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見誠 (開心)見誠かいしんけんせい 胸襟を開いて、誠意をもって人に接すること。また、心の底を打ち明けること。「見誠」は誠意をあらわすこと。「見」はあらわす、示す意。

お盆が明けて金曜日の午前。美香は台所で親子丼の具を用意していた。





これが美香の昼食になり優の夕食にもなる。





日曜日まで家を空けるので日持ちのするいなり寿司や焼きそば、レンジで温め直せるサバの塩焼き、大根の煮物など数品作り置きして出かけるのだ。





来年からはきっと別々に暮らし始めると思うから こんな風に一緒に生活するのは今年が最後なのかしら…?ぼんやりとそんな事を考えていた。





優が東京へ行ってしまったらうちはここで一人。一人暮らしか…。






かなり早めに昼食を食べて出勤用に荷造りする頃には別の緊張に駆られる。





なんか接客の仕方を忘れてしまったような忘れてないないような…。今日はママと一緒の同伴があって確か矢田さんが来はるって言ってたし、祐介さんと会えるのは日曜日。





手帳を開いて確認した後に日傘をさしてゆっくりと駅まで歩いた。






出勤前にママの家に寄る事になっていたので約束通り三時に訪ねる。





「美香ちゃん、元気にしてた?」





優しい恭子ママの笑顔に迎えられ美香の顔も自然にほころぶ。






夏用のガラスの湯のみの中で静かに揺れる冷たい緑茶。静かに手に取りおいしく頂く。





「美香ちゃんに似合いそうなドレスを見つけたから買ってしまったの。ごめんなさいね、気が早くて。お直しは後からでもしてもらえるから ちょっと着てみてくれる?」





それは上品なベージュ色で細かいパールがいくつも縫い付けられているだった。





「めっちゃきれい…」美香はそのドレスに見とれた。





「この色はな、肌がきれいな子しか着られへんのよ。気持ち、背中を詰めてもらいましょか?」






恭子は新しいドレスを試着した美香の後ろに回り少し余裕のある背中部分を軽くつまんだ。





「美香ちゃん、達ちゃんの事だけどね…」背後でママが静かにつぶやく。





「あの…別れたんです。ママにご報告もしないですいません…」





「いいのよ、そんな事は。二人ともきちんと納得して別れたなら。あの夜、ヴィーナスレコードの接待でうちの女の子達を何人か貸して欲しいと社長に頼まれたわ。





達ちゃんね、ずいぶん飲まされてしまったみたいで。奈津美ちゃんが家まで送ったらしいのよ。それだけの事みたい。」





「……。でもあの二人、きっと今は付き合ってはると思います。いいんです、もう…。ただママを紹介してもらった事はホンマに感謝してます。うちの人生が大きく変わったし…」





「うちも美香ちゃんに会えたのはホンマに嬉しいわ」






美香がドレスからスーツに再び着替え直している間、恭子はテーブルで頬杖をつきながら今でも平日に飲みに来る達也の顔を思い浮かべていた。





「なんか曲書くの正直まだ厳しいっすわ…。」





部長がトイレに行って席を外している間に達也がふと見せた本音と苦笑い…。








ママとの同伴も無事に終わり、お店は忙しくてあっという間に時間が過ぎた。





閉店後に忙しくてほとんど話せなかった由美が美香に話しかける。





「美香ちゃん、ちょっと話したい事があるけど明日お店が終わった後で時間ある? でも金欠だから安い居酒屋かどっかだと助かるけど」






「うちの泊まってるホテル来る?」






「あっ、それいいね!」





二人は土曜日に同伴や指名、忙しく仕事をこなしてその後にコンビニで小さな弁当やらお菓子を買い込み美香の部屋へ上がっていった。






久しぶりに会うので由美の近況など色んな話に花が咲いた後、由美が言葉を選びながらゆっくりと真剣な表情で話を切り出す。





「美香ちゃん、うちから聞いたってのは内緒にして欲しいんだけど…昨日、私と愛と美奈さんが奈津美さんと麗子さんにホストに連れていってもらったのね。





言いにくいんだけど、奈津美さん純さんってホスト使って美香ちゃんを消そうとしてるよ。だから気をつけて!」





「消そうとしてる?」





「消すってホストに溺れさせて借金まみれにして、後はヤクザが風俗に売り飛ばすって事。」






「えっ?」






「淳史さんと祐介くんヤクザの息子だよ。純さんとグルだと思う。内藤一家っていう組の息子。」






「それホンマにホンマ?」






「うん…。昨日、奈津美さんが純さんに早くしてよって文句言ってた。でもあの人達と連絡取らなければ消される事もないと思うし。ママに言えば解決してくれるはずよ!一緒に相談してみる?」





「ううん、ええの…。うちは大丈夫。」





「でも美香ちゃん、お店辞めたりしないでね。せっかく友達になれたし いなくなったら寂しい。ずっと一緒に働きたいから。麗子さんは一緒にホストに行ったけど指名の人と二人きりになりたくて別のテーブルにいたからこの話はたぶん知らないと思う。





正直、奈津美さんお店でそこまで権力ないと思うし無視してたら大丈夫かも。だいたい美香ちゃん全然ホスト行かないしね。だからちょっと要注意って程度だよ。」





由美は美香が心配なのだが不安にさせたくなくて努めて明るく会話を締めくくった。





また美香の方もそれに応えるかの様に気丈に振舞う。







朝方に由美が帰った後、急に胃が痛くなった。まだ悲しいだのやり切れないだのという感情や涙は沸いてこない。ただ祐介がヤクザの息子である事実に動揺を隠せなかった。





あんなに優しいのはうちを陥れる為?うちを消す為には声までも優しくなれるというの?人ってそこまで残酷になれるものなのだろうか?思い出されるのは祐介の優しい笑顔と静かな声、抱きしめられた感触、車の中でそっとしたキス…。全部嘘なの?





いくら考えても分からなかった。久しぶりに出勤した疲れもピークに達して思考が鈍りやがて寝入ってしまった。






目覚めても昨日の由美の話がまだピンとこないままで、シャワーを浴びる。あと40分もすれば昼1時で祐介がこの部屋に来るというのに…。どんな顔で会えばいいのか?何も知らないふりをしたら良いのだろうか…。





紅茶の為のお湯を沸かし始めてもまだ美香の心は定まらず混乱していた。






チャイムの音にはっと我に返り緊張しながらドアを開けるとそこには祐介が立っていた。





ベッドの横の窓際のソファーに腰掛けてもらい紅茶を用意する。






ぎこちなく少し距離を置いて祐介の隣に座り、元気だった?の問いかけに静かに頷くのが精一杯だった。





祐介も少しばかり緊張していて話かける言葉がすらすらと出てこない。それでも彼女を目の前にすると感情が高ぶりそっと近づいて抱きしめた。





「ずっごい会いたかった…」一番思っていた事がようやく自然に言葉になる。






祐介の想いとは裏腹に抱きしめられてその温もりが伝わって来た時、由美の話がよみがえり一気に悲しみが募った。





どうしてうちはこういう人を好きになってしまったの?もしかしたらうちはこの先どんな人と付き合っても幸せになれないのではないか…?そんな考えすら浮かんでくる。





「うち、消されてしまうの…?」祐介の胸の中で呟いた。






「えっ?」祐介はその背中に回していた腕を解いて(ほどいて)彼女の顔を見た。






「うち、消されてしまうの?」視界が曇り涙が流れる。

「純さんも祐介さんも淳史さんもグルだって知ってんねんから。奈津美さんホンマにうちの事がにくいんやなあ。うち、もうお店辞めようと思うねんけど。」





「待って美香ちゃん!」祐介は言葉に詰まりその一言しか言えなかった。






「申し訳ないけど祐介さんがどういう人なのかも知ってしまってん。内藤組の息子やろ?学生やないやん」





一番知られたくなかった事を一番知られたくなかった人に知られてしまい、祐介の胸は抉られる(えぐられる)様に痛み出した。涙ぐんで熱い涙がこぼれそうになり もうまともに美香の顔を見ていられなくてその腕を再び彼女の背中に強く巻きつけた。





「学生なのは本当。ヤクザの息子なのも本当。黙っていてごめん…。でも知られたら俺の事なんて好きになってくれる訳がないと思ったから、どうしても言えなかった。」







「最初はなっちゃんに純が頼まれて、兄貴と美香ちゃんがどんな女が見に行くはずだったんだけど兄貴に会合があって行けなかったから俺が純と行った。そこで初めて美香ちゃんに会って一目惚れしたよ。一瞬で好きになった。




だから純に美香ちゃんを消すとかそういう事するの辞めろよってケンカになってさ。俺から一方的に純に殴りかかったよ。そしたら純が「好きならものにしろよ。何でずっと見てるだけなんだよ」って。




ヤクザの息子だから小さい頃からずっと色んな人に恐がられて避けられて嫌われて続けてきて、女の子と付き合っても実家の事がバレれば次の日から急に口も聞いてもらえなくて振られる。




だから自立して実家の事を話さなくていいようになってから誰かと付き合いたいって思ってた。だけど美香ちゃんに会ってからそういう気持ちを抑えられなくて。なんで就職してから出会えなかったんだろうって何度も思ったよ。」






「うちの事好きなのはホンマの気持ちなん?」






「本当…。好きで好きでたまらないよ。こんなに誰かを好きになった事なんて今までない。」






美香はもう言葉が出てこなかった。きっと祐介も今まで沢山傷つきながら生きてきたのだ。だからこんなにも人に優しくなれるのだろうか?





彼の事は好きだ。でも…分からない。果たしてこのまま付き合っていて良いのか。これが彼の本当の姿なのだろうか?色んな事が頭の中を駆け巡る。





「やっぱもう信用できない?」顔を上げた美香の顔が浮かなくて、祐介が口を開いた。でもそれは予想通りというか悲しい結末にならもう慣れている。






「うちも祐介さんの事好きよ。でも……まだ少し混乱してんねん。」






「美香ちゃん、僕 美香ちゃんの信用を取り戻すまで指一本触れないから。」祐介はまだ半分ほど美香の体に回していた腕をゆっくりと放し財布から学生証を出してそっと彼女に渡した。





心は目に見えないから…これが僕の誠意です。彼女の前では何故か思っている事の半分も上手に口で伝えられない気がする。どうしてだろう?肝心な時ほど口ベタになっていまうのは…。






しばらくの沈黙の後、急にドアを荒くノックする音が響いた。






ドンドンドンドン!ドンドンドンドン!!






「美香? 俺や! おるんやろ!」





ドンドンドンドン!ドンドンドンドン……。





それは、達也の声だった……。





一瞬、何が起こっているのか分からなかった。どうして達也さんが?





美香は祐介の顔を見た。





「誰?」






「達也さんだと思う…TAKEの…」






「出る?」小声になる祐介の後を追うかの様に今度はチャイムが連打される。





美香は恐る恐る少しだけドアを開けると興奮した様子の達也がドアを力強く押して中に押し入ってきた。






「お前に言わなあかん事があんねん。」






その瞬間、達也と祐介の目が合った。






「小林達也言います」先に達也が祐介に話しかける。






「内藤祐介です…。」祐介は席を立ち名前を言うのがやっとだった。ブラックで決まっている細みなロックテイストの服装にサングラス、アクセサリー。なんだか一瞬で圧倒されてしまったのだ。





ドアのそばに立ち尽くす美香をさて置き、達也はかけていたサングラスを外し引き続き祐介に話しかける。






「内藤さんて内藤組の内藤さん?」






「はっはい…。」






「すんませんが、ちょっと時間いいですか?どっか外で」






「…はい。」






「達也さん!急に何?うちに話があるって来たんやないの?」事の展開に驚いた美香が焦って口を挟む。






「最初はお前に話があったねん、でも超本人の一人が今ここにおるから直接話しすんねん。」






「何の事?うち、意味がまだ理解できへん。」






「お前はここにおったらええねん。」






達也はごく自然に美香の両肩をグッと掴んだ。彼女のも言いなりというか達也のビシっとした一言には抵抗しない様子だ。






そんな二人に長くて濃かっただろう付き合いや絆を見せられたような気がして祐介はなんだか胸がチクッとした。






それだけではない。「内藤さんて内藤組の内藤さん?」と言われて はいと答えるしかなかった事。





美香がまた達也のもとへ行ってしまうのではないかという最悪の結末すらすぐに思いつくほど心が病的に衰弱していった。










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