待ち受ける女の勘
お読み頂き有難う御座います。
ミューンは帰りを今か今かと玄関で待ち構えていました。
「お帰りなさい、フリック!お勉強お疲れ様!!さあ、一緒におやつにしましょうね!あ、コレッタ嬢は修道院へお手伝いに行ってるわ!護衛も付けたから安心安全よ!!」
「……ミューン様、た、ただいまです」
フリックを目にした途端にパッと華やぐ、番の笑顔がフリックを出迎えてくれた。
心底見たかったミューンの笑顔が向けられている。
めいっぱい愛情溢れるオレンジ色の目に、フリックのトゲトゲした心が溶けていく。
あ、好き。
この、優しいひとが僕に酷いことなんてする訳ない。
お姉様にまで心を砕いてくれて、本当に嬉しい。
心が変わったとしても、手酷く棄てられることなんて有り得ない。 あんな初対面の転入生の言葉に狼狽えるなんてどうかしていた。
じわっと、フリックの胸から全身に柔らかい気持ちが満ちてゆく。
「みゅ、ミューン様……」
自然に口元が解けてゆき、目が緩む。涙が溢れそうになって、慌ててフリックは頬っぺたを叩き、ミューンに笑顔を返した。しかし、ミューンはフリックの顔を見てワナワナしている。
「どうしたのフリック!?耳が毛羽立ってるわ!!ああ、どうしたの!?まさか学校で無礼を働かれたの!?誰に!?」
「みゃっ!?……ミューン様あ!」
だが、ミューンはフリックに何か起こったと感じ取ったらしい。
つんのめりながらも即座に走り寄って来て、何度も爪先立ちしてしゃがみ込み……兎に角全身をくまなく観察された。
どう考えてもやりすぎだろ、と突っ込む者は居ない。
「何か有ったのね!?早速何か有ったのね!!絶対に別に何もないことは無いわよね!?
誰の仕業!?見た目は無事だけど、おのれまさか制服の下に暴力を!?
やはり誰か学校に送り込むべきだった!?そうするべきなの!?選定を!!いえゴードンに鉄槌を!!」
「誰の、と言いますか……。色々、僕が至らなくて悔しくて!」
「一体何が!?うっ、立ち眩みが!!」
「ミューン様!?」
ミューンは急によろけてしまった。動き過ぎて立ち眩みを起こしたらしい。
慌てて近寄ると、少し背の高いミューンの体は小さなフリックでも支えられた。どうやら食生活の改善で少しパワーアップが見込めているようだ。
フリックは番の柔らかさと匂いに色々気が散ったが、彼女が必死に倒れないように踏ん張った。
ご飯いっぱい食べてて良かった。フリックは侯爵家の皆さんに後で多大なる感謝を述べようと思った。
「うう、モフッと幸せな感触がするわ……。いえフリック、一体何が有ったの!?ぜえはあ!目の前がチカチカするわ!」
「お、お話ししますから!!落ち着いてミューン様!」
フリックの不調を見抜こうと必死になり過ぎて、息の荒いミューンの顔を見ていると、学校では張っていたフリックの虚勢が溶けていくような気がした。
こんなに必死にフリックのことを心配してくれるのは、姉と亡き兄だった。
因みに修道女アルベリーヌは、殆どの事は別目線でクールに心配してくれていた。沢山の子供達を捌くからああなった訳ではなく、本来のキャラクターのようだが。
ゴードン王子の事に関してはかなり熱血に怒っていたのだが、あれはイレギュラーである。よく考えればあのアルベリーヌを怒らせるって凄いなとフリックは場違いにも思ってしまった。
いや、しかしそうじゃない。
今フリックが宥めるべきは目の前の番だ。
しかし、綺麗で上品なのに、滅茶苦茶怒っている姿が何だか可愛らしく映っている。
「許せない!!許せないわ!間違いなくゴードンの馬鹿で阿呆な某王子の仕業ね!!あああ目の前が怒りでチカチカするわ!!」
「ミューン様!!御免なさい抱っこ出来なくて!!落ち着いてくださいいいい!!後、王子殿下のお名前を出すのは控えてくださいいいい!!」
「いいえ家の中でも私は言うわ!!家だからこそよ!!ゴードンの馬鹿王子!!今度こそ次に会ったら兵器を投げつけてやるんだから!!」
「落ち着いてくださいったら!!お、落ち着いて全てお話しますから!!」
未だにフリックにはその兵器がよく分からないが、変な臭いがしていたので危険であることは地味に感じていた。
それにしても、使用人は全く関わってこないんだ……。いや、そもそも僕がちゃんとすべきだとフリックは必死にミューンを宥めた。
ミューンは恋愛沙汰に溜め込んで耐える素質を幼少期に棄てております。




