第四十話
ジュディットたちのお茶会の後、何日かして。昼、 ブラジェナが外に出ると、街の隅に見慣れた後ろ姿を見かけた。彼女は目を見開くと、路地に身を潜める。彼女は息を顰めた。胸が早く脈を打っている。
ジーノはこちらに背を向け、背の高く目付きが鋭い男性と話している。ジーノ達とはまた違う騎士団の制服を着ている。ブラジェナはすぐに誰か分かった。あれは、プッチリー団長ね。久しぶりに見かけたわ。
アルチーデ・プッチリー団長は、伯爵子息から騎士になった、子爵の爵位を持つ者である。
行き交う人々が彼に頭を下げるのに対して、アルチーデは軽く視線を送るだけであった。
ジーノ達は、声を顰めて話していた。
「……では、ジーノ、宜しく頼む。」
「承知しました。」
ジーノが敬礼をした。アルチーデの表情は遠く、良く分からない。彼は、ジーノに背を向け歩き出した。まずい、ジーノがこっちに来るわ。
ブラジェナは路地に背を付ける。心臓が早く鼓動を打う。行き交う人々の足音が多く、どれがジーノの元か判別が出来ない。暫くして、彼女は顔を覗かせる。ジーノが立ち去ったのが分かり、彼女は小さくため息を吐いた。
いなくなったみたいね……。
ブラジェナは口元を緩める。良かったわ、まだ顔を合わせるのは、気まずいもの。プッチリー団長と話していたのは、予想外だったけれど。彼女は目を細め、首を横に捻った。何を話していたのかしら?プッチリー団長は、何かをジーノに頼んでいたようだけれど。私達に関係あるとは、限らないわよね。
ブラジェナは首を捻ったが、最近ジーノと話していないのもあり、見当が付かなかった。
それにしても、プッチリー団長がこっちに来なくて良かったわ。頭を下げないといけないもの。……何で言ったら、失礼よね。ブラジェナは苦笑した。ブラジェナ達と言った苗字もない平民からすると、貴族子息であり騎士団長で爵位を得たアルチーデ・プッチリー子爵は十分敬うべき存在である。
「戻りました。」
「おかえり。」
ブラジェナが研究所に戻ると、何人かが応答した。
「ブラジェナ、外で何か良いことあった?」
研究員の一人の男性に声をかけられ、ブラジェナは眉を下げ、首を傾げた。
「いえ、何もありませんが、どうかしましたか?」
「いや、何か、嬉しそうに見えたからさ。」
笑みを浮かべる男性に、ブラジェナは、苦笑し、首を横に振る。
「特にありませんよ。」
「そうか?まあ、お互い研究が上手く行くといいな。」
微笑を浮かべる男性に、ブラジェナは微笑を返した。
「ありがとうございます。」
その日、しばらくして、アルフォンスとアルマスが研究所のメンバーを集めた。アルフォンスの手には、何かの書類が握られている。
「何かしら?」
「分からないわ。」
ブラジェナとエーリカは顔を見合わせた。少し離れたところでは、ヤンネが目を逸らすことなくアルフォンス達を見ていた。
「今日は、ある人物を賞賛するよ。」
アルフォンスの言葉に、 ブラジェナ達は、背筋を伸ばした。誰のことかしら?先輩達?エーリカ?ヤンネ?それとも……。ブラジェナは心臓が高鳴るのを感じた。アルフォンスは銀色の瞳をメンバーに走らせる。ふとブラジェナと目が合い、ブラジェナは口元を引き締める。アルフォンスは銀色の瞳を細めた。
「 ブラジェナ、こっちに来なさい。」
ブラジェナは目を見開く。エーリカを見ると、彼女は目を見開いていた。ヤンネに視線を向けると、彼は黄色い瞳でブラジェナを凝視していた。ダグニーに視線を向けると、彼女は眉を下げ微笑んでいた。エーリカと目が合うと、エーリカは手で前に出るように促す。ブラジェナは一つ頷くと、前に歩みを進めた。集まる多くの視線。
アルフォンスに目を向けると、彼は笑みを浮かべている。アルマスは、柔らかい眼差しでこちらを見ていた。
「ブラジェナ、バレンタインのことを覚えているかい?君には、新薬等の使用時の記録をしてもらったね。」
「はい。」
ブラジェナはすぐに首を縦に動かした。忘れるはずもない。あの日は多くの出来事があり、研究者として活動した。同時に先ほど久しぶりに見た顔をが頭に浮かび、淡い感情が胸に広がる。彼女は深呼吸をし、目を鋭くさせた。今は彼のことを考えている場合じゃないわ。
リーダーが私の名前を呼んだってことは、もしかして……!ブラジェナがハッと口を開け、手を当てると、アルフォンスは笑みを深め、頷いた。
「そうだよ、君の提案した薬が評価されたんだ。騒動の時のレポートもね。」
「本当ですか!?」
ブラジェナが大きな声で聞き返す。アルフォンスは笑顔で頷いた。
「そうだよ。」
ブラジェナはバレンタインの際に思い付いた新薬に関するレポートを書いた。クートから送られた来た記録も含め、騒動の際のレポートを書き、まとめて提出したのである。
それ達が評価されたということである。
「良かったな、ブラジェナ。」
アルマスに続き、多くのメンバーから声がかけられる。ブラジェナが後ろに視線を向けると、多くのメンバーから拍手が送られていた。
「ブラジェナさん、おめでとう!」
「良かったわね、ブラジェナ!」
「ありがとうございます!」
ブラジェナはお辞儀をする。良かったわ、嬉しい!ブラジェナは満面の笑みを浮かべ、胸の前で腕を組んだ。
後でクートさんにお礼の手紙を書かないと!ブラジェナは、何度か手紙のやり取りをしているバレンタイン以来会っていないクートの顔を思い浮かべた。
ブラジェナはアルフォンスから許可証と表彰状を受け取る。彼は目を細め頷いた。
「上は褒めていたよ。……新薬も今度実践しようか。」
「はい!」
ブラジェナは笑顔で勢い良く首を縦に振った。
「良かったな、ブラジェナ。……これからも頑張れ。」
「はい!副リーダーも、ありがとうございます!」
アルマスの言葉に、ブラジェナは頷いて肯定した。




