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少年少女、別れる。 2

 その後私達は制服姿で財布以外何も持たず、家を出て少し歩いたところにあるバス停から駅前行きのバスに乗り込んだ。当然料金は私持ちだ。今頃学校ではSHRが終わっている頃だろうかと考えているうちにバスは終点に着き、私達はカンタレッラの家に辿り着いた。

「ただいま」

 扉を開けたカンタレッラに「じゃあ私はこれで」と踵を返そうとしたが、彼に腕をがしりと掴まれる。

「離してよカンタレッラ。私はこの家に来るまででいいんじゃないの?」

「パパ、起きてる?」

 私の腕を掴んだまま歩くカンタレッラに抗議するも無視された。そのまま引きずられるような形で私はカンタレッラとリビングに足を踏み入れた。明かりも暖房もついてなく、床には炭酸水の雫やグラスの破片が飛び散ったまま放置されていた。きょろきょろと辺りを見回すも、カンタレッラの父親はここにはいない。

「まだ眠ってるのかな」

 小さく呟いたカンタレッラはそのままリビングの奥にある扉へと足を向けた。どうやら寝室の扉らしい。

「パパ」

 扉の向こうへ投げかけたカンタレッラの声。しかし返事はない。カンタレッラは空いている方の右手でノブを捻った。


 そこで、ロザーリオ・カンタレッラが死んでいた。


「は、ぁ?」

 思わずそんな声が出た。

 ぴしり、と頭にひびが入った音がした。

 ぴしり、ぴしり、びき。

 そんな音が頭蓋に響くのを聞きながら、私は目の前に広がった光景から目を逸らせられないでいた。

 昨日見たときと全く同じ服装で、カンタレッラの父親はベッドのすぐ横――床に広がった血溜まりに浸かっていた。カンタレッラと同じ瞳の目は大きく開いて、光を失って天井を見つめていた。たっぷりとした血の中、たゆたゆと浮かんでいるようにも見える。とうに酸化している血はどす黒い。血は、喉からの出血。ざっくりと裂かれたおぞましい傷口から流れ出たものらしかった。カンタレッラの父親が右手に持っているのは包丁。立派な肉切り包丁だ。自殺だ。頸動脈を傷つければ、確かに死ぬだろう。けれども頸動脈は深いところにある。手首の動脈を切るよりずっと痛くて苦しくてつらかったはずだ。

「――――うっ」

 そこまで考えたところで、私は両膝を着いた。そのまま蹲りそうになったが、カンタレッラに腕を掴まれているため右腕だけが浮いた。

「ひ、う。う、う、ううう……うううう、あ、あああ……っ!」

 むっとするような鉄錆の匂いが鼻の穴を通って、喉の辺りを突いた。胃の腑を揺さ振られたような気分になる。吐きそうになったが、ただ涙が床に落ちただけだった。

 一体どれほどの間そうしていたのかはわからない。たったの五分だったかもしれないし、三十分以上だったかもしれない。自然と涙が止まった私はなるべく死体を見ないように顔を上げて、カンタレッラの顔を見た。

「…………カン、タ、レッラ」

 彼は泣いていなかった。

 喜怒哀楽を一切感じない無表情で、じっと自分の父親の死体に目を向けていた。やがて私を掴んでいた手を離すと、幼子をあやすように私の頭を撫でた。そしておもむろに死体に近づいていき、血溜まりの中に両手と両膝をついた。そっと身を俯せると死体の血色を失った唇に紅薔薇の唇を重ね、すぐに離す。

「ばいばい、ロザーリオ。おやすみなさい」

 死体の右耳にそう囁いたカンタレッラは身を起こし、開いたままだった目を閉じさせるとこちらに戻ってきた。

「立てるかい、つゆり」

「うん……」

「部屋から出よう。警察に電話しないと」

「うん……」

「パパは、死んだ」

「…………」

 自分の身体が鉛のように重たく感じた。私はカンタレッラの生乾きの血で汚れた手を借りて立ち上がり、部屋を出た。カンタレッラは私をソファーに座らせると、自分は警察に電話をかけた。住所と名前を言った後、自分の父親が寝室で死んでいることと恐らく自殺であることを事務的に告げてすぐに切った。

 警察が来るまで私達二人はソファーで寄り添って、お互い口を開くことなく蛹のようにじっとしていた。

 

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