少年少女、別れる。 3
警察が到着してからの展開は早かった。あっという間に私とカンタレッラは警察署に連れて行かれ、昼近くまで事情聴取を受けた。しかし私が喋ることはあまりなく、ほとんどはカンタレッラが淡々と喋っていた。警察の人は自分の父親が亡くなったというのに平然としている様子の美少年に若干戸惑いの表情を見せていた。
私はカンタレッラより先に警察署を出ることを許された。カンタレッラが残されたのは、もしかしたら彼の自宅から違法な薬物が見つかったからかもしれない。そんなことを考えるほどに冷静さを取り戻した今、私は自宅の前に立っている。いつの間にバスに乗ったのだろう。それとも警察署から歩いたのだろうか。パトカーで送ってもらったような気もする。
「――――あれっ? つゆりか?」
不意に聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。振り返ると、約一ヶ月ぶりに見る父さんの姿があった。思わず自分の目を疑う。
「と……う、さん」
「なんだ。もしかして今日学校休みなのか? でも制服着てるってことは珍しく早退でもしたのか? サプライズ失敗しちゃったなあ。せっかく父さん、家で待ち構えていようとしたのに」
そう言って笑い出した父さんに私は突進する勢いで抱き着いた。
「うおっ。どうした?」
「父さん、父さん父さん父さん……っ! う、うあ……っ、ううううう、ううう」
「つゆり……?」
父さんの着ているコートに顔を押しつけ、私は泣いた。もう出し尽くしていたと思っていた涙は次から次へと止め処なく溢れ出し、灰色のコートを黒く染めた。
「どうしたんだ、つゆり。何かつらいことがあったんなら、父さんに話してくれるか? とりあえず外は寒いから家に入ろう。な?」
「う、ううう……ううっ」
優しくて落ち着いた声に私が頷くと、父さんは私の背中を優しくぽんぽんと叩いて家の鍵を開けた。
結論から言えば、私は父さんにカンタレッラとのことを一切話さなかった。
家の中で父さんが淹れてくれた美味しいコーヒーを飲んでいるうちに涙が止まり、私は言った。
「遅くなったけど、お帰りなさい。父さん」
「ああ、ただいま。それでさっきお前があれだけ泣いていたのは何かあったってことだろ? 一体どうしたんだ?」
「………………」
口を開いたが、声が出ない。そのまま餌を強請る鯉のように口を何度かぱくぱくさせたけれど、最終的には口を噤んでしまう。
「……話しづらいことか?」
「うん。やっぱり父さんにも母さんにも、このことは話せない。いずれ知ると思うけど、それまで私の口からは言いたくない」
「ふうん。じゃあ仕方がないな」
あっさりと父さんは引き下がった。そして何事もなかったかのように新しいお土産を炬燵の上に並べ始めた。そのことに私は少しだけ戸惑ったが、そっとしておいてくれる父さんの優しさを感じて嬉しかった。
「父さん。サプライズって言ってたけど、今回はどれくらい日本にいるの?」
「一週間だ」
「そう。なら、母さんに会えるね」
「えっ?」
「……その反応からして気づいてなかったみたいだけど、今母さんは修学旅行で北海道だよ。帰ってくるのは木曜日」
「カーヴォロ」
小さくパロラッチャを呟いて、父さんは頭を垂れた。サプライズをしようとしていたのに母さんが修学旅行に行くことなど頭に入れていなかったらしい。このときようやく私は少しだけ笑えた。
その日から私は学校を休み続けてずっと家にいた。新聞やテレビはなるべく見ないようにして、ほとんど自分の部屋に閉じこもって勉強だけしていた。北海道から帰ってきた母さんはいきなり登校拒否になっていた私にひどく慌てた。しかしテレビでカンタレッラ家のことが報道されたのか、途中からはかなり私のことを気遣ってくれるようになった。せっかく両親がそろったにも関わらず心配をかけて、私は親不孝な娘だと思う。
私は直接新聞やテレビを見たわけではないが、カンタレッラ家のことはそれなりに大きく取り上げられたらしい。無理もない。殺人事件が起きたわけでないにしろ、この平和で静かな田舎の黄昏町でイタリアから来日した父子家庭の父親が首を切って自殺、しかも性的虐待が行われていたうえに違法な薬物まで見つかったのならマスコミのいい的になるだろう。性的虐待のことに関してはカンタレッラが喋っていない限り露見されないと思うけれど。
警察に再び呼び出されるようなことはなかったが、一度父さんが「家の前につゆりの話を聞きたがってる人がいたんだが、報道関係者みたいだったから断っておいた」と言っていた。どうやら私が目撃者であることはどこからか知られてしまったらしい。カンタレッラはもっと大変な目に遭っているかもしれない。悲劇の美少年、なんて煽り文句をつけられそうだ。しかしその三日後、都会の方でとある指定暴力団の幹部が射殺される事件が起きると、マスコミや世間の関心はすぐそちらに移った。
私が平和に食事をしているとき、眠っているとき、何もせずただ椅子に座っているときでも世界では数えきれないくらいの子供達が死んでいるのだろう。そして死んでいるのは子供だけでなく、大人もだ。たとえ子供から大人になっても、そこからさらに生き残ろうとしなければ平和な場所で暮らす人間でも容易く死んでしまう。それを教えてくれたのは、カンタレッラの父親だった。




