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第三十二話

 そのやり取りから数日、ある朝。彼女の家にブラジェナの故郷、ウィーラ村から手紙ととある荷物が届けられた。誰から?もしかして……。やっぱり、お母さんからだわ!彼女はリビングに戻ると、ペーパーナイフを取り出し、いそいそと封を斬った。久しぶりに見る母、アマーリアの字に、彼女は口元が緩んだ。


 ブラジェナ、元気?体調に気を付けてる?私とお父さん達も皆元気です。


 ウィーラ村はいつも通りです。たまにお父さんが貴方達の絵を見ていることがあるわ。きっと寂しいんでしょうね。


 ブラジェナは両親や兄妹達の顔を思い浮かべた。


 以前貴方が探していた、昔見ていたルフィナの本を見つけました。手紙と一緒に送りますね。


 ルフィナの本!?


 ブラジェナは目を見開き、震える手で手紙を一旦置いて、荷物の包みを開いた。彼女は見覚えのある本に、歓声を上げた。


 「魔法薬理論」〇〇年──ルフィナ・マズロウァー名誉男爵 ロジッカード王立研究所所長 魔法薬研究員


 ルフィナの「魔法薬理論」!もうなくなったと思っていたのに!ブラジェナは笑顔が溢れた。ブラジェナは再び手紙に目を通す。


 貴方が喜んでくれると嬉しいわ。


 お母さん、ありがとう……!


 ブラジェナは母達の笑顔を思い浮かべながら、本を胸の前で抱き締めた。


 手紙には他に、ブラジェナの兄弟達も元気であること、たまに手紙が送られてくることなどが書かれていた。



───


 

 身体に気を付けて。


 愛を込めて ウィーラ村 アマーリアより


 ブラジェナは、手紙を置くと、ほう、とため息を吐いた。冬に会ったとはいえ、元気そうで安心したわ。


 ブラジェナは魔法薬理論の表紙をそっと撫で、微笑む。探していた本も見つかったし。後でお礼の手紙を書かないと。


 不意に、ブラジェナの脳裏にふっとジーノの顔が思い浮かんだ。僅かに胸が疼く。首を横に振り、即座に頭から追いやる。何でジーノのことを思い出したのかしら。バレンタインでのことがあるし、彼に話すなんてあり得ないわ。次に、ジュディットやエーリカ達の顔が脳裏に浮かんだ。そうよ、今度ジュデイット達と会う時に話せば良いわ!彼女は腕を汲み、首を縦に振った。


 そこで、ブラジェナは思いを巡らせる。そう言えば、ジーノの両親や弟さんは商人よね……。彼女は魔導具のペンダントで見た映像を思い出す。もしかして、王都に来ることあるのかしら?見かけたことは一度もないけど……。出会った時のことを想像して、ブラジェナは心が曇った。


 なんて言ったら良いのかしら……。ジュディット達と同じようにジーノの友人ですって?一度振ったことは言わなくても良いわよね?自分の息子や兄を振ったと知って、気まずくならないかしら……。


 ブラジェナの肩が重しが乗ったように重くなる。キリキリと痛む胃に片手を当てた。


 

 少し時間をおいてから、ブラジェナは魔法薬理論の本を机の上に置いた。ページをパラパラとめくる。若干色褪せてはいるが、内容を読むのに支障はない。以前この本に起こったことを思い出し、彼女は目を細めた。指で撫でても、本から魔力を感じることはない。彼女は小さくため息を吐き、思いを馳せる。


 この本を書いてから数年で、ルフィナは失踪したのよね。研究に専念するためとか、名前を変えたとか、色々言われてるけれど、実際どうなのかしら。研究者として働いていれば、いつか分かるかしら?落ち着かない気持ちになり。ブラジェナは口角を上げた。

 

 数拍置いてから、ブラジェナは頭を切り替える。仕事に行く準備をしないと。彼女は魔法薬理論の本を本棚に仕舞い、支度を進めた。



◇◇◇


 その日、ブラジェナは研究室にてアルマスから声をかけられた。


「ブラジェナ、何か浮き足立っているな。」


 思わぬ指摘をされ、ブラジェナは頰が熱くなった。


「そう見えますか?……今日、親から手紙が届いたんです。それでかもしれません。」


「それは良かったな。だからと言って、失敗はするなよ。」


 アルマスはボルドー色の瞳を細めた後、打って変わり鋭い目付きで生真面目な声で言った。


「はい!」


 ブラジェナが背筋を伸ばし、首を縦に振る。それにアルマスは目を細め、離れて行った。


 

◇◇◇



 ある日、ブラジェナは資料を纏めていたそんな彼女に後ろから声がかけられる。


「ブラジェナ、今日、リーダー達に説明するんだろ?上手く行くといいな。」


 後ろを振り返ると、同僚の一人が形容できないよね妙な表情でこちらを見ていた。そんな彼に、ブラジェナは首を縦に振る。


「ええ。上手く行くと良いのだけれど。」


「まあ、頑張れよ。もし上手く行ったら、喜んでやるからさ。」


 口元に笑みを浮かべて言う同僚に、ブラジェナはきつく睨み付けた。


「揶揄わないでよ。」


「おーおー、頑張れ。」


 同僚は薄笑いを浮かべると、ブラジェナの肩に手を置き、去って行った。ブラジェナは、眉間に皺を寄せ彼の後ろ姿を見送った。全く他人事だからって。今度手伝ってやらないわ。小さく息を吐いた。



 ブラジェナはアルフォンス達にアーミービーの毒消し薬を作る事を説明した。アルフォンスは微笑を浮かべ時折頷きながらブラジェナの話を聞いていた。彼らの前にはブラジェナの用意した資料が置かれている。


 アルマスは腕を組み、ボルドー色の瞳の細めながらブラジェナの話を聞いている。


「……と、と言うことで、アーミービーの毒を利用して、毒消し薬を作っています。」


 説明を終えた紙を見ながらブラジェナは顔を上げ、アルフォンス達の顔色を窺った。


 アルマスはボルドーの瞳をブラジェナに合わせた。


「今日、毒消し薬を調合していたみたいだな。結果はどうだったんだ?」


 アルマスの言葉にブラジェナは肩を落とした。


「毒針や緑ハーブ、アケビ、増強石等を使いましたが、上手くいきませんでした。」


 その言葉にアルマスは腕を組み、顔を伏せた。


「そうか……。」


 アルマスは顔を上げると、アルフォンスと目と目を合わせた。アルフォンスは一つ頷くと、笑みを浮かべたままブラジェナに尋ねた。銀色の瞳は鋭く光っている。


「アーミービーか……。完成するのは難しいけど、それでもやるんだね?」


 アルフォンスの言葉に、ブラジェナは空いている右手の拳を握り、勢い良く首を縦に振った。


「はい!」


「作るのは構わないが……、覚悟しろよ。」


 こちらを向けられる鋭いボルドーの瞳を、ブラジェナは見返す。


「最善を尽くします。」


「この時期はアーミービーが多いし。研究所にも回って来ている。実験にも、丁度良いかもね。」


 アルフォンスは目元を和らげた。研究所で毒薬に利用しているが、それでも余っている。ブラジェナは笑顔を向けた。


「ありがとうございます!」


 リーダー達の許可を得たことだし、頑張らないと!ブラジェナの心の中で赤い炎が燃えていた。


「もし完成したら、評価されるだろうね。」


「完成したら、ですがね。」


 嬉々として言うアルフォンス。そんな中、アルマスから釘を刺された。


「アルマスは厳しいな。」


「そうですか?」


「それがアルマスの良いところだけどね。」


「リーダー、副リーダー、私、頑張ります!」


「期待しているよ。」


「まあ、やってみるんだな。」


 アルフォンスは柔らかい微笑を浮かべて頷く。アルマスは目を細めて言った。

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