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灰島 ― 隔離された島を調査した研究者の記録 ―  作者: ぶちくま


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第五話 覚悟

翌日の夕方。


アオイは室長室の前に立っていた。


端末には、灰島で撮影した映像が保存されている。


人工物とは断定できない。


それでも、衛星画像にも解析結果にもなかったものが映っていた。


アオイは扉を叩いた。


「どうぞ」


室長は書類から顔を上げた。


アオイの持つ端末へ一瞬だけ視線を落とす。


「失礼します」


アオイは椅子へ座り、端末を机へ置いた。


「見ていただきたい映像があります。」


室長は黙って頷いた。


アオイは映像を再生する。


海。


森。


木々の隙間。


灰色の直線。


滑らかな面。


映像を止める。


「ここです。」


室長は端末を手元へ寄せた。


再生する。


止める。


巻き戻す。


もう一度見る。


島民がドローンへ気付く場面まで進む。


飛来物が画面を横切り、映像が大きく揺れた。


室長はそこで再生を止めた。


しばらく画面を見つめる。


やがて、小さく口を開いた。


「説明はできないな。」


「はい。」


「もう一度、現地調査をご検討いただけませんか。」


室長は端末を伏せた。


そしてアオイを見る。


「君は、勘違いしている。」


アオイは黙った。


「灰島は、研究のために情報を集められない場所なんじゃない。」


短く間を置く。


「情報を集めてはいけない場所なんだ。」


部屋が静まり返る。


「島民は外部との接触を拒んでいる。」


「映像にも、その意思は十分に映っていた。」


アオイは何も言えなかった。


「何が映っていたかは問題じゃない。」


室長は静かに続ける。


「組織として許可は出せない。」


それだけだった。


アオイは端末を閉じる。


「……分かりました。」


立ち上がり、一礼する。


室長はもう書類へ視線を戻していた。



地下資料室。


柏木は閲覧机で資料を整理していた。


アオイを見ると、静かに笑う。


「行ってきたか。」


「はい。」


アオイは端末を机へ置いた。


「映像です。」


柏木は椅子を寄せる。


「見せてくれ。」


映像が流れる。


森。


灰色の直線。


柏木は画面へ身を乗り出した。


「戻してくれ。」


もう一度。


さらにもう一度。


映像が島民の場面まで進む。


柏木は小さく息を吐いた。


「よく戻ってきたな。」


「運が良かっただけです。」


アオイは映像を閉じる。


棚から、一枚の紙を取り出した。


未採用報告書。


AIではなく、人による現地観測を提案する。


赤い判子。


却下。


「この人も、同じものを見ようとしたんでしょうか。」


柏木は紙を見つめた。


「さあな。」


少し間が空く。


「柏木さんは、灰島へ行こうと思ったことがありますか。」


柏木は笑った。


「興味はあった。」


「今もですか。」


「今もある。」


「それでも、行かなかった。」


「怖かったからだ。」


その一言だけだった。


アオイは黙って聞いている。


「危険だった。」


「仕事もあった。」


「行かない理由はいくらでもあった。」


柏木は報告書へ目を落とした。


「どれも間違いじゃない。」


「後悔していますか。」


柏木は少し考えた。


「分からん。」


静かな返事だった。


「行っていたら、何か分かったのかとは思う。」


それ以上は続けなかった。


資料室には、紙をめくる音だけが残った。



夜。


アオイは自宅の机へ端末を置く。


灰島の映像を開く。


森。


揺れる枝葉。


灰色の直線。


島民。


何度見ても答えは出ない。


端末を閉じる。


新しい画面を開く。


灰島周辺の海図。


潮流。


個人で借りられる小型艇。


必要な装備。


一つずつ確認していく。


静かな部屋で、キーボードを打つ音だけが続く。


やがて、小型艇の予約画面が表示された。


アオイは必要事項を入力する。


確認画面が開く。


画面の前で、しばらく指が止まる。


柏木の言葉が頭をよぎる。


「怖かったからだ。」


怖くないわけではない。


それでも。


指先は、ゆっくりと予約ボタンへ伸びた。

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