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少年少女、別れる。 1

「…………嘘でしょ」

 目覚まし時計が示す時刻を三度も目を擦りながら見つめる。しかし、いくら目を擦ったところで時間が巻き戻されることはない。

 午前八時三分。普段登校する七時半よりも三十分以上遅れた起床だ。たとえ今から大急ぎで支度をしても、朝食を抜いても、通学路を全力疾走しても、遅刻は免れない時刻。私は大きく溜め息をつくと、身支度を整えた。

「カンタレッラ、起きて――ないね」

 リビングに入ると毛布に包まった状態のまま眠っているカンタレッラの姿が目に入った。それが彼の寝相なのか、まるで胎児のように腕や脚を折り曲げている。

「カンタレッラ! 起きて! もう八時過ぎてるよ!」

 私はカンタレッラの肩を掴んで強く揺さ振る。揺さ振って揺さ振って揺さ振って――ようやく瞼が開き、翡翠の色が見えた。カンタレッラが欠伸をしながら緩慢な動きで身を起こしたことを確認して、私は急いで食パンを二枚トースターにかけた。

「悪いけど、今はトースト一枚で我慢して。もう弁当を作る時間もないから、昼食は商店街にあるコンビニで何か買うしかないよ」

「そんなに急がなくてもいいだろう」

「え?」

 いつの間にか、背後にカンタレッラが立っていた。振り返った私の唇に彼のそれが重なる。突然の不意を突かれたが、カンタレッラからのキスには慣れてしまったのか特に動揺や戸惑いは起きなかった。

「今日はもう休んでしまえばいい」

「……サボタージュするつもり?」

「サボタージュ?」

 その言葉がぴんとこなかったのか、カンタレッラは怪訝そうな表情で小首を傾げた。

「破壊活動のことかい」

「日本では破壊活動って意味より、学校や職場を真っ当な理由なく休むことの意味で使われてるんだよ」

 ふうん、と相槌を打つカンタレッラ。

「一日くらい問題ないだろう。それとも優等生で学級委員長のつゆりはサボタージュなんてできないと言い張るのかい? でも、今あの二年二組にきみの居場所なんてないんじゃないのか」

「――――」

 相変わらず、この美少年は人の触れられたくないところを容赦なく突き刺してくる。私は冷蔵庫からバター、ブルーベリージャム、野菜ジュースを取り出し、テーブルの上に置いた。皿とコップを二人分、ジャムを塗るための平べったいスプーンも用意したところでトースターが音を響かせる。ほどよく焼けたトーストを皿に載せてテーブルまで運ぶと、カンタレッラが野菜ジュースを二つのコップに注いでいた

「ありがとう」

 一応礼を言っておくと、カンタレッラはわずかに驚いたような表情で私を見た。それから私が差し出したトーストにバターとブルーベリージャムをたっぷりつけて、わざわざ炬燵の上に持っていって食べ始めた。私もトーストにバターとブルーベリージャムを塗り、テーブルで食べ始める。黙々と、もぐもぐと。

 静かな朝食を終え、二人分の食器を洗って乾燥機に入れると時刻は八時半になっていた。

「カンタレッラ。サボタージュするのはこの際構わないけど、家に帰った方がいいんじゃない?」

「だったらつゆりもぼくの家まで来てくれるかい」

「どうして」

「怖いから」

 なんでもないように呟かれたその言葉に私ははっとしてカンタレッラを見た。炬燵の上に顎を置き、上目遣いでこちらを見ている。その表情から喜怒哀楽のどの感情も読み取れなかった。

「一人で家に帰って、パパに会うのが怖いんだよ。だから、ついてきてくれ」

「…………うん。いいよ」

 私が答えるとカンタレッラは少しだけ微笑んだ。彼にしては珍しい、妙にぎこちない微笑だった。

 

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