乙女の園へお引き取りを
お読み頂き有り難う御座います。
ゴードンが何かしようとしている。フリックの身を厳重に守った方がいい。
そうミューンへ連絡が有ったのは、フリックが遺跡に向かったであろう時間だった。
「何ですってええええ!?遅すぎるのよあの奇蹄目!!」
「お嬢様!?」
「フリックの護衛は!?今日は狙撃のみ!?
ああ、しまった!何で屈強な護衛を用意しておかなかったの私は!!」
ミューンは取るものも取らず、急いで駆けつけることにした。
その最中に、見知った背中が商店街をのそのそと歩いているのを見つけ、仰天する。
「ユーイン様!?非常時ですので上から失礼あそばせ!!何で此方に居るんですの!?」
「?……」
歩いていた王子は、血相を変えたミューンを訝しんだのか首を傾げた。
「お答えください!!フリックは!?フリックはどうしましたの!?」
「フリック?今日は何故か押し付けられる仕事が多く、知らせをやったのだが……」
「あの馬鹿ゴードンの仕業ですわね!?」
「ゴードン?何を……」
「いいからお乗りになって!!ゴードンが逆恨みして、碌でもないことをやろうとしてますのよ!」
「……!」
ユーインを強引に引っ張りあげるのに失敗し、やんわりと断られつつも、馬車に乗せたミューンは御者に出来る限り急ぐようにと命じた。
そして、駆けつけた彼等は……小さな剣歯虎がもがきながら吊し上げられている姿を目の当たりにする。
「ゴードン……!!撃ちこ……したい!!」
罵りたいのを王族の前なので堪えつつも、フリックの護衛に合図を送ろうとしたミューンをユーインが止めた。
「待て。私が裏に回る。ドレッダ嬢はゴードンを引き付けてくれ」
「っ!じ、わ、よ!ですが!!」
邪魔しないでくれます!?殿下ごと撃ちますよ!?と言いそうになったミューンは、何とか意味不明な単語にして止めた。
流石に、無理矢理連れてきたユーインにこの暴言はない。
「私が殴る」
「……強めにお願いしますわ」
「ああ」
押さえていながらも、その目に滲むのは怒り。ユーインもかなり業腹らしい。
そんな彼の表情に、ミューンは一旦憤りを納める。
そして、全てゴードンにぶつける為、深呼吸をして飛び出した。
そして、かなり強めに殴ったらしく無事にゴードンを無力化させることに成功した、のだが。
「フリック!フリック!!」
ミューンは必死に声を掛けるも、フリックは目を覚まさない。恐怖だったのだろう。血色の良くなってきた頬は、すっかり青褪めてしまっていた。
「コンラッドが悪いのよスカスカの計画立てて!!
いえ、私が、私が愚かだったわ!!愛する貴方をひとりにするべきじゃなかったの!!」
「う」
ミューンの悔し涙がポタポタと、フリックの頬に雫が落ちた。
「ドレッダ嬢、揺さぶるな。医者に見せるべきだ」
ユーインが止めて一旦フリックを離そうとするが、胸に搔き抱いてしまった。
「フリック!此れで後遺症が残っても、命が失くなっても私達はずっと一緒よ!」
「あの、ミューン、様……、んみゃ、もちもち……」
「フリック!ああっ!リアクションが返ってきたわ!!いやった!」
そして、ユーインを置き去りにしてミューンが独りで盛り上がっている。
「……聞こえていない。意外と元気そうだ」
ユーインは、騒ぐミューンとフリックを一旦放置して、ダメージの深い方へ近寄った。
自分が叩きのめした弟、ゴードンの方へ。
強く叩いたにも関わらず、大の字で眠っている。此れからの未来も知らないで。
何時もこの末っ子はそうだった。
欲しいものが手に入らないと騒ぎを起こしては、親や臣下が解決する。可愛い、小さな我が儘狼は、そのまま育ってしまった。
「……そろそろ、私も、お前も、そして兄上も。
やってきたことのツケを払わんといけない」
遠目に、目立たない馬車が走ってくるのが見える。宰相の差し金だろう。
そして、その中から降り立ったのは、両腕が翼で紫色の髪をした壮年の女性騎士と、同い年位の暗い顔をした人間の騎士だった。
「空軍将アルルローラ」
「はっ、空のババアで結構ですわよ。ユーイン殿下」
彼女は王子に敬意を払わずに鼻で笑うが、ユーインは不敬を咎めなかった
昔、兄弟を怖がらせた青い口紅は今も健在らしいなと思い出していたユーインは、図体ばかり大きくなった弟を抱える。軍将の影に控えていた暗い顔の騎士が彼を受け取り、そっと馬車の中に押し込んだ。
「……弟をご息女達の番にしてやってくれ」
「へえー?本当にいいんですか?あの子達は婿殿を引き裂いてでも離さないと思いますよ」
「此れから先二度と会えずとも、我々は兄弟だ。構わない」
その返事が気に入ったのか、ニイ、とアルルローラは嗤って後ろの騎士にウィンクした。
「可愛い娘達にいい土産が出来たね、ダーリン」
「……」
騎士の表情は暗いまま変わらない。馬車は、来た時と同様に、何事もなかったかのように来た道を戻っていった。
「ユーイン様、あの方々は」
流石にふたりの世界から戻ってきたらしいミューンが、ユーインに話しかけてきた。
「空軍将アルルローラとその夫」
「ええと、バッサバサとの係争地……浮き川の島?に長年お勤めですわよね?」
「元は彼女らの里だからな。幻獣人ハーピーは昨今、女性しか産まれない。慢性的な番、婿不足だ」
「空軍に女性が多いのってもしかして」
「未婚だろうが既婚だろうが男が入隊すれば、二度と戻れない」
それってご褒美なのでは?と思ったミューンの顔色を読んだらしく、ユーインは首を振った。
「ハーピーは、独占欲が強く嫉妬深い。アルルローラのご息女は、六人」
「やっぱりご褒美じゃないですの!?」
やはりハーレムでウハウハではないのか!?とミューンは激昂したが、ユーインは続けた。
「姪が……修道女になったアルベリーヌを除いて八人。顔がかなり怖い。言い争う声は、耳をつんざくトラウマ級だ」
「……殺意に満ちてそうですわね」
ゴードンが今迄ちょっかいを掛けてきたのは、おとなしくて可愛い人間か、人間に近いおとなしくて可愛らしい獣人だったことをミューンは思い出した。
目覚めたら戦場で、しかも怖い顔の金切り声×十四人が、ゴードンを巡って血で血を洗う戦いになりそうな光景を見せられたら。
殺意を向けられたから反逆だ、と嘯いたゴードンは、どういう反応を示すのだろうか。
「長らく戦いを続けてくれた彼女らに、褒美が必要ではないか?」
「コンラッドの差し金ですのね」
こんな性格の悪そうな話を考えるのは、コンラッドしかいないとミューンは確信した。
「軍将の横にいた騎士は、彼女とその姉妹に拐われた前軍将だ。彼女は、姉妹達を退けて夫を得てからは側から片時も離さない」
「……情熱的ですのね。ではこれで」
結構怖!そりゃトラウマ級だわ。でも悔しいからやっぱり自ら撃ってやれば良かった!とミューンは思った。多分当たらないだろうが、今なら当たる距離かもしれない。軍将に当たるかもしれないから出来ないが。
「……恨みを張らすよりも、今は私の可愛い番に尽くすべきよね。ゴードンへの仕返しは暇になってからで良いわ」
そして彼女はゴードンを乗せて立ち去る馬車を見送らず、疲れて寝入ってしまったフリックを乗せた馬車に戻るのだった。
戦場で、大きな金切り声で怖い顔の女性に迫られ争われ続けるハーレムは殿方には如何なものでしょう。




