少女、付き添う。 9
カンタレッラの髪は目立ち、すぐに見つかった。住宅街を抜けた道の堤防の上、冷たい風が強く吹き荒れるのも気にせず、膝に顔を埋めて座り込んでいる。私は黙ってカンタレッラの傍へ近寄った。彼の気が済むまで待つつもりでいた。けれども、私が腰を落ち着ける間もなく、カンタレッラは縋りついてきた。相手が誰であるかも確かめない。私は堤防の上に立ったまま、黙ってカンタレッラの上にブレザーをかけてやり、肩を支えていた。同年代の少年ではなく、もっと幼い子供を宥めているような気分だった。
しばらくして、カンタレッラは顔を上げた。涙に濡れた翡翠色の瞳はきらきらとしていて、いつもより綺麗に見えた。
「……何時?」
「多分、もうすぐ六時」
「…………」
「家に帰る?」
「嫌だ」
カンタレッラは小さな声で続ける。
「ロザーリオは、パパは……ぼくのことを愛してくれていた。ぼくも愛していた」
「うん」
「でも……さっきのパパは、ぼくを殺そうとしていたんだ」
「うん」
「パパはもう、きっとぼくを愛していないんだ。マンマと同じように、捨てられてしまうかもしれない。捨てられるかもしれないのに、あの家に帰りたくないよ。ぼくの居場所はイタリアにも日本にも――学校にも外にも家にも、どこにもないじゃないか」
ぽろぽろと零れ落ちる透明な雫を見て、私はカンタレッラの背中を撫でた。
きっと今ここで私が「あなたの父親はあなたのことを愛していると言っていた」と声をかけたところで、素直に受け取ってはもらえないのだろう。
「ねえ」
すう、と冷たい空気を吸い込んで吐き出す。もう一度吸い込んで口を開いた。
「うちに泊まる?」
「………………うん」
こくっと頷き、涙を袖口で拭うとカンタレッラはブレザーを着て立ち上がった。私達の目の前では、波を押しては引いてを繰り返す海に雪が溶けていく景色が広がっていた。船が近くを通ると波が大きくなり、堤防に当たって飛沫が散る。
海は青いという固定概念があるが、実際に間近で見る海は違う。今私が見ている海だって、青と言うよりも深い緑だか灰色だかそういう色が混ざっているようで、お世辞にも綺麗とは思えない。
「つゆり。ぼくが一緒にこのまま飛び込んでしまおうって言ったら、どうする?」
「何、いきなり」
「つゆりがぼくを縊り殺すんだ。そうしてきみがぼくを抱きしめて冷たい海に飛び込むんだよ。絶対に浮かび上がらないよう、つゆりの足にうんと重い錘をつけないといけない。二人の肉は魚に食われ、骨は抱き合った状態のまま化石になってしまう。ロマンチックだと思わない?」
「嫌だよ。そんな無理心中みたいな死に方なんて」
しかも私が殺人犯になっているじゃないか。
私が言うと、カンタレッラは声を上げて笑った。泣いたり笑ったり、どうやらかなり情緒不安定になっているらしい。これ以上堤防に留まるのはやめておこう。本当に飛び込みかねない。
「ほら、行こう」
私は堤防から道路沿いの道に飛び降りて、未だ海を見続けるカンタレッラを呼んだ。




