第三十八話
ジュディットは唸るような声でええ……?と言い、エーリカは眉を顰め、それだけ?と呟く。
「キスされた時は驚いたけれどね。友人だったから、驚いただけよ。知らない男性からだったら、怒ってたわ。」
ブラジェナは眉を寄せ、腕を組むと、小さく鼻を鳴らした。身の毛がよだつ。もし、知らない人だったら、変態!と引っ叩いていたわ。彼女はカップを傾け、紅茶を入れた。彼女の言葉に、ジュディット達は、眉を下げていた。
「確かに、それは嫌ね。」
「ええ……。」
ジュディットとエーリカは、声を落として言った。ブラジェナは、首を縦に振る。エーリカが紅茶を啜った。
「ジーノに抱き寄せられたり、恥ずかしいけれど。異性だからよ。守られるのら嬉しいけれど、他の人に守られたとしても、勿論感謝するわ。彼、騎士だしね。ジーノだから、ってわけじゃないわ。」
ジーノだけじゃなく、 他の騎士達に守られたしても、きちんとお礼は言うわ。ジュディット達は、顔を見合わせ、曖昧な表情をしている。
「だから、私は彼に恋してるわけじゃないわ。あくまで大切な……、友達よ。」
それに、とブラジェナは呟き、茶色の鞄を探る。そうよ、私には他にも大事なことがあるわ。ある本を取り出し、胸の前で抱き抱え、笑みを見せた。
「私、ルフィナみたいな研究者になりたいの。今、恋をするつもりはないわ!」
数秒の沈黙の後、ジュディットは肩を竦めた。
「これはダメだね。」
首を横に振り、紅茶を飲むジュディットの様子に、ブラジェナは小さく息を吐いた。そして、隣に視線を向ける。
エーリカは、左手の拳を握り、青の瞳を輝せて言う。
「私は、恋も仕事も、どっちを取っても良いと思うわ!」
ブラジェナは、目を細めて笑う。
「私は、仕事に打ち込みたいの。」
エーリカは、眉を寄せ、ええ?と呟くと、椅子に寄りかかった。
「つまらないわ。」
「つまらなくて、ごめんなさい。」
不満気にこちらを見る青と、こちらをじっと見据える赤。沈黙が辺りを包む。
数秒置いてからブラジェナは、くす、と吹き出した。エーリカは、目元を緩める。彼女はしょうがないわね、と小声で呟いた。和やかな空気が流れる。
ブラジェナは、知らず識らずの内に入っていた肩の力を抜いた。そうよ、恋ではないのよ。ジーノが私を好きでも……、私にとって、彼は仕事仲間で、大切な友人よ。
ブラジェナの脳内で穏やかな笑みが頭に浮かんだが、頭を振って霧散した。
ブラジェナは本をテーブルの上に置き、クッキーを摘む。フルーツと生地の甘さに、口元が緩む。すかさず二つ目に手を伸ばす彼女に、ジュディット達も続いた。
「美味しいわね。」
「そうだねー。」
「そうね。」
ブラジェナの言葉に、ジュディットとエーリカが頷く。彼女達は、顔を見合わせて笑い合った。
雰囲気が変わったのを感じ、ブラジェナは二人の顔を覗き込んだ。
「そう言う二人はどうなのよ?」
ジュディットは、ええー、と唸る。赤い目を丸くさせ、首を捻った。
「私は、何もないよ?」
「私も、全然よ。周りに良い人なんていないわ。職場にもね。」
エーリカは、眉を顰めた。
「エーリカはともかく……。ジュディットはどうなの?友達とか、職場に良い人はいないの?」
前のめりになるブラジェナに倣い、エーリカを身を乗り出す。一瞬ブラジェナの脳裏に友人の男達の顔が過ったが、掻き消した。
ジュディットは、苦笑する。
「いないよ。」
「そう……。」
ブラジェナは、目を細めると、椅子に背を埋めた。
「ジュディットはモテそうなのにね。」
「全然よー。」
ジュディットは明るくカラカラと笑う。知らぬは本人ばかり、と言ったところかしら。職場でも目をかけている人がいたりして。
横に目を向けると、エーリカは目を細めて二人を見ている。
「二人共、つまらないわ。恋くらいしないと!」
「貴方も暫くいないものねえ。」
「そうよ。あいつは他に好きな人が出来たから、別れて欲しいって。ひっぱたいてやろうかと思ったわ。自分から告白して来た癖に。」
拳を握るエーリカ。
「好きだったんでしょ?」
目を向けるブラジェナに、エーリカは肩を竦める。
「まあまあね。」
「何それ。」
「エーリカを振るなんて、何を見てるのかしらねえ。」
ブラジェナが空笑いをした。ジュディットは目を吊り上げ、拳を握って言った。あまり迫力を感じられず、ブラジェナは思わず吹き出してしまいそうになり、口元を押さえた。
エーリカはジュディットにありがとう、と言うと、眉間に皺を寄せ、吐き捨てるように言う。
「別れた後、しばらくエーリカ、不機嫌だったわよね。」
ブラジェナは目を細め、声を落として言った。同時のエーリカは、大層不機嫌で、 ブラジェナ達は宥めるのに必死であった。ジュディットはエーリカに憐憫の眼差しを向ける。
「そうだよねえ。」
そんな二人に対して、エーリカは口元を尖らせ顔を逸らして言った。
「もう忘れてちょうだい。」
「あんな奴、どうでも良いわ。二人とも、変な男に引っかかっちゃダメよ?ブラジェナはともかく、……特にジュディット。」
「何で私?」
ジュディットは目を丸める。確かにジュディットは分かるけど。エーリカの言葉に心の中で頷きつつ、ブラジェナは眉間に皺を寄せ、低い声で言う。
「私はともかくって何よ。」
「ブラジェナには、ジーノがいるしねえ?」
口角を持ち上げるエーリカに、ブラジェナは、怪訝な表情をした。
「もう、やめて。」
そうよね、もし恋愛してたら、もしかしたらエーリカみたいにフラれる可能性があるのよね。あ、でも先に私が振ったんだっけ。……ジーノと比べるのも、失礼よね。もしかして私って、エーリカを振った彼と同類?……同じだとは思いたくないわ。
ブラジェナは出口のない洞窟に入ったように思考を巡らした。胸にずしりとした重みを感じ、彼女は頭を軽く振って思考を切り替えた。
「ジーノと今後、どうするの?」
赤い瞳をこちらに向けるジュディットに、ブラジェナは眉を寄せた。
「どうって……。振った気まずいし、暫く仕事以外では合わないつもりよ。まあ、今までもそう言うこともあったし、構わないでしょ。」
何も問題ないわ。そうよね?僅かに嫌な予感がしたものの、ブラジェナは笑みを作ってみせた。そんな彼女に、ジュデイットとエーリカは顔を見合わせると、肩を竦めた。
「まあ、ブラジェナが良いなら、良いけれど。……そう上手くいくかな?」
「私は、そうは思わないわ。」
ブラジェナは二人の声は耳に入っていたが、聞き流す。ティーカップを傾ける。そうよ、暫く会わなければ良いのよ。誘いは暫く断って……。仕事でも毎日会うわけじゃないし!彼女はクッキーを口に入れる。強い甘味を感じ、紅茶を再び啜った。
「ブラジェナはもう少し、素直になった方が良いと思うけどなあ。」
ジュディットが呟くのがブラジェナの耳に入る。素直……ね。
ブラジェナが外に目を向けると、風により木の葉がサワサワと音を立て揺れていた。




