2.
第二話です
「久しぶりだな、元気にしていたか?」
「まだ1ヶ月程しか経っていませんが。」
「随分冷たいじゃないか。この1ヶ月で何があったと言うんだ。」
「私がお父様に冷たいのはいつもの事です。」
パパ寂しいっ、とどこぞのヒロインみたいなポーズで出迎えてくれたのは、私のお父様。1人娘である私をこよなく溺愛し、ヴァーミリア家の娘は籠の中の白鳥だ、なんて噂されてしまったのだからもうどうしようもない。
しかし私を可愛がる一方で、お父様のヴァーミリア家当主としての手腕は目を引くものがあり、子爵という立場にありながら陛下にも一目置かれているらしい……真偽の程は定かではないけど。
「そういえば、ジャンたちはどうしたのですか?いつもなら屋敷のみんな総出で迎えてくれるのに……。」
ジャンというのは、うちの有能執事のことである。本当に仕事ができて、王宮勤めを打診されたそうだけど、ジャンはヴァーミリア子爵様に御恩があるのでと断ったらしい。
うちの使用人たちはジャンと同じようにお父様に助けられた人が多いらしく、それだけに忠誠心も異常だ。娘の私にもその忠誠心をこよなく発揮するのだから、お父様は彼らに多大な恩恵を与えたのかもしれない。
「いやー、今までフレアには言っていなかったんだが……お前が出て行ってから使用人たちのやる気が落ちてしまってな。最近はお嬢様……って言いながら虚空を見つめ始める輩もいたものだから、ちょっとした褒美を与えたというか。」
「みんな寂しがってくれていたのね。なんだか嬉しいわ。」
「寂しがってくれていた、か。はは……….あれはそんな可愛いものじゃなかったがな。」
「それでどんなご褒美をあげたのですか?」
「……決してフレアをダシに使ったわけじゃないということを先に言っておく。」
一体何をしてくれちゃったのよ。という目をお父様に向けると、気まずそうに視線を逸らされる。そして私の視線に耐えかねたのか、ついに口を開いた。
「いやあ、一番屋敷に貢献した使用人はフレアが帰ってきてここに滞在する間、休暇を貰える、だなんて言ってしまったんだよ……はは。そうしたら休暇の間、自分の好きな要領でお前と一緒にいられるからね。」
「何ですって……。」
いくら何でも娘をダシにしすぎではない?私のこと溺愛してる割には都合が良いことに使うんだから、ほんと困っちゃうわ。
それにしても、使用人のみんなって思ったよりも私のことを大事に思ってくれていたみたい。貴重な休暇を私のために使ってくれようとしてるんでしょう?嬉しいけど、休暇は自分のために使って欲しいわね…。
「お父様、使用人達に休暇はあげていないの?」
「いいや、我が子爵家は他貴族と比べても福利厚生は高い方だよ。使用人たちは月に4日休暇が取れるようになっている。」
「つ、月に4日!?」
めちゃめちゃブラックじゃない!お父様は何だか得意げな顔をしているけど、「ニホン」で言ったら相当ブラックよ。要は週6日働けって事でしょう?
残業代は出ているのかしら。そもそも私が屋敷にいた時は、皆休暇を取れていたの?ヴィラなんて居なかった日はなかった気がするわ。
「お父様……もっと休暇をあげるべきではないですか?」
「え、これ以上かい?」
「だって週に1日しか休みがないではないですか。それに今思えばヴィラだって、私についてきたせいで1日も休みがないし。」
「………そうか。フレアはそういう風に考えるんだな。よし、いずれ必要になるだろうし、お父様が少し教えてあげよう。」
ついでにお前を呼んだ理由も話すよ、と私は接待室に招かれた。入ってみるとすでに温かそうな紅茶と、美味しそうなケーキがずらりと並んでいた。
移動するこの短い間にこれだけ用意できるうちの使用人、すごいわ。やっぱりそれ相応の待遇はすべきね。
「フレア。」
「どうしました?」
ソファに腰掛けた途端、お父様が寂しそうな表情をする。
「その……もうお父様の隣には座ってくれないのかい……?」
「はい?」
「学園に通うまではずっと私から離れなかっただろう?なのに1ヶ月経ったら急に塩らしくなったというか……少し、親離れをしてしまったようで寂しいよ。」
大人のくせに、メソメソしてみっともない父親だね、言いながら落ち込む姿を見ると、なぜか芝犬が耳を垂れ下げるように感じるのはなぜだろうか…。
「ごほん。……お父様。私も大人になりつつあるのです。いつまでもお父様に甘えていられません。」
「ちょ、直球だね。」
「ですが……まだ子どのですから、甘えたい時もあります。」
私はするするっと対面側のソファから立ち上がり、お父様が座っている隣に腰をかけた。
するとお父様の顔がぱあっと晴れて、嬉しそうに頭を撫でてくれた。それから私をギュッと抱きしめて、頬にキスをしようと…………
「って、それはダメですよ!」
「え、ダメなの?」
「そんな可愛い顔をしてもダメです。こういう事は、結婚する人とするって決めていますから!」
「む……娘が貞淑で嬉しいようで、私自身も避ける対象に含まれているというのが何ともいえないな。」
「私、お父様とお母様のようなおしどり夫婦になりたいんです。」
ちなみにこれは本当だ。お父様とお母様は学園で出会い、恋に落ちた。お母様は実は平民生まれであり、しかしその魔力量の多さと賢さで王立学園に入学できたのだ。学園で出会った二人はその身分差から互いに恋心を口に出せず、ついに卒業の日になって、お父様から婚約を申し込んだのだそうだ。お父様のお父様、つまりお祖父様は最初二人の婚約に反対していたが、お父様の説得とお母様の人柄で何とか婚約を許してもらったそう。
結婚してからも二人はまだまだ恋の熱は冷めぬようで、娘の前だというのにいちゃいちゃと......でも、それも我が家の日常なのだ。おかげで今、私に妹が産まれようとしている。屋敷にお母様がいないのは、そろそろお産の時期で実家に戻っているからだそうな。貴族家では子供の世話を全て乳母に任せるのだが、お母様はどうしても自分の手で育てたいらしい。私が生まれる時も周囲の反対を押し切って実家に帰り、実家でお産をした。しばらく子爵家には戻らず、私を育ててくれたのだ。
"正直、もう帰ってこないかと思ったよ"とお父様は語っていた。
「ほう、そうかそうか。いやあ、ありがたいな。」
「......はい?」
「お前がそんなに結婚を望んでくれていたなんて。お父様は嬉しいよ。」
「一体何を、」
「っ、お嬢様。この部屋から出ましょう。」
「ヴィラ?」
「これから旦那様がお話しされることはお嬢様を不幸にします。」
そう言って私の袖を引っ張って部屋から連れ出そうとするヴィラの前に、扉の前を塞ぐ形でお父様は立ちふさがった。そうはさせないぞ、という圧を感じる。
「ヴィラ。お前はいち使用人の立場だろう。私はお前の主人ではないけれど、お前の雇い主なんだ。色々思うところはあっても、今は堪えなさい。」
「............はい。」
何だか訳が分からず戸惑ってしまう。
「それで、一体どういう事なのですか?ヴィラは何か知っているようですが......。」
「私がお前を呼び出した理由に関係しているんだよ。」
理由.........?さっきヴィラが慌てだしたのは、お父様が結婚の話題を出した時......あ。
「もしかして、私に婚約の話が上がっているのですか......?」
「うーん、惜しいな。婚約の話が上がっている訳ではないよ。ただ、お前にはそろそろ婚約相手を決めて貰いたいと思ってね。」
「......そうですね、私もここまで婚約の話を持ち上げられなかったのが不思議でした。」
本来貴族子女は、15歳までに婚約者を決める。ただ、特に婚約をしなければならないというルールはない。貴族社会では、結婚することが子女にとって一番幸せな事だとされているから、こういう風習が生まれたのだ。だから普通はどんなに端くれの貴族だって幼いころから花嫁教育を受ける。
でも、私はそういうのが一切なかったのよね。皆が一生懸命料理やら裁縫やらを学んでいる間に私がしていたことと言えば、領民の子どもたちと一緒にかけっこや木登りをしていたくらいで、婚約の話だって一度も持ち上がらなかったもの。貴族子女同士のごたごたが苦手だったからか、1人も貴族のお友達が出来なくて、泣いていたんだっけ。でも両親は"無理に頑張らなくていい"って、お茶会の数を減らしてくれた。その代わり私は、領民の子どもたちと遊ぶようになった。
「実はね、何度か婚約の釣書は送られてきていたんだ。でも私もフィオナもお前が可愛くてね......中途半端な輩にくれてやるか!と、まぁ突っぱねてしまったわけだよ。」
「失礼ながら旦那様、それは正解です。送られてきた釣書の子息たちを調べましたが、碌な人がいませんでしたから。」
「ああ、分かっているよ。私達も大事な娘を預ける相手だ、きちんと調べたさ。その結果も踏まえて、突っぱねた。今思えば、お前の気持ちも聞かず、勝手なことをしてしまったなと反省しているよ......。」
「一言相談してくださっていたら...とは思いますが、お父様たちが良くないと判断したなら、きっと私には合わない相手だったかもしれません。それに私は、運命を信じています。もしその中に私の運命の相手がいたなら、絶対にまた出会えます。」
「......そうだね。ありがとう。」
「お父様。私にこの話をするという事は、このまま婚約者がいない状態は良くないという事なんですよね?そうでなければ、わざわざここに呼ばれるはずありませんもの。」
「............そうなんだ。実は数日前、陛下に呼び出されてね。お前に.....第一王子との婚約の話を持ち掛けてきた。」
「だ、旦那様!それは、それはどういう.....。」
「ヴィラ。気持ちは分かるけど取り敢えずお父様の話を聞きましょう。」
正直私も叫び出したい。だって、あの第一王子よ?王族の権限を振りかざし、自分の思い通りにならないと気が済まないあの性格。民のことは自分が散財するためのお金を稼ぐ奴隷だとか公式の場で言うほどの阿呆。すぐに記録に発言は削除されたものの、人の口というのは塞がらない。すぐに広まり、問題になった。
それでも王家の長子。王位継承権第一位の権力は揺るがない。………とは言っても、ゲームで彼は廃嫡されたのだから何が起こるか分からない。そこで王位を継ぐことになったのが私の推し、ヴァンス様だった。今まで日陰にいた王子が突然脚光を浴びるのだから、相当な気苦労があっただろう。それをものともせず、堂々と民の前に出る彼を私はとても尊敬していた。
(隣には、ルイ様もいたしね。うふふ。)
男同士の結婚というのは、この世界でもあまり一般的ではない。かつて男色は忌むべきものとして扱われ、発覚すれば悪魔に取り憑かれたのだと火炙りの刑を下されていた。しかし、少しずつ同じような人が増えてくるにつれて、公に出さなければ不問になる風潮ができた。どこかの高位貴族が男色だったとかで、処刑を免れたおかげで、とか何とか噂は幅広い。
話が逸れてしまったが、つまり第一王子は最悪だということ。あんな人と婚約する羽目になるなら、国外逃亡でも何でもしたいくらいには嫌だ。でも、それで大好きな家族に迷惑をかけるのは耐えられない。
「ああ、フレア。そんなに憂う必要はないよ。陛下は王命を使われた訳ではないから。ただね、お前が市井に出ていた時に第一王子が見かけたらしく、気に入られしまったらしいんだ。あの方は自分の思い通りにならないと気が済まないから、陛下も手をこまねいていてね。どんな手段を使ってくるか分からないから、気をつけなさいという陛下なりの気遣いなんだよ。」
「そ、そうでしたか………てっきり私は国外逃亡か結婚かの2択を迫られるのかと…。」
「こ、国外逃亡だって!?そ、そんなのお父様許しませんっ。」
「最悪のケースを考えたんです。別に本当にしようとは……少しだけ、思いましたけど。」
「フレア、やはり第二王子との婚約は嫌かい?」
「陛下には申し訳ないですが……できるだけ、いや絶対にしたくありません。」
「そうか。それを聞いて安心したよ。もし婚約します!なんて言われてしまったらどう止めようかと考えていたところだったからね。」
「でも、あの方は手段を選びません。もしお父様たちや、これから生まれてくる妹に危険が及んだら……。」
「それは大丈夫だ。陛下に言って数人有能な護衛を借りているんだよ。問題は……フレア、お前だ。」
「わ、私ですか?」
「お前は婚約をしていないだろう?相手のいない子女を手っ取り早く自分のものにするには、どうすれば良いか、わかるかな。」
「まさか……」
「そう。お前は今手籠にされるリスクがある。そうすれば子女としての価値が落ちるからね。」
「っ、お嬢様は私が命をかけてお守りします!片時も離れません!」
「分かっているよ。ヴィラは優秀な侍女だし、フレアのことをきっと守ってくれるだろう。でもね、やはり今のままでは危ないんだ。だから……フレア、夜会で相手を見つけてきなさい。」
「………….新入生歓迎会ですか。」
「お前のことだからどうせ適当に理由を並べて休もうとしていたんだろう?でも今回ばかりは出席してもらうよ。早く動かないと、お前が危ない。その日に見つけてこい、だなんて無理なことは言わない。王子の興味が薄れるまでの期間だけで良いから婚約をしてくれる人を見つけるんだ。事情を話すかどうかはフレアに任せるよ。」
「分かりました。でも、私に誰か声をかけてくれるかどうか……社交性があるとは言い難いですし。お茶会で話しかけてくる子息は1人もいませんでした。」
基本的に、社交の場で女性から男性に声をかけるのはタブーである。男性から話しかけられて初めて、女性は会話できるのだ。つまり、私の最初のミッションは男性に声をかけられること。
でも私、あまり男性に好かれないのよね……昔から話しかけてくる人なんていなかったもの。そういえば、そんな私のどこを気に入ったのかしら?あの馬鹿王子は。見かけただけ、ということはこの素朴な顔がお気に召したのかしら。意外だわ。
「……ヴィラ。私は娘の育て方を間違えただろうか。私はただ、危険から守りたかっただけだというのに……。」
「旦那様、私にも責任があります。近寄ってくる虫を追い払ってきたのは私です。」
何やら2人は頭を抱えてしまった。ふふ、私の側仕えとはいえ、雇い主と侍女は似るのかしら。
この部屋の中でフレアだけが、楽しそうなのだった。
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