついたゴードンは本を乱暴に外へ放り投げた。
「読まないんですか?」
いつの間にか、鳥籠の直ぐ傍に傘を差したアルリウエナが立っていた。
「私、王都は二回目でした。昔、お父様のおうちにコッソリ行ったこと有るんですよ。地に落ちついてしまったベリーヌお姉様と。マイヤー家、に」
にこり、と無視するゴードンに気を悪くした様子もない。アルリウエナは笑って籠の縁に腰掛け、勝手に話し始めた。
「立派なおうちでしたけど、門前払いでした。王家に恩を売れたが、色狂いに関わる気は無い。狂ったハーピー女の産んだ娘は迷惑だそうです」
淡々と語る様子が不気味に思えたゴードンは後ずさる。柔らかな絨毯を敷かれた床が、何故かとても冷たい。
「おかしいとその時思いました。お母様や叔母様や伯母様、お祖母様や大お祖母様やそのまた前にも、散っていった姉妹も。故郷を守るために戦ってるから、こいつらをノウノウと生かしてるのに」
彼女の青黒い瞳は、ゴードンのみを映している。返事も待たず、彼女は続けた。
「だから、蔑む執事とお祖父様の顔を撃ちました」
「……は?」
「ベリーヌお姉様と私のふたり以外、おうちの中の命の火を消しました。中はちゃーんと綺麗にしましたよ。お手入れもお片付けは得意なんです。戦場は綺麗にしないといけないんです。瓦礫もありませんでしたし、何の苦労も有りませんでしたよ」
ゴードンは、何故か自分の手を見た。
ハーピー姉妹によって整えられた手を。
「その時ベリエ伯母様が迎えに来てくれたんだったかしら。帰りに教えてくれました。伯母様もやったんですって」
「な、何を」
「お祖父様のおうち訪問ですよ。家が残っていたら、雛の中の誰か一羽か二羽がやるそうなんです。ルーツを知りたくなるんでしょうね」
蔑まれる顔を撃ちたくなる事まで、セットで。と彼女は淡々と続ける。
「別居されてたお祖母様は、会えて嬉しいと言ってくれて泣いていましたから、撃たなかったです。ベリーヌお姉様の修道院をくださったのも、お祖母様でしたね」
彼女は知っていたのだろうか。ハーピーの孫が訪ねて来る危険性を。だから、無理矢理でも喜んで見せた。
いや、それとも。何か他の理由があったのか。
「バッサバサから羽を落とされて落ちたセイレーンなんですよ。私の父方の祖母は。向こうもそんなに事情は変わらないようですし」
ゾッとした。何故、此方の疑問に先んじて答えを言えるのだろう。
まるで、台本でも有るような。いや、マニュアルと言っていた。
「旦那様が逃げるのは、ずーっと昔からの恒例なんです。最初は大体私達を見下して、丸め込もうとします。だから、乗ってあげるんです。少しは私に関心が湧いたでしょう?」
見透かされたゴードンの心臓が、ゴトリと落ちたかのように跳ねる。
「役割はそれぞれ。
騒いで旦那様の心を掻き乱してイラつかせる役割。私は少し落ち着いた風を装い、騙される役割。
閉鎖空間で育って、恋をしたことの無いチョロい小娘くらい騙せる。
私達、そういう旦那様のニーズに答えて、お付き合いしてあげる作法を雛の頃から習ってます」
「雛の、頃から」
ニーズに、答えて演じてあげる。仕方ない我が儘の癇癪持ちを宥める為に、仮初の希望に満ちた幻想を見せてあげる。
そういう風に聞こえた。
「王侯貴族が旦那様を投げ込むのは、私達に餌を放り込む位の認識なのは知ってます。別にそれで結構です。必要なのは事実ですから」
雨は強くなって、アルリウエナの亜麻色の翼を濡らしていた。
「私達のお父様は、お母様や伯母様や叔母様以外に過去に関係を持たれていたそうですから、ご経験は豊富なんですよね。
お祖父様も、そのまたお祖父様もね」
鳥籠の中へは足を踏み入れず、アルリウエナはゴードンを見つめる。
「沢山の色事に長けた殿方の積み重なった経験と膨大なデータは、貴方の思考に勝ります。貴方は予想を覆せない。
さあ、ドレッダ侯爵令嬢への未練と心は折れましたか?」
少女の目には嫉妬が浮かんでいる。その様子に、恐怖は無くゴードンは何故か嫌ではなかった。
合理的で、静かな彼女に少し心が動いていたのか、と今更ながらにゴードンは気付いた。
「貴方が誰を選ぼうと関係ないんです。戦場で最後に生き残った女であること、其れが貴方の妃です。
例え、『許すから王宮へ戻れ』と王命が下ったら……貴方を撃ってから戻しますからね」
其処まで早口で言いきった彼女はピク、と何かを感じ取ったようで、振り返った。
「説明もういーいィ?」
「お帰りィ、リウエナ」
「お疲れェ、リウエナ」
「……お休みィ」
硝煙と、土煙と、銃弾の雨が降り注ぐ。
閉じ込められた鳥籠の中から、ボンヤリと他人事のように嫌悪していた光景が、目の前の少女に注がれていく。
「お別れですね、ゴードン様。心はお傍に」
撃ち抜かれたその顔は、恐ろしいのに。愛嬌が有ると思ったのは、何故だろうか。
どれだけ放心していたのだろう。硝煙が立ち上る中、ゴードンの耳は穏やかな声を拾った。
「リウエナがリリになった。旦那王子様の心に焼き付きたかった」
「卵すら孕まなかったのに、心を欲しいリリに。仕方の無い子」
「旦那様の卵を産みたかったでしょうに」
「勝ち残らずに悔しかったでしょう。そんなに薄鈍リリになりたかったのね」
「残りは任せて」
ハーピー達、アルリウエナの姉妹は何時もとは違い、静かに妹を抱き締めている。その様子を場違いに思ったゴードンはカッとなった。
「お前達がリューンを殺したんだろうが!!」
「そうよ旦那王子様」
「それがどうしたのォ?旦那王子様」
「リジーもマーリーもジニーもチナもそうだったのよ、旦那王子様ァ」
そうだった。
ハーピーの誰が死のうが知ったことでは無かったのに。
「あの時は悲しまなかったわ、フリだった」
「リウエナに情が湧いたのね」
「もう少しね」
「時間が必要」
「お父様のお教え通り」
キャラキャラと笑う声は、アルリウエナに似ている。
「……アルリウエナ」
よろけながら小さなハーピーの元へ近寄る。
亜麻色の羽は、血に塗れたまま。最初に触れた柔らかな感触は無く、雨と血で固まりつつありゴワゴワと指を刺す。
失われた彼女を初めて呼んだ言葉は、骸にしか届かなかった。
娘を愛する父親の愛を、婿捕獲マニュアルに転用してきたハーピーの一族です。




