第三十三話
リーダー達への説明が終わった後、会議室から出てくると、同僚が待ち構えていた。彼はブラジェナに拍手を送る。
「上手く行ったようだな。良かったなー!」
同僚は笑みを浮かべると、ブラジェナの頭を撫で回した。彼女は睨むと、手をどかす。
「褒められても嬉しくないわ。」
「そう言うなって。」
片や睨み、片や笑みを浮かべる中、研究室の扉がノックされた。
「配達です。」
聞き慣れた声に、目前の男から目を逸らし、ブラジェナは声の聞こえた方向に向かった。
近くにいた同僚が扉を開けると、穏やかな声がかけられる。
「ギルドからの届け物です。」
「ありがとうございます。」
「いえ。」
届け人の服装を着た男性が立っていた。手には杖、後ろには箱に入れられた荷物が浮いている。彼が杖向けると、荷物は宙を漂い、空いたスペースに置かれた。
男性は羊皮紙を取り出すと、近くにいたブラジェナに手渡す。
「念の為にご確認下さい。」
受付で中身が確認されてあるものの、ブラジェナは羊皮紙に箱を開けて中身を確認する。双方を見比べると、男性に向かって微笑んだ。
「大丈夫ね。いつもありがとうございます。」
「いえ、仕事ですから。また宜しくお願いします。」
男性は微笑を浮かべると、周りに視線を巡らし、お辞儀をして去って行った。
ブラジェナは近くに寄って来た数人に声をかける。彼女は近くにいた銀色の瞳に視線を向けた。
「お届けものみたいですね。」
「そうだね。ブラジェナ、対応ありがとう。」
「はい。」
箱を覗き込むアルフォンス。
ブラジェナは、箱に書かれた冒険者ギルドの紋章に目を向ける。同じ制服を着た赤い瞳の友人、ジュディットを思い出し、口元を緩めた。
アルフォンス達とのやり取りから数日後。仕事から変えると、ジュディットから手紙が届いていた。
ブラジェナ、元気?私はギルドでいつも通りの仕事をしています。
ジュディットからの手紙には今度会うからか、短い近況が書かれていた。
──エーリカから手紙で聞いたわ。今度女子会するらしいわね。来週の週末はどう?場所は私の家で構わないわ。面白い話が聞けるとのことで楽しみだわ。
返事を下さい。
──
貴方の友人 ジュディットより
読み終わった後、ブラジェナは額から冷たい物が流れた。
いつの間にか話が進んでたのね!しかも話って、この間エーリカに聞かれたあのことよね。面白い話って……。ブラジェナは上気する頬に手を当てた。
本当は断りたいけれど……。無理よね。
ブラジェナは口を一文字に結ぶと、机に向かい、羊皮紙と羽根ペンを取り出し文字を綴った。
来週の週末で構わないわ。ジュディットの家でお願いします。会えるの楽しみにしています。──
貴方の友人 ブラジェナより
ブラジェナが手紙に封をすると、明日配達屋に出さないと、と小さく息を吐いた。
それにしても。ブラジェナは机の上で頬杖を付いた。目を細める。輝く青の瞳を思い出した。ジュディットと交えて会えるのは嬉しいけれど。エーリカのあのテンションだと、根掘り葉掘り聞かれるに違いないわ。
ジーノとのことは、話したくないのに……。何でこうなるのかしら。
ブラジェナは肩を落とし、深くため息を吐いた。
◇◇◇
ブラジェナがアーミービーの毒消し薬を作り始めてから何日かが経過した。
毒消し薬の調合は難航している。
ブラジェナはアーミービーの量を出来る限り減らした白い毒針をピンセットとで摘んだ。減らしすぎると毒消し薬にならなくなるので、注意が必要である。石皿に入れ、見えなくなるまで石棒で力を入れて潰す。ゴリゴリ、と鈍い音が鳴った。黄色の汁の量は少なく、刺激臭が少ない。石皿の中身を泡立つ中鍋に入れ、器具を洗う。水面が薄い黄色に変化した。
緑ハーブを小型ナイフで切り刻み、石棒ですり潰し、中鍋に入れる。
ブラジェナはメモを確認した。今度はアケビの量を増やさないと。多めのアケビの量を微塵切りにし、中鍋に投入した。
白の増強石が入れられ、水面が泡立つ。
材料を入れ終え、中鍋に多めの魔力を込める。白い光を放つ鍋。かき混ぜ棒で混ぜる。濁った緑色に変わる魔法薬。
火を消し、鍋を覗き込むブラジェナ。水面には、眉を顰めた彼女の顔が映り込んでいる。
薬匙で瓶に注ぎ入れ、軽く匂いを嗅ぐ。また失敗ね……。ブラジェナはため息を吐くと、渋い顔をした。
何でなのかしら……。うーん、とブラジェナは唸りつつ腕を組んだ。材料を調整しても、アーミービーの毒針の量を調整しても、ダメ。
緑ハーブに変えてもダメ、アーミービールの針の量を変えても……。どうしたら良いのかしら。
アーミービーの毒が強すぎるせい?だからと言って毒薬には使えるのに、毒消し薬には使えない、そんなこと、誰が証明したの?……あるのは今まで出来なかった事実だけよね。
出来ない、出来ないと思っていたら、何も出来ないわ。あり得ないと思った方が負けなのよ。
ブラジェナは窓の外に視線をやった。
そう、夢のことであり得ないと思っていた、バレンタインが実現したように……。
騒動での奮闘を思い出し、知らず識らずの内にため息が出ていたが、ブラジェナは口元を引き締める。頭を振って思考を切り、視線を手元に戻した。
ブラジェナは窓の外に目をやった。
ブラジェナは同僚の男性に鑑定杖を翳して貰った。
──毒薬 効果微小 他問題なし
毒性だいぶ薄れてるのに……、何で消えないのかしら。
眉を下げるブラジェナ。
「まあ、時間はあるからさ。頑張れ。」
「ありがとう。」
同僚の言葉にブラジェナは苦笑して机に戻った。
折角リーダー達に許可を貰ったのに、どうしたらいいのかしら?ため息を吐くブラジェナに、後ろから声がかけられた。
「ブラジェナ、どう?」
ブラジェナが背後に上半身を向けると、エーリカとダグニーがこちらを見ていた。彼女は肩を竦める。
「上手く行かないわ。材料を試しているのに、難しいわね。」
エーリカは僅かに眉を顰め、首を横に振った。
「やっぱり?望みが薄いのに、良く頑張るわね。」
「私は、凄いと思う。でも、無理はしないでね。……何て、私が言えることじゃないかもね。」
ダグニーは、空色の瞳で辺りを見回すと、くすくすと笑って付け加えた。彼女に続いて周りを見回したブラジェナやエーリカは、釣られて笑った。周りにいるのは、鍋を覗き込む人間達。
「確かに。」
そうね、此処にいるのは研究一筋な人達ばかりだわ。
「確かに、それはここに言える全員に言えることだわ。……まあ、相談くらい聞くわよ!」
「私も。」
胸を張って言うエーリカ。微笑を浮かべるダグニー。
「毒性を薄めるのに、何か良い案ない?」
ブラジェナはエーリカ達に尋ねる。尋ねられた彼女達は、眉に皺を寄せて唸った。
「ハーブを使ったり、増強石を増やしたり……。」
「それらはもう試したわ。」
エーリカに続いて言うダグニーに、ブラジェナは声を落とした。
「毒針の量を減らしたり、火をかける時間を調整したりするのはどう?」
「色々試したのだけど、上手くいかないの。」
エーリカは青い瞳を揺らすと、眉を下げる。
「他の人に聞いてみるのは?」
ブラジェナはヤンネ達の発言を思い出し、眉を寄せた。
「ヤンネ達には聞いてみたのだけど……。同じようなことを言っていたわ。」
「そう……。悪いけど、他に思い付かないわ。」
「私も、ごめんなさい。」
声を落とすエーリカに、ブラジェナは慌てて首を横に振った。
「いえ、相談に乗ってくれてありがとう。」
「良い案は難しいけれど、また話くらい聞くわよ!ね、ダグニー?」
「ええ。」
そんな彼女達に、ブラジェナは微笑を浮かべた。
「ありがとう。」
ダグニーがじゃあ、と言って先に去った後、エーリカは顔を近付けて言った。
「明日会うし、気晴らしになるかもね。ダグニーも誘ったけど、明日は来れないって。ジュディットとの二人になるかもね。」
そうだったわ……。明日の自分を思いやり、ブラジェナは遠い目になった。
「明日……ね。」
その日の帰り際、ダグニーが遠慮気味にアルフォンスに話しかけているのを見かけた。
「リーダー、少しお話ししたいことが。」
「何だい?」
銀色の瞳を細め、椅子を半回転させ、ダグニーに向き直るアルフォンス。
破顔しながら話しかけるダグニーとアルフォンスを横目に、ブラジェナはその場を去った。
ダグニー……、アルフォンスさんに話しかける時妙に緊張してるわよね。何でかしら?




