ハーピーのマニュアル
お読み頂き有難う御座います。
ゴードンの企みが崩れて参りますね。
「……何でだ」
誰の目にも映らないルートを選び、足を運んだのに。何度見ても兄の部屋は空っぽだった。
確かに彼らの匂いがするにも関わらずだ。
「……成程」
「何処に逃げやがった。いや、隠れてんのか?アイツら……ナメた真似しやがって」
イライラしたゴードンは部屋のテーブルを蹴り倒した。そう言えば調度品が少し違う。罠を仕掛ける為に入れ替えたのだろうか。
「旦那王子様」
「手伝えリューン。アイツら、残らずぶっ殺してやる」
アルリウエナが携える大きなライフルなら、きっとゴードンの望みは叶う。彼女を連れてきたのも、ゴードンだけでは立ち向かえない荒事に荷担させる為でもある。
しかし。
「言質を頂きました。阻止します」
「は?」
先程まで従順な返答をしていたアルリウエナの反論に唖然とした。その亜麻色の羽は風に揺れていた。いつの間にか窓が開いていたらしい。
そうか、其処から逃げたのか。しかし、動こうとするゴードンをアルリウエナは押し止めた。
「っっつ!!痛ぇな!!」
両手とは言えか細い腕からは思いもよらぬ力が、ゴードンの右手を締め付ける。
「旦那王子様。私達の番。私の番。可哀想な番。王家は私達を受け入れました。これは愛の試練なのです」
意味の分からないことを語るハーピーの少女に怒鳴り散らそうとしたゴードンの耳に、ふたりの涼やかな声が響いた。
ゴードンが聞きたかった声が。
「そうよ、ゴードンはスカッド一族のハーピーのお嬢様がたの番になったのよ。名実共にね!!」
「君は本当に、傷付けたものをまた何事もないように欲しがる癖を治せていないのだね」
匂いは無かった。なのに、何故か。
扉を塞ぐように、ミューンとコンラッドが居た。
沢山の騎士を従えた幼馴染み達の目は、憎しみに彩られている。
「何故だ」
分からなかった。何故、憎しみを向ける?何故、気取らせなかった?幾つもの何故が表面上を滑り落ち、ゴードンを置いていく。
「時間も勿体無いし、面倒だから省くわ。アンタに使う時間よりも、フリックに使いたいの」
「ミューンに同意するのも癪だが、我々は番が愛しいのだよ。暇ではないのだ」
あくまでも、ゴードン以外を選ぶと言う彼らにゴードンの怒りは最高潮に達した。
「ざけんな!!下手に出てやってたら図に乗りやがって!!俺は偉いんだよ!お前らは、俺より下なんだぞ!?」
「ふん!バカね、ゴードン。私はアンタになんか従わなくて良いのよ!て言うかずうっと従いたくなんか無いわ!バーカ!べーだ!!」
「ミューン、君、安物の悪役のようだから止めたまえ。私まで品位を問われるじゃないか」
嘘だ。此れは悪い夢だ。
だって、反省したじゃないか。鳥籠に囚われてやって。
なのに、何故許さない。何故ゴードンを選ばない。あんな、役に立たない奴らを何故選ぶ!?
そんな子供のような理屈で頭が一杯になったゴードンは、叫んだ。
「ンな訳有るか!おい、ガキ!!その無駄にデカイ銃寄越せ!!」
「……構いませんが」
口では勝てないのだから、力ずくで脅せばいい。
そう血が上りきった頭で閃いたゴードンは、半ば強引に鉄の塊を奪った。しかし、少女が軽そうに持っていた筈のライフルは何故か一気に重量を増し、彼の腕を容赦なく痛め付ける。
「なっ!?」
「王宮での戦闘行為は禁じられています。セーフティ機能が作動します」
「お前、ざけんな!!俺の味方じゃねーのかよ!?」
激昂するゴードンに、アルリウエナは不思議そうに瞬きした。
「味方、とは?」
「おい、まさかお前、俺をハメたのか!?」
「……『旦那様は、里心が付くもの』ですから。旦那王子様の思いどおりのお里帰り、楽しかったでしょう?」
睨み付けてもアルリウエナは何一つ動じていなかった。
そう、あの鳥籠の中に居た時から。
逃げたいと言った時。逃げた時。武器を奪われても。
あの、頑丈な鳥籠が開き、とんとん拍子に進んだことに何の疑問も持たなかった。
「本当にマニュアル通りなのね。作った方々、凄いわ」
「恐れ入ります、ドレッダ侯爵令嬢」
マニュアル。その言葉にゴードンは血の気が引いた。
これ迄のゴードンの行動は、全て読まれて、お膳立てされていたと言うことなのだろうか。
「お里がもし私達を拒まれたら。別の未来も有りました」
「ご冗談をスカット嬢。王家たるもの、マイヤー家やらパーキ家やらの轍は踏まれないのさ」
マイヤー家。
それは、彼女の父親の生家。パーキ家は知らないが、恐らく貴族だった筈。なのに、今はどれだけ思い出しても、貴族にその名はない。奪爵か、それとも……。
「まさか」
「お祖父様も、そのまたお祖父様もお逃げになったそうです。旦那王子様と同じ手管で。お父様は少しイレギュラーでしたけど、それでも所詮は同じ」
同じ手管。
未だ年若い少女のハーピーを騙して連れ出させ、自由になろうとする。その手口を、ゴードンよりも前のハーピーに捧げられた男達がやっていたのか。
逃げ込んだ先は、どうなったのか。ハーピー達がどうしたのか。マイヤー家はとうに無い事が証明しているのではないか。
「家を潰したのか」
「私達を拒んだので、仕方なく」
では、ゴードンが下手をすれば、王宮は潰されていた?
喉に張り付く疑問が、恐ろしくて聞けない。
「あんたの決断がいっつも国を巻き込むのよ。本当に害悪ね」
「もっと早く決断すべきだったのだがね」
「何度も世代を代えても、私達が愛する旦那様達は、本当に中身がそっくり。愛おしい」
うっとりと話すアルリウエナの声に、思わず尻尾の毛が逆立つ。ゴードンは初めて彼女に恐怖を覚え後退りした。
逃げたい。
だが、入り口はミューンとコンラッド、騎士達に塞がれている。
窓から飛び降りようにも、戦場を駆ける翼を持つアルリウエナは難なく追い付くだろう。
ゴードンの味方は、誰も居なかった。
「だからゴードンよ、お前を王子として生家へと戻らせる訳にはいかない。施政者として、彼女らの上司としてな」
ゴードンと似た声が、第二王子ユーインの私室に響き渡る。
深く頭を下げた彼らの後ろに見えるのは、この国の国王。ゴードンの所業をずっと叱りながらも庇って始末してくれた父親が、他人を見る目で彼を見ている。
立ち尽くしているのはゴードンのみだった。
お父様にして国王様、満を持して所か遅まき過ぎながら登場ですね。
息子達と同じく赤褐色の狼です。




