第三十七話
「で?ブラジェナは何て応えたの?教えて。」
ジュディットの言葉に、ブラジェナが顔を上げる。ジュディット達は笑顔でこちらを見ていた。彼女は目を泳がした。答えにくいわ……。こんな目してるし。赤と青の二色は期待に輝いている。数秒の沈黙を置いてから、彼女は答えた。
「実は……。断ったの。」
ブラジェナの言葉に、ジュディット達は赤と青の目を見開いた。彼女達は大きな声で叫ぶ。
「何で!?」
「何で断ったのよ!」
ジュディットとエーリカの大声に、ブラジェナはその声に目を見開き、身体を強張らせた。びっくりしたわ……。一度胸の前に手を当て、深呼吸してから、彼女はか細い声で答える。
「何でって……。ジーノのこと、友人としか見て来なかったもの。彼のことを好きか、分からないわ。」
ブラジェナは目を伏せた。琥珀色の水面に浮かない顔をした彼女の顔が鏡のように映っている。彼女は小さい声で言う。
「それで、受けたら、ジーノに失礼でしょう?」
そうよ。真剣に言ってくれたジーノに悪いわ。ブラジェナは頭上で目の前の友人達ははあー、と呆れたようにため息を付くのが分かった。
「ブラジェナ……。貴方、馬鹿よね。」
「本当に、頭は良いのに。」
「何よ、いきなり。」
ブラジェナは眉間に皺を寄ったのが分かった。馬鹿って何よ。彼女はジュディット達の方を軽く睨んだ。ジュディットは腰の横に手を当ててブラジェナを見ている。エーリカは目を細め、威圧のある瞳で彼女を見ていた。
ジュディットは芝居が勝った動きで首を横に振りながら大きなため息をつく。
「ここまで鈍いなんて……。」
「ブラジェナ、貴方、それじゃあジーノが可哀想よ。」
エーリカは眉を下げた。
「それとも、過去に何かあったとか?たまに言い寄られることあるものねえ。」
ジュディットを眉を下げ、顔を曇らしブラジェナの顔を覗き込んだ。
「それはあるかも?私にも相談してね。」
エーリカは眉を顰め、身を乗り出して言った。ブラジェナは彼女に倣い、眉を寄せて唸るように言った。
「いや、違うわよ。」
確かに顔が良いから、とナンパしてくる男を突っぱねたらつれない、とか冷てえ、とか言われることあるけど……。不服そうに鼻を鳴らして去る男達を彼女は思い出した。
一瞬、胸の奥が燃えるように熱くなる。彼女は軽く首を振り、頭から男達の顔を追いやった。それが原因じゃないわ。
そして、ジュディットは一度瞬きをした後、強い視線をブラジェナに向けた。
「当日、何があったのか、教えてくれない?」
「分かったわ。」
ブラジェナは首を縦に振る。彼女は時折紅茶を啜りつつ、バレンタインにあったことをジュディット達に所々詰まりながらも話した。
バレンタインという見たことのない夢を見て、それをジーノに話したこと。それを元に噂が広まったこと。
当日、騒ぎを聞き、ジーノと共に見回る中で、バレンタインが実現したことを知り、驚愕したこと。そこから監督役としてジーノは一緒に見回りをすることになった。トラブルなどに対処し、無事にバレンタインを終えた。
クッキーを渡したところで、彼のペンダントを探し出し、使って貰ったところ、彼の家族だけでなく自分自身の映像を見て驚いたこと。告白され、断ったところ、キスをされたこと。パニックになり、その場から走り去ったことなどを話した。
話し終え、暫く辺りを沈黙が包んだ。ブラジェナが知らず識らずの内に伏せていた顔を上げた。ジュディットとエーリカは、複雑な表情していた。彼女達は顔を見合わせると、ブラジェナの方を見た。
「ジーノ、凄くブラジェナのことが好きなんだね。」
「紅茶を飲みたくなったわ。」
エーリカは複雑な表情でカップを手に取り、紅茶を啜った。
「それなのに、ブラジェナは断ったのね。」
「ブラジェナは、ジーノのことをどう思っているの?」
眉を下げるジュディットに続き、エーリカが追及した。
ブラジェナは最終的に口を閉じ、目を瞑り考え込む。彼女の脳裏にジーノの顔が思い浮かぶ。頰が熱を持った。
十秒程経ってから、ブラジェナは目を開けた。彼女は、焼き菓子を摘み、口に入れた。優しい甘い味が口の中に広がる。更に紅茶を傾けた後、彼女は自分を射抜く赤と青の瞳に目を合わせる。そして、やや声のトーンを落として言った。
「私、この間のバレンタインから、自分の気持ちが分からなくなったの。ジュディット、エーリカ、話を聞いてくれる?」
ジュディット達の目が弓を描く。彼女は満面の笑みを浮かべ、明るい声で答えた。
「勿論、良いわよ!」
「勿論聞くわ!」
エーリカは握り拳を作り、大きな声で意気込んで言う。
ブラジェナは一度目を閉じ、俯いてから顔を上げて話し出した。
「ジーノのことは、大切な友人だと思っているわ。皆に優しいし、紳士だし。騎士として私達を守ってくれているところも、尊敬しているわ。護衛で守ってくれるのも、感謝しているの。」
ブラジェナはジュディット達に視線を向けた。ジュディット達は、じっと彼女を見ている。彼女は、一呼吸置いてから話を続けた。
「でも、しょっちゅう揶揄うのは止めて欲しいわ。私の反応を楽しんでるみたいだし。他の女性達に言い寄られているのを見るけれど、私自身が不快な気分になったことはないわ。これって恋じゃないわよね?」
ブラジェナは眉を寄せた。そう、ないはずよ。よくあることだもの。そうよね?
ジュディット達は、顔を見合わせると、肩を竦めた。
「じゃあ、バレンタインの時監督役でずっと一緒だったんだよね?その時はどうだったの?」
「そうよ。どうだったの?」
ジュディットとエーリカの言葉に、ブラジェナは目を白黒させた。
「さっき話したけれど……。」
ブラジェナの言葉に、エーリカは前のめりになり、拳を握って言った。
「そうじゃなくて、ブラジェナがどう感じたか、よ。」
ブラジェナは顔を伏せ、思考を巡らせる。そんな彼女を他所に、頭上で話は続いていた。
「私に教わって、クッキーを焼いていたけれど。あれも、ジーノ用だったんだ。私が言った通りだね。」
「確かに、さっき言ってたわよね。」
「うん、私に教えて欲しいって!ブラジェナのクッキー、美味しかった。」
「確かに、今日のクッキー、美味しいわよね。」
カサ、と言う音が鳴った。クッキーを摘んでいるのであろう。
和やかな空気の中、ブラジェナは顔を上げた。途端に沈黙が辺りを包む。ブラジェナは、頰が熱くなるのを感じながら、話し出した。
「クッキーは確かにジーノ用だったけど……。お礼よ。仕事でも手伝って貰ってるし。」
クッキーがジーノ宛だと聞いた瞬間、目を輝かせたジュディット達は、続いてのブラジェナの言葉に、肩を落とした。




