傲慢なる語り手
お読み頂き有難う御座います。
好き勝手に語っていたのは、奴でした。
「ある日、王子さまは刺客に襲われました。王政をよく思っていない人達の仕業でした。ですが偶々そこに居合わせた葡萄色の髪の少女。見事王子さまを守り抜き……息絶えそうな程の怪我を負ったのです」
「旦那王子様、お話しが上手ですね」
「だろお?俺、実は絵本作家にもなりたかったんだよなあ」
褒められたゴードンはにやり、と傍らのハーピーの少女に笑ってみせた。
「王子さまは大怪我をした彼女を見て狼狽えました。そして、何時も服の隠しに着けているブローチを落とし割ってしまったのです。台座からはキラキラと、砂粒程の欠片が零れ落ちました」
「……癒しの効果が有るから、ですか」
「そーそー。流石に産地の生まれなら分かるか。
王子さまは何と、その砂粒程の欠片を葡萄色の髪の少女に与えてしまったのです。傷は、傷を負った背中にめり込み、あっという間に良くなりました。
ですが、大変。少女に異変が起こったのです」
油煙塔が見える王宮への道の片隅で、ゴードンは暇潰しがてら昔語りをしていた。
「王子さまが肌身離さず着けていたブローチは、王子さまの魔力の性質を受け継ぎます。
一番目の王子さまは増幅。二番目の王子さまは高揚」
「旦那王子様は何でしょう」
「俺の石は宝物庫のティアラにくっついてるからな……。いっつも持ってねーし分かんね。つか兄貴たちも教えとけよな。不親切」
兄どころか両親や宝物庫の番人にも説明を受けたことをすっかり忘れ、ゴードンは勝手にも吐き棄てた。
「不思議な力で助けられた葡萄色の髪の少女は悟りました。やはり彼は、自分が思う以上にとても高貴な人物であると。
彼に愛されれば、傾きかけの家を救える。全てが上手く行くと夢を見てしまったのです」
アルリウエナは首を傾げた。
「当時も今も、貴族は平民と結婚すると家名を背負う事は出来ません」
「あー、それ?平民は知らねーからな、貴族のルールとか。ま、俺も平民のルールとか知らねーから御相子的な?遊び同士の関係で丁度いーだろ。気に入ったんならいーとこ妾だな」
ゴードンは嘗て番探しに城下にも出ていた。最初は真面目だったらしいが、最終的にはそれも適当になって平民を弄んでいる事も多かったようだ。
「葡萄色の髪の少女の口は軽く、王子さまは常に彼女を見張らせて居なければならない。やりたかった勉強も儘ならなくなる。王子さまは困り果てていました。でも、更に悪い事が起きるのです」
楽しげに兄の過去を脚色して語るゴードンの言葉を、アルリウエナは穏やかに待っている。そんな姿は他の姉妹よりもまあまあマシかもしれない、とゴードンは思った。
「お妃に与えるべき、その石が割れ。しかもその欠片を平民の娘に与えてしまった事が、金糸雀色の髪の婚約者にバレてしまったのです」
「修羅場ですね」
「金糸雀色の髪の婚約者は泣き狂い、怒りました。
それはそれは、仔狼の弟王子の心に残る程に、憐れな様子だったのです」
「覚えてお出でなんですね」
「そりゃあもう物凄い美人だったからな。ミューンの親戚だが、黄色系の髪と雰囲気位しか似てねえ。あんなに怒っても美人って中々いねーよ。
兄貴はあんな気が狂いそうな程愛されてスゲーなってな」
当時の事をゴードンは鮮明に覚えていた。
何時も綺麗に纏めていた金糸雀色の髪を乱し、泣き腫らして兄に縋る美しき令嬢、プリシテ・ライバーを。
その怒りを、悲しみを受け止めきれない情けない兄を。
実に羨ましかったことを、覚えていた。
「気が狂う程の、愛。試練……」
ゴードンは少し表情を変えたアルリウエナの様子に気付かなかった。
「金糸雀色の髪の婚約者は王子さまを詰ります。傍に居て、学校を辞めて、葡萄色の髪の子と仲良くしないで。
ですが、必死な訴えにも関わらず、黙りの王子さまからは、何の応えも貰えません」
「お勉強がされたいのですから、応える事は無理でしょうね」
「その通り!絶望した金糸雀色の髪の婚約者!何と、あの油煙塔のグツグツ煮え滾る虹色油に身を投げようとしたのでした!」
眼下にみえる幾つか並んだ塔の内、左から二つ目をゴードンが指し示した。どうやら其処が現場らしい。
「……落ちたら燃料の一部になりますね。さぞかし管理者が迷惑したことでしょう。技術者の邪魔をしてはいけません」
あくまでもドライなハーピーの少女に、ゴードンは心の中で舌打ちをする。彼は勝手にも、可愛らしいリアクションが欲しかったようだ。
「ご名答。関係者は干されたってよ。まー、危険な立ち入り禁止区域に令嬢を入れちゃなあ」
「婚約者はお怪我を?」
「金糸雀色の髪の婚約者は、防護魔術も無く、素敵なドレスをたくしあげてカンカンと梯子を登ります。油の近くまで行ってしまった彼女は、跳ねた油で足を焼かれました。御可哀想に、綺麗な足は見る影もなく……」
派手な火傷を!と、ゴードンは微動だにしないアルリウエナの目前で掌を動かした。
「さて、王子さまは?兄貴はどーしたと思う?」
「救われたのでしょう」
「そう救った!だけど、な」
子供の頃から、よく抜け出していたゴードンは王宮の事なら何だって知ってる。
「どーなったんだっけ?結局逃げられた兄貴に直接聞くか」
狙いは、直ぐ其処に転がっている。直ぐ其処迄その匂いは迫っている。
女に振り回された愚かな兄も、ミューンの猫可愛がりする仔虎も、コンラッドの執着する小娘も。
「やっぱ、コンラッドもガキの頃からのダチだからな。昔話したらちっと懐かしいか。
テキトーに脅して、ガキ共排除したら、元に戻るよなあ?」
彼を嵌めた兄に、幼馴染み達に、思い知らせる為に。
ゴードンは王宮へ足を踏み入れた。
だが、しかし。
「何でだ……?」
空っぽの部屋はしんとしていた。
そうは問屋が卸さないのですね。




