小さな親切
お読み頂き有難う御座います。
平穏だった学校生活に、異分子が入り込んだようですね。
そして、フリックはドレッダ侯爵家に住まいを強引に移すことになり、少々豪華な暮らしに四苦八苦しながらも慣れてきた放課後。
図書館で本を借りてから帰ろうと思ったら、足音が躊躇い無く近寄ってくる。みるみる内に角から人影が飛び出てきた。
この勢いではぶつかるのが目に見えていたので、フリック避けようと思い、立ち止まる。
その御蔭でぶつかることは無かったが、飛び出してきたのは転入生だった。何故か辺りを、キョロキョロと辺りを見回している。
「お待ち!」
知り合いでもないので、無言で通り過ぎようとしたフリックは急に行く手を遮られた。
「わたくし、シュラヴィ・キャリエル。誇り高き赤き翼竜!」
「……?」
フリックは、その女生徒……転入生に絡まれた。
3日前に突然3つ隣のクラスに転入してきた、赤巻き髪の転入生らしい。同級生が可愛い子が入ってきたと騒いでいたのを覚えている。何の関り合いにもなりそうにないので、今まで忘れていた。基本、フリックはこのナリと貧乏でモテた事は皆無である。
そんなフリックを諭し、猫可愛がりしてくるミューンが特殊過ぎて、物凄く愛しい。何が有っても離す気は無い。
「き、聞いてるの!?」
転入生は当然、特別クラスのフリックとは全く面識はない。なのに、何故か何処かで嗅いだ事のある匂いが漂っていた。
だが、フリックが幾ら記憶を掘り返しても初対面である。
「剣歯虎フリック・レストヴァでしょう!?そうよね!?その艶のない耳に尻尾!聞いた通りの見た目だわ!!」
「……」
フリックはイラッとした。ぶつかられそうになったのもわざとのようだし、無邪気を装った見下す発言にもムカッ腹が立っている。
確かに幼い頃から碌な食事をしていないフリックの体は、同級生に比べて小さくて痩せている。
だが、この頃有り難いことに姉と共に、大量に食べさせて貰えているので、今の栄養状態は悪くない筈だ。
風呂上がりにミューンから耳と尻尾のブラッシング迄されて、色々収まりが付かない事もあるが、フリックはとても満ち足りている。因みにブラッシングは駄目元でお願いしたら、嬉々としてやってくれた。
そんな掛け替えの無い愛しい番であるミューンや、姉の事まで心を砕いてくれた侯爵の心遣いを、この初対面の転入生は馬鹿にしているだろうのか?
「ミューン・ドレッダ侯爵令嬢の番なんですってね!どうやって両親からの虐待から救わせたの!?そのみすぼらしいあざとさで取り入ったのかしら!?」
「……」
然り気無く動いて撒きたいのに、着いてくる。何故邪魔をするのだろう。この不愉快な少女は、一体何のつもりなのだろうか。
全く言いたいことが分からず、黙ったまま歩き続けるフリックに気付かず、少女は喋り通したままだった。
「愚かね!!ミューン侯爵令嬢は、第三王子殿下のお妃になるらしいのに!!」
自分が貶されるのは慣れている。しかし、フリックはこの発言には黙っていられなかった。
「……初対面の癖に、喧嘩売ってるの?
僕の番のミューン様はお優しくて美しいけど、殿下の妃にはならないんだよ」
グル、とフリックの喉が苛立たしげに低く鳴る。
肉食系の獣人だが、あまり荒事を好まない質だとフリックは自覚している。しかし、番の事となると変わるようだ。
流石に転入生は、フリックの唸り声にたじろいたようで、着いてくる歩幅が狭まり距離が空いている。だが、それでも負けじと距離を保ったまま着いてくる。何が目的なのだろうか。
「そっ、そうかしら!?いずれ棄てられるわ。高貴な方々は物珍しいものが好きだもの」
「……グルゥ、ミューン様は違う」
挑発されまいと堪えても、自然と唸り声が廊下に響き渡る。苛つきを抑えなければ、とっくに彼女のその、やけに細い首を噛み折りそうだった。
フリックは昔から、色々と同級生に育ちや見かけを馬鹿にされたので慣れているが、此処まで苛ついたのは久々だ。普段は言い負けそうになって涙ぐむ方が多いのに。
しかし、イラつくフリックに彼女はめげずに言い募る。
「そんなことはないわ!わたくしは棄てられたもの!空の王国バッサバサのエセテ公爵閣下は、番であると幼いわたくしを親元から攫って大きな家に閉じ込めたわ。
でも、わたくしを放置して使用人に苛めさせた。わたくしの翼を折って、棄てさせたの!!今でも痛いのよ」
いつの間にやら、赤巻き髪の少女は距離を詰めており、真横のフリックの手を握ろうとしていた。
その緑の目は、真剣で同情に満ちている。悪意など、欠片も無い目だった。
一瞬その眼差しに躊躇ったフリックだったが、そのまま無遠慮に近付いてくる手にゾッとし、慌てて振り払う。
その腕には亀裂のような傷が縦に走っているのがチラリと見えた。傷痕はまだ少し赤味がかっている。最近付いた傷のようだ。
「さ、触るなよ!!」
「貴方も騙されているのよ」
「……関係ないだろ」
「番だなんて、上から目線の一方的な宣言は愚かしいわ。権力に屈しちゃ駄目よ。どうせ、愛玩出来なくなったら棄てるんだわ」
「……言いたいことはそれだけ?ミューン様を馬鹿にするなら、次は喰い千切るよ」
幼い頃からの番に棄てられたことは気の毒だとは思う。
だが、それとフリックの事情は別だったし、彼女とフリックは違う存在だ。
番になりたいと言ったのは、フリックの方であって。ミューンがそれを受け入れてくれたのだ。
番なんて要らないと傷付いていたのに、フリックの想いを受け入れてくれたのはミューンだった。
それをこの転入生はなんなんだ、勝手に人の事情に踏み込んで来るなよ!とフリックは思った。
「グルルル……」
何故、親しくもない転入生に煩わされないといけないのか、理解が出来なかった。
大体、初対面なのに馴れ馴れしいし、図々しい。こんなにあからさまに踏み込まれた事が無かったので、余計に混乱していた。
だが、この場で言い争うのをフリックは選ばなかった。
どう考えても、人気の無い廊下で女生徒の転入生を怒鳴り付ける方が、フリックに分が悪い。
只でさえ、ミューンと婚約したことで無駄に注目が集まっているのだ。今まで利益など無かった為に殆ど絡んでこなかった者達迄、嫉妬や好奇心の視線や悪意を込めた軽口を放ってくる。
もしフリックがキレて、転入生が怒鳴り付けていたら、ミューンに悪い影響を及ぼすかもしれない。
優しいミューンに、迷惑をこれ以上掛ける訳にはいかない。
「何故!?わたくし達は古生獣人よ。解り合えるでしょ?」
「グルルルウ……!退いて。邪魔」
堪り兼ねて言い募る転入生を押し退け、踵を返す。フリックは予定を変更し、今迄来た道を戻り帰路に着くことにした。こんなに荒れた気分では、本を選ぶことは出来ない。
フリックは早く番に会わなければ、と急いだ。
ミューンのフリックに向けられる、あの柔らかな明るい笑顔が、とても見たかった。
「未来なんて、誰にも解らないのよ!フリック・レストヴァ!より善きひとを選びなさいってば!!
あんた、騙されてるの!直ぐに飽きられるわよ!!」
赤巻き髪を逆立てて、……転入生シュラヴィが叫ぶ。
心底放っておいて欲しいし、関り合いになりたくない。フリックは図書館へ行く予定を立てたことを心底後悔した。
……転入生が言ったことは、確かに間違ってはいない。
現に姉は、ゴードン王子に見るも無惨に棄てられた。
未来にはミューンから棄てられる日が来るかもしれない。
「……そうなったら、無理矢理番って、喰い千切っちゃいそう……」
フリックは、番と決めた愛しい女性を信じている。必ず番うと決意した。
子供扱いする割に、ちょっとした所が可愛い。ゴードン王子のせいで番制度に傷付けられていたのに、自分に優しくしてくれて受け入れてくれた、愛しいミューンを。
フリックよりもいい男なんて山程居る。
もし、優しい彼女の心が他の男に惹かれ、自分から離れたら。ミューンが逃げてしまったら。
本能のままに追いかけて、引き摺り出して、それから。それから……?
どうするかは解らない。其処まで感情を爆発させたことなど無いものだから。
番に優しくしたいのに、あの転入生の言葉が心を苛んでくる。嫌な未来が浮かんでくるのが、止められない。
フリックは、心に煮え滾る物騒な衝動を少し抱えて帰路に着いた。
青巻き髪と黄巻き髪は今の所居ないですね。
そろそろ人物紹介が必要でしょうか。




