第四話 盲点
翌朝。
アオイは研究所の地下倉庫にいた。
薄暗い照明の下、役目を終えた観測機材が棚いっぱいに並んでいる。
海流計。
水温計。
古い通信機。
更新されるたびに倉庫へ運ばれ、そのまま眠り続けている機材ばかりだった。
アオイは棚を一つずつ見て回る。
探しているものは決まっている。
AIではないもの。
最新である必要はない。
むしろ逆だった。
人が操縦し、
人が見て、
人が判断する。
そんな機材を探していた。
棚の奥に、小さなケースがあった。
蓋を開ける。
折り畳まれた四枚のプロペラ。
白く変色した機体。
観測用ドローン。
製造日は十二年前。
アオイは思わず笑った。
「残ってたのか。」
電源を入れる。
起動音は少し遅い。
モニターには倉庫の映像がそのまま映る。
解析表示はない。
地形認識もない。
映っているものを理解するのは、人間だった。
「これなら。」
アオイは小さく呟いた。
⸻
週末。
アオイは本土南端の漁港にいた。
灰島へ向かう船ではない。
沖合まで出るだけの小型船だ。
「ここから先は近付きすぎるなよ。」
船主が島を見ながら言う。
「あそこは昔から面倒なんだ。」
アオイは頷いた。
「ここで十分です。」
島はまだ遠い。
肉眼では森しか見えない。
アオイはドローンを甲板へ置く。
通信を確認する。
録画開始。
静かな音を立てながら、機体が空へ浮かび上がった。
海を越える。
ゆっくり。
慎重に。
古い機体は風に流されやすい。
自動補正もない。
操縦桿を握る手に自然と力が入る。
⸻
島へ近付く。
海岸には木造の舟。
砂浜。
人影。
これまで知られている灰島と変わらない。
アオイは高度を上げた。
島民の暮らす場所を避け、島の中央へ向かう。
森。
森。
どこまでも森だった。
分類不能。
その地点へ到達する。
位置情報は一致している。
しかし画面には木々しか映らない。
衛星写真と同じだった。
アオイは高度を変える。
少し右へ。
少し左へ。
枝葉の隙間を探す。
その時だった。
風が吹く。
一瞬だけ木々が揺れた。
画面の奥。
灰色の直線。
自然物とは思えないほど均一な色だった。
「……。」
アオイは息を止める。
もう少し。
機体を下げる。
角度を変える。
再び枝葉が揺れる。
今度は灰色の面が見えた。
岩かもしれない。
人工物かもしれない。
判断はできない。
だが。
見たことのない形だった。
その瞬間。
画面の下で何かが動く。
人。
一人。
二人。
三人。
島民だった。
彼らは一斉に空を見上げている。
一人が腕を振り上げた。
細い影が飛ぶ。
乾いた音。
映像が激しく揺れた。
「!」
プロペラに何かが当たった。
警告音が鳴る。
もう一つ。
今度は機体のすぐ横を何かが通り抜けた。
石。
あるいは槍。
判別する余裕はなかった。
アオイは反射的に操縦桿を引く。
機体が急上昇する。
森が遠ざかる。
画面の中で島民たちはまだ空を見ていた。
追う様子はない。
ただ、自分たちの上空から去るまで視線を向け続けていた。
アオイはそのまま島を離れた。
それ以上近付こうとは思わなかった。
⸻
研究所へ戻る。
機体には小さな傷が残っていた。
あと数センチずれていたら、海へ落ちていたかもしれない。
アオイは録画映像を何度も見返した。
停止。
巻き戻し。
拡大。
明るさを調整する。
木々の隙間。
灰色の直線。
滑らかな面。
どれだけ見ても、断定できる材料にはならない。
人工物とは言えない。
岩とも言い切れない。
証明には程遠かった。
それでも。
ゼロではない。
衛星写真でも。
AIの解析でも。
得られなかった映像だった。
アオイは映像ファイルを保存する。
ファイル名を入力する。
灰島中央部_観測映像
一度だけ、その文字を見つめる。
室長は、この映像をどう見るだろう。
少なくとも。
何もない場所ではないことは伝えられるかもしれない。
アオイは予定表を開いた。
翌日の夕方。
室長の予定に、三十分だけ空きがあった。




