第三話 却下
週例ミーティングは、毎週月曜日の午前に行われる。
第七解析室では、各研究員が一週間の成果を報告する。
海流解析。
海底地形。
衛星画像。
海洋プラスチック。
どれも日常業務だった。
アオイは最後の順番だった。
通常案件の報告を終え、資料を閉じる。
「以上です。」
一呼吸置く。
「もう一点、提案があります。」
室長が顔を上げた。
「聞こう。」
スクリーンが切り替わる。
灰島。
その一枚だけで、部屋の空気が少し変わった。
「衛星画像解析の結果です。」
年代の違う画像を並べる。
「使用したAI、衛星、撮影時期はすべて異なります。」
「ですが、この地点だけは三十年以上、一度も分類されていません。」
島の中央。
どの画像にも同じ表示が並ぶ。
分類不能
誰も口を開かなかった。
「私は、この原因を特定するためには現地での観測が必要だと考えます。」
最後のスライドが映る。
灰島現地調査計画(案)
室長は資料を閉じなかった。
しばらく画面を眺めてから口を開く。
「……興味深い。」
アオイは少しだけ肩の力を抜いた。
「着眼点は理解できる。」
「分類不能という結果を、そのままにしておくべきではないという考えも分かる。」
その言葉に嘘はなかった。
室長は本当にそう思っている。
だからこそ、すぐには続きを話さなかった。
静かな間が流れる。
やがて室長は小さく息をついた。
「そこまで言った研究者は、過去に一人だけいた。」
会議室が静まり返る。
アオイは思わず顔を上げた。
「一人だけですか。」
「ああ。」
「ずいぶん前の話だ。」
室長は資料を閉じた。
「だが。」
その一言で、空気が変わる。
「……その提案も、許可されなかった。」
アオイは黙って聞いていた。
「研究は、情報を積み重ねて結論へ向かうものだ。」
「観測できること。」
「検証できること。」
「再現できること。」
「その積み重ねがあって、初めて研究になる。」
室長は淡々と続ける。
「情報を集められない対象は、研究として成立しない。」
その言葉は静かだった。
責める響きも、突き放す響きもない。
ただ事実だけを述べている。
「興味深いことと、研究として扱えることは違う。」
「私は、この計画を許可することはできない。」
アオイは言葉を失った。
反論できる内容ではなかった。
室長は最後に少しだけ表情を和らげる。
「君の興味を否定するつもりはない。」
短く区切る。
「以上だ。」
「この提案は却下する。」
⸻
会議室を出る。
廊下には三浦が立っていた。
缶コーヒーを一本差し出す。
「お疲れ。」
「ありがとうございます。」
缶を受け取りながら、アオイは苦笑した。
「やっぱり駄目でした。」
「まあ、そうなるよ。」
三浦は肩をすくめる。
「でも室長、最後まで話を聞いてくれただろ。」
「はい。」
「珍しいんですか。」
「灰島の話なら、普通は途中で終わる。」
三浦は缶を開けた。
「室長は、お前の考え自体は面白いと思ってる。」
「だから最後まで聞いた。」
「駄目なものは駄目って言う人だけどな。」
少し笑う。
「そういう人だ。」
⸻
夕方。
地下資料室。
柏木は脚立に乗って古い資料を整理していた。
アオイを見ると、すぐに声を掛ける。
「却下されたそうだな。」
「早いですね。」
「狭い職場だからな。」
柏木は笑う。
アオイは少し迷ってから尋ねた。
「室長が言っていました。」
「昔、現地調査を提案した人が一人だけいたと。」
柏木の手が止まる。
ほんの一瞬だけ。
「……そうらしい。」
「知っているんですか。」
「昔の話だ。」
それ以上は語らない。
アオイも、それ以上は聞かなかった。
⸻
その夜。
研究室にはアオイだけが残っていた。
机の上には、灰島の衛星画像。
室長の言葉が何度も頭をよぎる。
情報を集められない対象は、研究として成立しない。
画面を見る。
分類不能。
AIは答えを出せない。
だから研究にならない。
アオイはそこまで考え、ふと手を止めた。
「……AIじゃなければ。」
小さく呟く。
研究所の倉庫には、何年も使われていない観測用ドローンが眠っている。
最新式ではない。
AIも積んでいない。
ただ、人が操縦し、人が映像を見るだけの古い機体。
アオイは静かに立ち上がった。
まだ、試していない方法が一つだけあった。




