第三十五話
◇◇◇
ブラジェナはジュディットの家の黒色の木製の扉をノックする。軽い音が鳴った。
「ジュディット、ブラジェナとエーリカよ。開けてくれる?」
暫くして、はい、という返事と共に、軽い足音が鳴る。そして、扉が開けられる。ジュディットは、二人の姿を見ると、口元に笑みを乗せた。
「こんにちは、待っていたのよ。ブラジェナ、エーリカ、いらっしゃい。」
「お邪魔します。」
「お邪魔します。」
ブラジェナに続いてエーリカが挨拶をすると、二人は扉を押さえつつ家の中に入った。
魔導具が効いているからか、部屋の中は外よりも温かい。ブラジェナとエーリカはコートを脱ぐ。ジュディットに声をかけられ、机の椅子の後ろにかけた。
ブラジェナ達は、鞄を置きつつ、お土産が入った袋をジュディットに見せる。
「これ、お土産よ。お菓子。」
「私もお菓子よ。」
やや声を落としていうエーリカ。そんな彼女にジュディットは首を傾げると、満面の笑みを浮かべた。
「良かったのに……。でもありがとう!」
ジュディットが声を弾ませながら軽い足取りで台所へ向かう中、ブラジェナは家の中を見回す。鼻先を甘い香りが抜ける。お菓子作りの趣味からか、彼女の家に来ると甘い香りが家全体を包んでいる。
彼女、ジュディットは借家で一人暮らしである。部屋の内装は女性が好む色合いの家具が配置されていた。部屋の各所には魔導具が何個か置かれている。壁に視線を向けると、本棚には様々なその本が綺麗に並んでいる。ブラジェナの部屋には魔法薬関連の本が多いのに対して、ジュディットの本棚にはギルド関連の本や、焼き菓子など甘味についての本が目立った。
台所からカチャカチャ、という軽い音に、ブラジェナは視線を向ける。机の前にいるエーリカに目配せをすると、頷き合い彼女達はそちらへ向かった。
「手伝うわ。流しを使わせて貰うわね。」
「私も。」
声をかけ準備し出す二人。どうぞ、と言って手を洗いやすいように横にズレると、ジュディットは赤い瞳を細め、顔を綻ばせた。
「ありがとう、二人とも。」
「私、焼き菓子を焼いて来たの。」
「そうなの?ありがとう。」
「ええ。」
「私なんて、買って来たものよ?いつもみたいにジュディットのお菓子を作ってくれたんでしょ?何だか悪いわ……。」
肩を落とし、顔を伏せ小さくため息を吐くエーリカ。あら、また落ち込んでじゃったわ。そんな彼女に、ジュディットはブラジェナと目と目を合わせ、苦笑する。エーリカは優しく声をかける。
「そんなことないよ。用意してくれただけで、嬉しいもの。」
ジュディットの声に、数秒経ってからエーリカはやや顔を上げた。
「……そう?」
「勿論!」
「言ったでしょ?」
笑顔を向けるジュディット。ブラジェナも微笑みかけると、エーリカは顔を緩ませた。
「そうよね!ありがとう。」
ブラジェナ達は、机に紅茶と焼菓子等を用意して行った。
三人はリビングで机に面する四つの椅子に向かい合って座った。ブラジェナの隣にエーリカ、向かいにジュディットが座っている。机の上には湯気の立つ琥珀色の紅茶の淹れられたカップとお皿に入ったクリーム色、茶色などの焼き菓子。一部はジュディットが焼いたもので、一部はブラジェナが焼いたもの。更にエーリカが買って来たお菓子や、林檎などの果物が小皿に乗っていった。紅茶や焼き菓子の香りがブラジェナの鼻を抜ける。
目の前の光景に、女子達は喜びの声を上げた。
「どれも美味しそうね!」
「本当に!」
満面の笑みを向けるブラジェナとエーリカに、ジュディットは赤い瞳を細めた。
「果物も出したよ。二人が持って来てくれたお菓子、本当に美味しそうだね。ありがとう!」
「ブラジェナが作ったクッキー、ところどころ酸味もあって美味しい!」
ジュディットは丸型のクッキーを片手に、明るく言った。
「ありがとう、ジュディット。エーリカが買って来てくれたのも、食感が違って美味しいわ!」
ブラジェナは笑みを浮かべると、エーリカに顔を向けた。
「良かった。ジュディット、やっぱりお菓子作り上手よね。クリームが甘くて美味しい。」
焼き菓子に優しい甘さが合っていた。エーリカは満面の笑みを浮かべる。
「ありがとう!」
ジュディットはそんなエーリカに笑顔を返した。
紅茶や焼き菓子等に手を伸ばしつつ、三人は手紙で話さなかったお互いの近況等について話した。
「研究所はどう?」
首を傾げるジュディットに、ブラジェナは微笑を浮かべる。
「いつも通りよ。皆研究に没頭しているわ。」
「幾つか新薬が出来たけどね。」
胸を張って言うエーリカに、ジュディットは自分のことのように喜んだ。
「凄いね!二人が作ったものもある?」
「ええ、幾つかはそうよ。後はリーダーとか、副リーダーとか、他の人達ね。」
「流石リーダー達は、違うわよね。私も頑張らないと。」
エーリカは、ふー、とため息を吐いた。
「そう言うジュディットは?ギルドはどうなの?」
ブラジェナが質問を振ると、ジュディットは視線を斜め上に向けた。
「いつも通りだよ?人が多いから、その人達の受付でしょ?素材とかの手続きをしたり……。忙しくて、たまにお昼を忘れることはあるわ。」
「あー……。」
「あるあるよねえ。」
ブラジェナとエーリカは首を縦に振った。研究所あるあるである。その時には、お互いに声を掛け合うのだが、たまに副リーダーのアルマスが忘れる辺り、何とも言えない。その際にはアルフォンスが声をかけているが。
「その時は周りが声をかけてくれるから、何とかなるけどね。」
赤の瞳を細めるジュディット。ブラジェナはそう、と相槌を打った。やっぱり、どこも同じよね。
「この時期になると、アーミービーが増えるし、この先もどんどん増えるだろうし。エーリカ達の研究所は勿論、他にも回ってるけど。お金が入るのは良いけど、この先が思いやられるなあ。」
ジュディットは椅子の背もたれによりかかった。
「確かにね。毒薬とか、色々な薬に使ってるわね。……誰かさんは別の用途に使ってるけど。」
エーリカは、ブラジェナの方を見て、小声で付け足した。ブラジェナが半目になると、その視線に気付き、エーリカは静かに目を逸らした。全く、話くらい聞くと言っていたのに。彼女は肩を竦め、吐息を漏らした。
そんなブラジェナ達の様子に気付かず、ジュディットはのんびりとした声で答える。
「研究所で使ってくれるのは嬉しいけれど。その内溢れたりしてね。」




