騎士様の命を奪わせません! 役立たずの加護が運命を書き換える
【緊急依頼を検出しました】
【依頼名:奪われた命】
【対象者:カイル・ヴァレンシュタイン】
【状態:死亡予定】
【残り時間:十分】
私は、目の前に浮かんだ文字を何度も読み返した。
十分。
たった十分後に、カイル様が死んでしまう。
そんなこと、あるはずがない。
だって、ついさっきまで普通にお話ししていたのに。
明日の朝だって、一緒にご飯を食べるはずなのに。
「……リリア?」
カイル様が私を見た。
「どうした。顔色が悪いぞ」
「カイル様……」
私は震える手で、銀の鈴を握りしめた。
「逃げてください」
「何?」
「お願いです。今すぐ、ここから逃げてください!」
カイル様の表情が変わった。
「……何か見えたのか?」
私は頷いた。
「カイル様が、十分後に死んでしまうって……」
沈黙。
窓の外で、風が鳴った。
屋根の上には、黒い外套をまとった五人の暗殺者。
そのうち一人が、ゆっくりと短剣を抜いた。
「……なるほど」
カイル様は静かに言った。
「私の死が、すでに決まっているということか」
「そんなに落ち着いていないでください!」
思わず叫んでしまった。
だって。
この人は、どうしてこんなにも平然としていられるのだろう。
「リリア」
「はい……!」
「お前は、私を助けたいか?」
「当たり前です!」
考えるまでもなかった。
私はカイル様の袖を掴んだ。
「カイル様は、私を助けてくださいました。王宮で役立たずと言われていた私を、初めて認めてくださいました」
涙が滲む。
「だから……だから、今度は私が助けたいんです!」
カイル様は、少しだけ目を見開いた。
そして、静かに微笑んだ。
「……そうか」
彼は私の頭へ手を伸ばした。
大きな手が、そっと髪に触れる。
「ならば、頼む」
「……え?」
「私はお前を守る。お前は、私が死なない方法を探してくれ」
私は息を呑んだ。
カイル様は、私の加護を信じてくれている。
こんな状況なのに。
私自身ですら、どうすればいいのかわからないのに。
「……はい!」
私は強く頷いた。
「絶対に、死なせません!」
◇
――ガシャン!
窓ガラスが砕け散った。
黒い影が、部屋へ飛び込んでくる。
カイル様は私を背後へ押しやると、剣を振った。
甲高い金属音が響く。
「くっ……!」
暗殺者の短剣が弾かれた。
けれど、相手は一人ではない。
二人目が窓から侵入し、三人目が天井を破って落ちてきた。
「きゃあっ!」
私は慌ててベッドの陰へ身を隠した。
木片が床に散らばる。
部屋の中が、一瞬で戦場になってしまった。
「リリア! そこから動くな!」
「は、はい!」
カイル様の剣が閃く。
一人目の短剣が砕けた。
二人目は壁へ叩きつけられ、三人目は床に転がった。
すごい。
やっぱり、カイル様は強い。
これなら、もしかして。
そう思った瞬間。
【残り時間:八分三十二秒】
文字が浮かんだ。
私は息を呑んだ。
時間が、減っている。
当然だ。
でも。
このまま戦っていたら、きっと間に合わない。
何か。
何か、私にできることは。
私は必死に考えた。
カイル様の命が奪われる。
でも、まだ死んでいない。
失われていないものを、どうやって返せばいいのだろう。
そのとき。
ポケットの中で、銀の鈴が鳴った。
――チリン。
「……え?」
私は鈴を取り出した。
淡い金色の光が漂っている。
そして、新しい文字が浮かび上がった。
【第三の約束に異常を検出しました】
【状態:強制破棄】
【対象者:カイル・ヴァレンシュタイン】
【破棄された内容:生存を保証する誓約】
生存を保証する誓約。
私は目を瞬かせた。
それって、どういうこと?
次の瞬間、さらに文字が現れた。
【失われた誓約を返還するには、所有者の承認が必要です】
【承認条件:対象者が誓約の存在を認識すること】
私は顔を上げた。
カイル様。
カイル様に、約束を思い出してもらえばいい。
でも。
何の約束?
第三の約束。
母の願い。
私のお母さんが、カイル様を守っていた?
それとも。
「……カイル様!」
私は叫んだ。
「十三年前、私のお母さんと会ったことはありますか!?」
剣を振っていたカイル様が、一瞬だけ動きを止めた。
「何……?」
「銀色の髪の女の人です! 私と同じ髪の色をした!」
カイル様は暗殺者の攻撃を受け流した。
そして、険しい顔で答えた。
「……覚えていない!」
「そんな……!」
「だが!」
彼は剣を振り抜き、暗殺者を弾き飛ばした。
「姉上が、昔よく言っていた言葉がある!」
「言葉……?」
「ああ!」
カイル様は私を見た。
「『誰かを守りたいと願う者は、必ず誰かに守られている』……そう言っていた!」
その瞬間。
銀の鈴が、強く輝いた。
【第一の手掛かりを確認しました】
【第三の約束:母の願い】
【誓約内容の一部を復元します】
私は息を呑んだ。
目の前に、文字が浮かび上がる。
【願い:あの子が誰かを守ろうとするとき、どうか命を奪わないで】
私は震えた。
あの子。
それは、誰?
カイル様?
それとも、私?
次の瞬間。
文字が赤く染まった。
【警告】
【第三の約束は、現在の世界法則により無効化されています】
【無効化者:王国聖女セレスティア】
私は目を見開いた。
「……聖女様?」
今日、王宮で見た少女。
金色の髪。
青い瞳。
優しそうに、私をかわいそうだと言ってくれた人。
あの人が。
カイル様の命を奪おうとしている?
でも、どうして?
◇
「……リリア!」
カイル様の声が響いた。
私は顔を上げた。
黒い外套の暗殺者が、こちらへ向かっていた。
短剣が、月明かりを反射している。
「……っ!」
逃げなきゃ。
そう思ったのに、身体が動かなかった。
怖い。
怖くて、足がすくんでしまった。
短剣が振り下ろされる。
その瞬間。
カイル様が私の前へ飛び込んだ。
「リリア!」
鈍い音がした。
短剣が、彼の肩を貫いていた。
「……カイル様!?」
赤い血が、床に落ちる。
私は息を呑んだ。
カイル様は顔をしかめながらも、暗殺者を蹴り飛ばした。
「……大丈夫だ」
「大丈夫じゃありません!」
私は思わず叫んだ。
血。
こんなに、血が。
カイル様の肩から、どんどん流れている。
私は震える手で、彼の傷へ触れた。
「どうしよう……どうしよう……!」
「落ち着け、リリア」
「でも……!」
そのとき。
目の前に文字が浮かんだ。
【遺失物を確認しました】
【名称:カイル・ヴァレンシュタインの血液】
【状態:流出中】
【返還可能】
私は目を見開いた。
血液。
これも、返せるの?
でも。
失われた血液を返しても、傷は治らないかもしれない。
それでも。
「……返還!」
私は叫んだ。
金色の光が広がった。
床に落ちた血が、小さな光の粒となって舞い上がる。
そして、カイル様の身体へ吸い込まれていった。
「……っ!」
彼が驚いたように目を見開いた。
傷口からの出血が止まる。
けれど、傷そのものは残っていた。
「……なるほど」
カイル様が呟く。
「失った血まで戻せるのか」
「でも、傷は……!」
「十分だ」
彼は微笑んだ。
「これなら、まだ戦える」
私は唇を噛んだ。
違う。
戦ってほしいんじゃない。
生きていてほしい。
ただ、それだけなのに。
【残り時間:四分十一秒】
文字が浮かんだ。
私は胸が締めつけられるのを感じた。
もう、四分しかない。
◇
そのとき。
部屋の外から、拍手が聞こえた。
――パチ、パチ、パチ。
場違いなほど、ゆっくりとした拍手だった。
「素晴らしいですね」
女性の声。
私は振り返った。
壊れた扉の向こうに、一人の少女が立っていた。
金色の髪。
青い瞳。
白い聖女の衣装。
「……セレスティア様?」
少女は微笑んだ。
「こんばんは、リリアさん」
その声は、王宮で聞いたものと同じだった。
優しくて、穏やかな声。
けれど。
今は、なぜだろう。
とても怖い。
「こんなところでお会いするなんて、奇遇ですね」
セレスティア様は楽しそうに笑った。
私は思わず後ずさった。
「……どうして、ここに?」
「あなたに会いに来たんです」
「私に……?」
「ええ」
彼女は、ゆっくりと手を伸ばした。
「だって、あなたは本来、ここにいてはいけない人なんですもの」
私は息を呑んだ。
「……どういう意味ですか?」
セレスティア様は微笑んだまま答えた。
「あなたは、十三年前に死ぬはずだったんですよ」
沈黙。
私は言葉を失った。
十三年前。
また、十三年前。
どうして、みんなその話をするのだろう。
「でも、エレノア王女があなたを隠してしまった」
彼女は小さくため息をついた。
「おかげで、世界の記録が狂ってしまったんです」
「……世界の記録?」
「ええ。本来死ぬべき人間が生きている。それだけで、世界には歪みが生まれるんですよ」
私は震えた。
そんな。
そんなこと、言われても。
「……私、生きていてはいけないんですか?」
声が小さくなった。
セレスティア様は、少しだけ首を傾げた。
「残念ですが、そういうことになりますね」
その瞬間。
カイル様が私の前に立った。
「……黙れ」
低い声だった。
セレスティア様は目を細めた。
「あら、カイル様。まだ生きていらしたんですね」
「お前が何を知っているかは知らん」
カイル様は剣を構えた。
「だが、リリアにこれ以上くだらないことを言うなら、容赦はしない」
セレスティア様はくすりと笑った。
「怖いですね。でも、無駄ですよ」
彼女が指を鳴らした。
その瞬間。
カイル様の身体が、びくりと震えた。
「……ぐっ!」
「カイル様!?」
彼が膝をつく。
剣が床に落ちた。
私は慌てて駆け寄った。
「どうしたんですか!?」
「……身体が……動かん……!」
セレスティア様は、楽しそうに微笑んでいた。
「当然です。あなたの命は、すでに私が管理していますから」
私は顔を上げた。
「……管理?」
「ええ。運命というものは、神様が決めるものなんですよ」
彼女は静かに言った。
「そして、私は神様に選ばれた聖女です」
その瞬間。
【残り時間:一分三十秒】
文字が浮かんだ。
私は息を呑んだ。
もう、時間がない。
カイル様が死んでしまう。
嫌だ。
そんなの、絶対に嫌だ。
「……リリア」
カイル様が、かすれた声で私を呼んだ。
「逃げろ……」
「嫌です!」
「……頼む」
「嫌です!」
私は彼の手を握った。
冷たい。
さっきまで温かかった手が、どんどん冷たくなっている。
「約束したじゃないですか!」
涙が溢れた。
「私がカイル様を助けるって……!」
彼は苦しそうに微笑んだ。
「……ああ」
「だから……!」
私は銀の鈴を握りしめた。
そして、必死に願った。
お願い。
誰か。
どうか、助けて。
そのとき。
――チリン。
鈴が鳴った。
優しい音だった。
まるで、誰かが私の背中を押してくれているような。
『……リリア』
声が聞こえた。
懐かしい声。
母の声。
『あなたの加護を、信じなさい』
私は息を呑んだ。
『あなたは、失われたものを取り戻す子』
目の前に文字が浮かんだ。
【未返還の遺失物を検出しました】
【名称:カイル・ヴァレンシュタインの未来】
【状態:不正剥奪】
【所有者:カイル・ヴァレンシュタイン】
【返還可能】
私は、目を見開いた。
未来。
未来も、返せるの?
でも。
未来は、まだ失われていない。
そう思った瞬間。
文字が変わった。
【未来とは、まだ訪れていない時間ではありません】
【本来存在するはずだった可能性です】
【不当に奪われた可能性は、遺失物として扱われます】
私は息を止めた。
そうか。
カイル様の未来は、奪われたものなんだ。
だから。
返せる。
「……返して」
私は小さく呟いた。
セレスティア様が眉を寄せた。
「……何を?」
「カイル様の未来を……返してください!」
私は叫んだ。
銀の鈴が、強く輝いた。
【特別返還を開始します】
【対象:カイル・ヴァレンシュタイン】
【返還内容:奪われた未来】
【警告:世界法則との衝突を確認】
【代償が発生します】
代償。
私は一瞬だけ迷った。
怖い。
何が起きるかわからない。
でも。
目の前で、この人が死んでしまうくらいなら。
「……構いません!」
私は叫んだ。
「私の大切な人を、返してください!」
瞬間。
世界が、金色に染まった。
◇
光が収まったとき。
カイル様は、私の腕の中にいた。
呼吸をしている。
心臓も動いている。
温かい。
「……カイル様?」
私は震える声で呼びかけた。
彼の瞼が、ゆっくりと開いた。
「……リリア?」
私は息を呑んだ。
生きている。
カイル様が、生きている。
「……よかった」
涙が溢れた。
「よかった……!」
私は思わず彼に抱きついた。
カイル様は驚いたように身体を固くした。
けれど、すぐに。
そっと私の背中へ腕を回してくれた。
「……助けてくれたのか」
「はい……!」
「……そうか」
彼は静かに微笑んだ。
「ありがとう、リリア」
その言葉を聞いて、私はさらに泣いてしまった。
けれど。
その幸せは、長く続かなかった。
「……ありえない」
セレスティア様の声が聞こえた。
彼女は、初めて笑顔を消していた。
「運命の改竄を……解除した?」
私は顔を上げた。
セレスティア様は、震える手を見つめていた。
「そんなことができるはずがない……!」
カイル様がゆっくりと立ち上がる。
そして、私を背後へ庇った。
「……リリアに手を出すな」
セレスティア様は彼を睨んだ。
けれど、すぐに表情を変えた。
「……なるほど」
彼女は小さく笑った。
「やっぱり、あなたが鍵だったんですね」
そして、私を見つめた。
「リリアさん。覚えておいてください」
その声は、ひどく冷たかった。
「あなたが世界から奪ったものは、必ず取り返されます」
次の瞬間。
彼女の身体が、白い光に包まれた。
暗殺者たちも、次々と姿を消していく。
そして。
誰もいなくなった。
◇
静けさが戻った部屋で。
私は、ようやく息を吐いた。
「……終わったんでしょうか」
「ひとまずはな」
カイル様は剣を鞘へ収めた。
私は彼の肩を見た。
傷はまだ残っていたけれど、出血は止まっている。
「……よかった」
私はほっと胸を撫で下ろした。
すると、カイル様が私を見つめた。
「リリア」
「はい?」
「先ほど、お前は何と言った?」
「……え?」
「私の未来を返すときだ」
私は首を傾げた。
何と言っただろう。
必死だったから、あまり覚えていない。
「……返してください、でしょうか?」
「その前だ」
「……?」
カイル様は少しだけ目を逸らした。
そして、小さな声で言った。
「……大切な人、と」
私は固まった。
あ。
言った。
確かに、言った。
「そ、それは……!」
顔が熱くなる。
「その……!」
どう説明すればいいのだろう。
カイル様は大切な人だ。
それは間違いない。
でも。
どういう意味で大切なのかと聞かれたら、私にもまだわからない。
「……嫌だったか?」
カイル様が尋ねた。
「えっ?」
「私を、そう呼ぶことが」
「い、嫌じゃありません!」
私は慌てて首を振った。
「カイル様は、本当に大切な方です!」
沈黙。
カイル様は私を見つめた。
そして、ゆっくりと微笑んだ。
「……そうか」
その笑顔は、今まで見た中で一番優しかった。
私は胸が高鳴るのを感じた。
どうしてだろう。
カイル様が笑うと、こんなにも嬉しくなる。
けれど。
そのとき。
目の前に、新しい文字が浮かんだ。
【特別返還が完了しました】
【対象:カイル・ヴァレンシュタイン】
【返還内容:奪われた未来】
【結果:成功】
私はほっとした。
成功。
ちゃんと、助けることができた。
でも。
次の文字を見た瞬間。
血の気が引いた。
【代償の支払いを確認しました】
【支払者:リリア・ベルフォード】
【支払内容:寿命】
【消費寿命:十年】
私は息を呑んだ。
十年。
私の寿命が、十年も。
そんな。
私は震える手を見つめた。
けれど。
カイル様は、まだ気づいていない。
「……リリア?」
彼が私を見た。
「どうした?」
私は慌てて笑顔を作った。
「……なんでもありません」
「本当か?」
「はい!」
私は頷いた。
だって。
カイル様が生きている。
それだけで、十分だったから。
……でも。
私の目の前には、まだ文字が浮かんでいた。
【残存寿命:十二年】
私は、息を止めた。
十二年。
あと、十二年。
それが、私に残された時間。
私はゆっくりと目を閉じた。
そして、心の中で呟いた。
……大丈夫。
まだ、十二年もある。
世界を救う期限は、一年。
それなら、きっと間に合う。
そう、自分に言い聞かせた。
けれど。
私はまだ知らなかった。
この世界で、失われた寿命を取り戻すためには。
もっと大きなものを、差し出さなければならないということを。
**――第5話・終――**




