4.
4話です。最近寒暖差がすごいですね…みなさま体調には気をつけてください。
「な、な、何と仰いましたか?婚約者ができた?私の空耳ですよね?」
「私も勘違いならどれだけ良かったかと思ってるわよ……。まさかルイ様が婚約者を名乗り出るだなんて思いもしなかったもの。」
「……お嬢様。国内有数の料理の才能を持つシェフの料理に釣られたわけでは?」
「ないわね。」
「お嬢様が応援するお2人を間近で見れるからでは?」
「ないわね。」
「では、」
「ないわね。」
「まだ何も言ってませんが。」
「正解はこうよ。ルイ様の圧倒的美貌に呆けていたらいつの間にか婚約していました。」
「……何をそんな自慢げに言っているんですか。呆れを通り越して怒りまで感じるのですが。旦那様から婚約者を見つけてこいと言われたからって公爵令息を釣り上げるとは、流石ですよお嬢様。」
「えへへ。」
気まずそうに笑うフレアに、ヴィラは溜息をつく。我が主人はどうしてこうも阿呆なのかと。しかしヴィラは主人のそんな部分も含めて丸ごと大事にしているため、結局強く叱れないのだ。
ならば侍女の怒りの行く末はどこか?そう、ご名答、婚約を申し込んできた公爵令息である。主人の隙をついて騙し討ちのような真似をした輩が婚約者の座に収まるなんて許せない。ヴィラはフレアが本当に好きな相手、もしくはフレアが認めた相手との婚約しか許していない。一介の侍女が許そうと許すまいとフレアの婚約を決める権限はないが、フレアは自身の専属侍女に相当甘い。それをヴィラも分かっているため、上手く主人を婚約解消にもっていけば......。
「ヴィーラ。聞いてるの?」
「っ、すみません。考え事をしていました。」
「だから、お父様に手紙を出して欲しいのよ。来週末に、ルイ様がうちに来るみたいだから。」
「.........外堀から埋めようとしていますね、絶対に阻止しなくては。」
「?どうしたのよ。そんな怖い顔して。」
「いえ、すぐに挨拶したいだなんて、公爵子息様は随分お嬢様に入れ込んでいるようですね。」
「ちっ、違うわよ。婚約の話をした時、そんな雰囲気は少しもなかったわ。多分、最近市井で流行ってる"政略結婚"というやつなのよ。きっと本当に愛する方がいるけれど、何か障害があってカモフラージュが必要なんじゃない?」
「はい?そんなクソみたいな理由でお嬢様の結婚相手に収まろうとしていると?はっ、お嬢様に対する愛情が少しでもあるなら見守ってあげても良いと思っていましたが...そんなクソ野郎ならお断りです。あらゆる手を使って潰さないと......。」
「ちょっと、昔の口調に戻ってるわよ。それに例を挙げただけで、実際にルイ様がどうして私に婚約を申し込んだかは分からないの。だから次にお会いした時にでも聞いてくるわ。例え私の事が好きでなくても、私は全然構わない。広い屋敷で美味しい食事を頂けるなら、それだけで大満足!あと、ヴィラが一緒に来てくれる事も大事よね。ヴィラがいれば、寂しくないわ。」
「お嬢様......。」
感動してくれているヴィラには悪いけれど、私からすれば利点が多いのよ。公爵家ともなれば後ろ盾がしっかりしているし、何不自由ない生活が約束されているようなもの。ルイ様は奥様を蔑ろにするような方ではない事を知ってるし...案外楽しい結婚生活かもしれない。それに、ヴァンス様との絡みが近くで見れるかもしれないもの!これが一番大きいわね。
何なら、お二人が上手くいくように私がお手伝いするのも良いわね。婚約者という立場を使えば、結構簡単そうだわ。今は恋愛感情が芽生えていなくても、学園を卒業するころには確実に恋心が育っているはずだから......少し時期は早くても、構わないわよね。
フレアの知る二人の関係値は、一年生は友人、二年生から意識し始め、最終学年で恋人に......という感じだ。少し違った進み方でも、構わないだろう。だってここは、完璧に「ゲーム」の世界ではない。私たちは実際に生きて、感情を持っているのだから。決まった道を行くのではなく、自分の思うままに行動するのが一番である。
「ヴィラ、手紙の件よろしくね。何だか疲れちゃったから、私はもう寝るわ。」
「分かりました。お休みなさいませ。」
「おやすみ。」
明日、学園の皆はもう知っているのだろうか。私とルイ様の婚約といえば、その日の新聞の一面に大きく乗るようなビッグニュースだ。貴族社会での噂の回る速度は速い。いつどこで誰が話を聞いているか分からないし、もう広まってしまっているかも。
ルイ様を想う人は沢山いる。私はその全員から、妬みや嫉妬の視線を受けるのだ......そう考えると、頭が痛い。
♦♦♦
朝。特に誰から何かを言われるわけでも無く、普段通りの生活が始まった。この様子を見るに、ルイ様との話は誰にも聞かれていなかったらしい。その事にほっと一息をつくフレアだった。
「それでは、これで本日の講義を終える。来週までに課題を終わらせて来るように。では、解散。」
あっという間に一日の課程を終えて、教室にいる生徒たちがざわめき出す。
「やっと終わったー、なぁこの前言ってた店に行ってみないか?」
「ああ、平民の間で人気の店か?すまんが俺、今日はルチとデートがあるから無理そうだ。」
「ちぇっ、お前らホント仲いいよな。親友の俺より愛するレディだってか?悲しいぜ。」
「相変わらず泣き真似が上手いな。ほら、今度ちゃんと一緒にいってやるから......そんなに悲しそうにするなよ。」
「絶対だぞ、約束な。」
「おう。」
(......なにかしら、この気持ち。あの男子生徒二人を見ていると湧き上がるこの気持ち......何とも言えない高揚感というか、幸福感と言うか。)
「ねぇ、今の見た?」
「勿論見たわよ。しっかりとね。」
「「"尊い"」」
「ダン様にはルチアーナ様という婚約者がいらっしゃるけれど......妄想する分には構わないわよね。」
「そうよ、思想の自由が私達には認められているもの。」
フレアは理解した。この女生徒たちが言う"尊い"という言葉が、彼女の気持ちを一番的確に表す言葉なのだと。そして、彼女たちは自分と同類であることを。
(あら......?そういえば、このお二人って、この前夜会にいた.....,。)
「でもやっぱり私のイチオシはヴァンス様とルイ様のお二人よ。」
「私だって。でも貴女とは逆なのよねぇ......。」
「仕方ないわ。好みの違いよ。」
この前は話しかけられなかったけれど......今なら、行ける気がする。私もお二人が好きなんです、この前の夜会でも素敵でしたよね、とか。これなら、話しやすいかしら?それとも、素直にお友達になってください、とか......でもそれだと、私の肩書が邪魔しそうね。侯爵令嬢という身分に関係なく仲良くなれたら.....。
フレアは、覚悟を決めた。
「あっ、あの......」
「ねえ、僕の婚約者を見かけなかった?」
「ふぁっ、る、ルイ様!こ、婚約者の方でしたね...ええと、どなたと婚約されていたのだったかしら。ええと......」
「フレア・ヴァーミリア嬢だよ。」
「そうそう、フレア・ヴァーミリア嬢でしたわね.......って、ええっ!?」
「お話に割り込んですみません、ルイ様はフレア様と婚約されていたのですか!?」
「あー......正確には、予定、なんだけどね。まだご両親に了承を貰っていないから。」
「う、嘘......。」
ルイ様の周りに人だかりができ、私のなけなしの勇気でかけた声はかき消されてしまった。
それよりももっと大変なのは、私とルイ様の婚約の話があっという間に知れ渡ってしまった事だ。まだ正式に決まってもいないのに、どうして婚約者だなんて…….。ルイ様は「ゲーム」で、交際を徹底的に隠していたと思うんだけど、どうしてか実際にはオープンなのね。
「あっ!いたいた、フレア嬢!約束通り来たよ!」
「………ありがとうございます。ただ、ここでは少し、いやだいぶ目立つので移動しませんか?」
「あ、そうだよね。じゃあ、生徒会室を借りようか。」
ルイ様の言葉で、辺りから驚愕の息が漏れる。生徒会室は、名前の通り生徒会に属する生徒が集まる場所なのだが、別の名を第二王子派室とも呼ばれている。
今、貴族は第一王子派と第二王子派で分かれている。王位継承権は通常長子かつ男子に受け継がれるのが通例なのだが、いかんせん今の第一王子の素行が悪すぎる。そのため第二王子を擁立する貴族も多く、派閥に分かれてしまったというわけだ。
ちなみに我がヴァーミリア侯爵家は中立派を維持しており、高位貴族ながら王家とは距離を置いている。お父様もお母様も侯爵という地位を有り余るものとして捉えているらしい。王家と関わるなんてもっての外である。当人たち曰く、「面倒ごとは嫌い」だそうだ。
と、いう経緯を踏まえると、私が今生徒会室に向かっているのはいささか状況が悪いと言える。だって、うちは中立派なのだから。
実は、婚約にも問題がある。ルイ様の生家はエストルンド公爵家で、彼らは筆頭第二王子派を掲げている。………つまり、もし婚約が決まれば、自動的に私及び私の家は第二王子派を宣言したと同意になってしまう。お父様の同意を重要視したのは、こういう理由もあったりするのだ。
「ちょっと待ってて。」
いつの間にか生徒会室の前に着いていたようで、ルイ様は何かを確認しに先に入って行った。誰か中にいるのか確認しているのか、もしくは許可どりをしているのか……。
「いいよ。入って大丈夫。」
ガチャリとドアが開いて、ひょっこり顔を出したルイ様。とっても可愛い。
「失礼します。」
「どうぞどうぞ。」
中に入ると、生徒会メンバーが勢揃いしていた。皆忙しそうで、こちらに見向きもしていない。中には……当然だけれど、ヴァンス様もいる。
(ふわぁぁぁ、ヴァンス様だわ……!)
輝くような金髪に、広大な湖を思わせるような深い青の瞳。第一王子殿下も同じ色を持っているけれど、ここまでオーラはない。ヴァンス様はどちらかというと硬い雰囲気というか、いかにも王族らしい感じで......逆に第一王子殿下は優しい軟派な雰囲気がある。私は圧倒的にヴァンス様派だけど、第一王子殿下も顔だけは良いから、貴族令嬢の間でも人気がある。
「じゃあ、僕たちは裏の接待室を使わせてもらうよ。」
「ああ、邪魔をしなければいい。」
「すみません、お邪魔します。」
「君は......まぁ良い。くつろげるような場所ではないが、ゆっくりしていってくれ。」
君は......なんだろう?ルイと婚約した女か、とか?ヴァンス様って本当に表情が変わらないというか、表情筋が動かないお方だから......いまいち何を考えているのか分からないのよね。「ゲーム」でも、ルイ様くらいしか読み取ることが出来なかったくらいだし。
「ごめんね、フレア嬢。ヴァンス様は別に怒ってるわけじゃないんだ。あれはね、吃驚してただけだよ。」
「吃驚?......どうしてでしょうか。はっ、やはり中立派の人間がここへ気軽に立ち寄るのは駄目だったり......。」
「いやー、そういう類ではないと思うよ?ふふ、僕は長い時間ヴァンス様と一緒にいるから、多分僕の予想は当たってると思うんだけどなあ。」
「ルイ様......また教えてくれないつもりでしょう。」
「わあ、僕の事よく分かってるじゃない。」
「もう、ルイ様は意地悪です。」
ふんっ、とそっぽを向くフレアを見て、ルイは固まる。
「.........成程ね、侯爵が隠しておきたくなるのも分かる気がするよ。」
「はい?」
「いや、こっちの話。...さあ、お喋りはこれくらいにして作戦を立てようか。」
「作戦ですか?一体何の?」
「僕たちの婚約についてだよ。周りに認めてもらうためには、少々手心を加えた方が良いと思ってね。僕たちは別に愛し合っている訳じゃないから。」
「やはり、理由があったのですね。おかしいと思いました、ルイ様とは接点が一つもありませんでしたもの。......つかぬ事をお伺いしますが、もしかしてルイ様には...意中の方がいらっしゃるのですね?」
「......フレア嬢。一番最近読んだ本を教えてくれる?」
「本ですか?それでしたら......『夫の真実の愛は私ではなかったようです』、でしょうか。政略結婚をした夫には本当に愛する相手が居て、妻である主人公は大人しく身を引いて新しい恋人と幸せになる、という物語です。とても面白いんですよ。」
「そんな事だろうと思った。良い?僕には今意中の相手はいないし、仮にフレア嬢と結婚するなら君だけを大事にすると誓うよ。愛は無くても、家族として大事にしたいと思ってる。だからその本のような不誠実な事をするつもりは無い。」
「あっ、違います!ルイ様が不誠実な事をする方だとかそういう風に思っている訳ではなく......ええと、つまり私はルイ様に幸せになって頂きたいのです。だからもし、本当に愛する方がいらっしゃるなら、応援したいと......そういう気持ちで言っただけで。」
自分の大きな失言に、慌てて訂正を入れる。そうよね、こんな言い方をしたら、まるでルイ様を不誠実なお方だと思っているように捉えられてしまうわ。私にとって大事なのはルイ様とヴァンス様の幸せなのに、上手く伝えられなかったせいでルイ様を傷つけてしまったかもしれない。
「そっか。僕に幸せになって欲しいのか。......ふふ、出会って少ししか経っていないのに、おかしな話じゃない?でも嬉しいよ、そんな風に言ってもらえて。僕もフレア嬢が幸せになれるように、最大限努力しよう。」
「ありがとう、ございます......でも、一つだけ。一つだけ、お願いがあります。」
「うん、良いよ。どんなお願い?」
「私たちは、いわゆる愛のない婚約になると思うのですが......もしお互いに愛する人が出来たら、きちんとお別れしましょう。好きな方が出来たら、遠慮せず教えてください。私はこの婚約が破棄されても構いませんし、むしろ応援したいのです。」
「......分かった。フレア嬢の意向を汲み取るよ。この婚約にあたって他に気になることは無い?」
「あ、少し気になったのですが。この婚約でルイ様が得られる利益と言うか.......得することが、私には思いつかなくて。どうして私に声がかかったのか、気になっていました。」
「ああ、ちゃんと説明していなかったね!えっとね......うーん、正直に言うと利益とかそういう事は特に考えたわけじゃなくて、勘、なんだよね。」
「勘、ですか?」
「こんな理由で本当に申し訳ないよ。でも、僕は勘がよく当たるんだ。あの夜会で君を見た瞬間、ビビッときたというか.......表現するのは難しいけど、この子だ!って。実際話してみたらすごくいい子だったし。」
「謝る必要なんてありません。私、ルイ様に選ばれて嬉しいです。.......っああ、別にルイ様を好きだとかそういう意味ではないですよ!?私にとってルイ様とヴァンス殿下は......尊敬している方なので。」
「僕、尊敬されてたんだ?ふむ、どこら辺が具体的に尊敬できるのか聞きたいところだなあ。」
「そ、れは......少し恥ずかしいので、いつかお伝えします。」
「えー、残念。」
こんな感じで軽口を叩きあいながら、穏やかな時間が流れた。ルイ様は、ルイ様のお父様、つまり現公爵様と私のお父様を納得させるための理由を話し合いたかったらしい。ああだこうだ言いあいながら、出会いや婚約を申し込む台詞などなど、そこまで決めるの?というところまで脱線したりしながらようやく決めた。
私の恋愛スキルは基本的に小説から得たものなので、これはどうかと提案する度にルイ様に突っ込まれた。途中でツボに入ってしまったのか笑いが止まらなくなってしまったルイ様はとっても素敵で......こんな方と婚約するんだなあ、と少し不安にもなった。ヴァンス様と婚約するまで、元々彼には婚約者がいなかったのに......私と言う異分子が入り込んで、本当に大丈夫だろうか?私のせいで2人が結ばれないようなことが合ったら、どうしよう。
不安に思う事は沢山あるけれど、ルイ様が笑っていられるなら良いかとも思うの。表面的にはこんなに元気なルイ様にも......人には知られなくない闇がある。この先暗闇が彼を覆いつくすほど大きく、深くなることを、私は知っている。その時まで、少しでも幸せを彼に分けてあげられたら、この婚約は意味のある者になるかもしれない。
折角近くにいるのだし、二人の仲をより深くすることが出来たら、最高じゃないかしら?二人の幸せを間近に見られたとしたら、最高の人生だわ。
フレアは密かに、心を決めた。
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