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灰島 ― 隔離された島を調査した研究者の記録 ―  作者: ぶちくま


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第二話 仮説

翌朝、研究室はいつもと変わらなかった。


誰かがコーヒーを淹れ、

誰かがキーボードを叩き、

窓の外では灰色の海が静かに揺れている。


昨日見つけた「分類不能」だけが、アオイの頭から離れなかった。



「まだ見てるのか。」


三浦が紙コップを片手に机を覗き込む。


画面には昨日と同じ衛星画像。


年代だけが違う。


「昨日の続きです。」


「その前に。」


三浦は別の資料を机へ置いた。


「海流解析の方、今日中な。」


アオイは資料を見る。


今月担当している解析案件だった。


沖合数地点の観測データを統合し、海流モデルへ反映する。


毎月のように回ってくる仕事で、特別な案件ではない。


「分かりました。」


「灰島は仕事が終わってから。」


三浦は笑った。


「……はい。」



午前中は海流データだった。


画面には数字が並ぶ。


流速。


水温。


塩分濃度。


異常値がないか確認しながら、一つずつ処理していく。


研究室では誰もが同じような仕事をしていた。


派手な発見より、

地道な積み重ね。


研究とは、そういうものだった。


昼前になって、ようやく解析が終わる。


アオイは息をつくと、

昨日のフォルダを開いた。


灰島。



「まだやるのか。」


三浦は苦笑した。


「解析に使われたAIは全部違います。」


アオイは画像を切り替える。


「衛星も違います。」


「うん。」


「撮影した時期も違います。」


「うん。」


「それでも、この場所だけ結果が変わりません。」


カーソルを島の中央へ合わせる。


分類不能


三浦は腕を組んだ。


「珍しい。」


「ですよね。」


「でも、それだけだ。」


アオイは画面を見たまま答える。


「原因を調べる価値があります。」


「そうかもな。」


三浦は素直に認めた。


「でも。」


少しだけ間を置く。


「面白い研究と、成立する研究は違う。」


「どう違うんですか。」


アオイは尋ねた。


「証明ができるか。」


「……。」


「AIが分類できないんじゃそれ以上は何もできない。」


「……。」


「灰島は昔から、その壁を越えられない。」


そう言い残し三浦は椅子から立ち上がる。


アオイは何も答えられなかった。



昼休み。


地下資料室は今日も静かだった。


棚の奥で、柏木が脚立に乗って資料を整理している。


「また来たか。」


「昨日の続きです。」


柏木は棚から一冊のファイルを取り出した。


表紙には黒いスタンプ。


未採用


ページをめくる。


現地調査申請。


却下。


共同研究提案。


却下。


長期観測計画。


却下。


理由はそれぞれ違う。


予算。


安全性。


検証困難。


どれも納得できるものだった。


「全部、途中で終わってる。」


アオイが呟く。


柏木は静かに笑った。


「途中までしか行けないからな。」


「灰島だからですか。」


「灰島だからだ。」


それ以上は何も言わなかった。



夜。


研究室にはアオイしか残っていない。


新しいファイルを開く。


タイトル。


灰島調査計画(案)


カーソルだけが点滅している。


十分ほど考えたあと、


最初の一文を書いた。



目的


灰島における現地調査の実施。



保存。


画面の右上に、小さく表示が変わる。


保存しました。


アオイは画面を見つめたまま、小さく息を吐く。


まだ申請すらしていない。


通る保証もない。


それでも。


「証明ができるか。」


昼間、三浦に言われた言葉が頭をよぎる。


アオイは静かにパソコンを閉じた。


証明したい。


その思いだけは、昨日より少しだけ強くなっていた。

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