おまけ 側近たちの追走
モブ側近がシリアスに反省。終幕が近いのでコメディ要素が減って来て無念。
「よ! 久しぶりだな」
懐かしい顔だった。学園を卒業して早2年、同窓生に会うのはこれが始めてだ。離宮であの方に仕えている側近たちは皆そうに違いない。多分そうだ。……まさか俺だけ外部と没交渉なわけじゃないよな? いかん、自覚はなかったが、家族とも友人とも会えない日々は結構こたえていたようだ。知りたいけど知りたくない。
「なんの用だ?」
「挨拶とかないのかよ? ここは久闊を叙するところだろ」
「なんでお前が野菜を配達してくる? 俺が出てくるのを待ち構えていただろ? 用件はなんだ?」
「お前こそなんで野菜を受け取りに来たの? 暇なの? あとまだその下町ノリ続いてんの? 敬語どこいったよ?」
「お前が言うな」
「俺はいいんだよ。下町に骨を埋めたから」
慌てて離宮に引っ張り込んだ。
仮にも王立学園を卒業して下町に骨を埋めるとはどういうことか。卒業したんだよな? あの方の側近を続けている俺たちでも学園は卒業扱いだぞ。卒業前に平民になったけど。
「おー、都落ちしたとはいえ流石に離宮は豪勢だな」
「あの方には年金が支払われているし、警備兵や使用人は国が派遣してくるから最低限の生活は保障されている」
「それって最低限じゃなくて、ものすごく贅沢だぜ。平民や、俺らみたいなやらかした人間には」
「お前は騒動より先に側近を辞していただろ?」
「あれ、まだそこなの? 周囲から何も聞いてない? 俺たち、側近候補であって側近じゃなかったんだぜ。あの騒動の時点で残っていた奴らが側近候補から側近に格下げ……、格上げされたの」
「はああああああああ?」
顎が抜けそうになった。側近じゃなかった? だって、俺たち何かしらの手当ももらってたぞ。受け取っていたのは親だからよく知らないが。
「あー、うん。離宮に閉じこもっていたら世情に疎くても仕方ないよな? 元気出せ? ほら、衣食住は保障されてるんだから人生楽勝だろ」
「楽勝なわけがあるかっ」
「いやあ、いずれ何かやらかすんじゃないかとは思ってたけど、あそこまで大事になるとはなあ」
「……何か知っていたのか?」
「知らないフリはやめようぜ。お前だってわかってただろ?」
……気が付いてた。殿下はこのまま大人になったらまずいんじゃないかって。詐欺にあっさりひっかかりそうで。でも優しい人だから突き放せなかったんだ。残った者はみんなそうだろう。
「もういいんじゃねーの? お前はよくやったよ」
「よくやったわけがあるか。あの方でなければ俺たちの命は8歳で終わってたんだぞ」
「国宝級の壺を割っちゃったのはやばいよな。殿下が全部被ってくれなかったら側近候補の首、物理的に飛んでたんじゃね?」
「口に出すなよ。ここには公爵閣下が手配した使用人と護衛しかいないんだぞ」
「今は国王陛下な。つーか、紛らわしいから今だけ公爵閣下と王子殿下でいいだろ。あの方ってなんだよ、アンタッチャブルか」
先王嫡子殿と呼ぶのは長すぎるんだ、あの方でいいだろ。だいたい先王嫡子夫妻ってなんだ。これが公的な呼称になってるのはどうなんだ? 国王になれないお方が退位後が前提の先王になれるはずがない。お前に継ぐ地位はないという貴族特有の持って回った嫌味ですね、わかりません。やはり私は貴族に向いていなかったようだ。下町言葉も抜けないし。
「だから使用人の耳が……」
「あのなー、国宝級の壺割ったのが誰かなんて公爵閣下が気づいてない訳ないだろ。8歳のガキが1人で自分の背より高い壺をどうやって割るんだよ。悪ガキどもが寄ってたかってよじ登ろうとして、こかして割ったなんて大人はみんな気づいてたの」
言われてみればその通りだった。あの壺は大きさに見合って重くて、子ども一人がぶら下がったくらいではびくともしなかった。どうして気が付かなかったのだろう。それでも青い顔をした殿下が、俺たちをかばって、自分が一人でよじのぼって割ったと言い張ってくれたのは事実なのだ。
「……お前はわかってたのか?」
「いんや、色々見えるようになったのはずっと後になってからだよ」
「お前、今は何をしているんだ? まさか本当に野菜の配達員をしているわけじゃないんだろ?」
「そこは気づいたか。よかったよかった。俺はまあ、貴族相手の便利屋だよ」
「便利屋? なんでまた」
「うーん。まず俺んちはお前と違ってしがない男爵家だったわけ。平民に毛が生えた程度の。だから同じ『継ぐ爵位がない』と言っても、お前らと違って本気で平民に近い立場だったのよ。殿下の側近候補にならなきゃ、学園だって行けてなかったかも」
学園を卒業したところで、国家公務員はコネが物を言うし、小さな領地には役人の口もなくて商家に婿入りするか、ほかの貴族家の使用人になるしかなかったと。卒業を間近にして、殿下も両陛下もコネは期待できないとわかって離れたそうだ。
自分がいかに恵まれていたかを思い知らされた。殿下に恩返しをしようと最後まで傍に侍っていられたのも、卒業しても親から財産を分けてもらえて働かなくても生活できる立場だったからだ。去っていった側近候補たちは、いつまでも遊んでいられなかった。殿下の側近になれない可能性を考えて先に大人になっただけだ。
「そもそも側近候補があんなにいたのもおかしいんだよ。普通、側近って少数精鋭だろ。小公爵の側近候補は、大臣子息に騎士団幹部子息にと、そうそうたるメンバーだったじゃん。どっちが国の未来を見据えているかって一目瞭然だよな」
その通りだ。側近候補を出した各貴族家も理解した上での人選だったのだろう。俺の父も次兄の入学を1年遅らせて小公爵のご学友にしたし、下手すると跡継ぎの長兄より厳しく教育していた。
「殿下の側近候補って、たかが男爵家のしかも次男の俺まで入ってる、まさに烏合の衆だったからなあ。色々ありえなさすぎっていうか。だからこそ、国宝級の壺にみんなでよじ登ってこかして割るなんていうミラクルが起きたわけで。そんなミラクルが起きちゃったのも、王妃陛下の人選だったからなんだよな」
王妃陛下は美しく優しい方だった。たまに遊んでいる殿下を見にいらっしゃると、いつも美味しいお菓子をくれて優しく褒めてくださって、いたずらしても笑って許してくれて。たまに会っても厳しく叱るだけの実母より理想の母親だった。だけど王妃としてはどうだったんだろう。国宝があちこち置いてあるような宮殿に、躾のなっていない子供たちを大量に連れ込んで、実際に色々やらかして、使用人たちはいつも無表情で見張ってて、誰が後始末をしていたんだろう。ああ、本当に私は子どもだったんだ……。
「知ってるか? 世間的にやってはいけないことをして共犯関係になり、結束を強めたり裏切りを防止するのって、犯罪結社がよくやる通過儀礼なんだぜ。俺たちってまんまそれだったよな。国宝級の壺破壊以外は悪事の規模は小さかったけど」
否定できない。最初に側近候補から抜けていったのは壺破壊に関わってない連中だった。それから居合わせたけど登ってなかった奴らが抜けて、あとになったら上った奴らも抜けていた。最後まで残ったのは殿下とてっぺんを争った面子だ。まさに抜けられない濃い共犯者が取り残されていた。
ため息が抑えられない。殿下に筋を通している自分という虚構が粉々になったことに。
「で、俺は便利屋としてここに来たんだけど」
「雇い主は私の両親か?」
「そうそう。だってお前、本気で離宮から出てこないんだもんな。他の連中は離宮の外で親兄弟や学友と会ってるのに」
離宮に閉じこもっていたのは私だけだったのか。裏切られた気分でいっぱいだ。彼らが裏切ったんじゃなくて、自分が子どもじみていただけだと頭ではわかっているんだが気持ちが追いつかない。
「ご両親からの伝言。領地の商家に婿入り先を用意してあるから帰って来いってさ。優しい親御さんだな」
まったくだ。私は両親の何を見ていたのか。見捨てられた気分でいっぱいだった。あの騒動でどれだけ生家と一族に迷惑をかけたか、わかっていたはずなのに。
「それで、これは昔のお仲間としての純粋な好奇心なんだけど、何だったんだよあの婚約破棄は。あんなのゲームブックにもなかっただろ? 似たような悪ふざけはあったけど」
「私もいまだによくわからないんだ。殿下もあの件に関しては口を閉ざしていてな」
「あー、箝口令敷かれてんのか。よくあの殿下がもらさずにいるなあ。さすがは公爵閣下、恐ろし……」
「あの宣言の直前に殿下が、本当に直前に、式典が今にも始まりそうな舞踏会場の熱気の中で『今から決行する』とおっしゃったんだ。何を決行するのか、わからなかったが最終学年が会場に集まって、今にも成人の式典が始まろうという状況で、そう言われて婚約破棄宣言なんて思わないだろ?! 私たちだけじゃない、ほかの誰だってわからなかったはずだ! そうだろう、そう言ってくれ。よし、頷いたな! そうだよな。せいぜい子爵令嬢にお別れを告げられないから傍で思い出作りとか、公爵令嬢に子爵令嬢を第二妃にとお願いするとかだと思うだろ? デビュタントの熱気に当てられて、このまま第二妃いけるんじゃないかとか思ったけど、宣言を聞いた途端に急転直下だよ! 殿下、正気ですかと問うまでもなく公爵閣下がいらっしゃったさ! というか、そもそも公爵令嬢をエスコートしてそこに来ていたんだけどな! 殿下が公爵令嬢をエスコートしなかったから! その後は見ての通りだ。筆頭公爵の言をたかだか伯爵家の三男が遮れるかよ! 口を挟む隙もなかったわ! 殿下が固まっていても、こっちはもっと固まってたよ! すぐ固まるならなんで始めたの? どうしてやらかしたの? 聞きたいけど聞ける状況じゃなかった! 俺が一番聞きたかったよ! 今も聞きたいわ! なんでこうなった?! 何が悪かった? 国宝級の壺を割ったことか? あれはやばかった! でも婚約破棄宣言のほうが万倍やばい! なんでもいいから口を開いて殿下と拝んでいたのに、実際に殿下が口を開けば開くほど状況はどんどん悪くなっていくし、もう壺を逆さにして中に入って黙っててくれと耳たぶを掴んで直接内耳に叩き込みたかったよ!」
「……おう」
どうやら自分の想像以上にストレスが溜まっていたようだ。みんな外で吐き出していたんなら、本当に自分だけが溜め込んでいたんだな。自分の間抜けさに涙が出そうだ。だが、お前が聞いたんだぞ、最後まで全部聞いていけ! 2年間溜めに溜めた、この熱き血潮を!
翌日、先王嫡子夫妻の居室に伺うと、すぐに夫妻が出迎えてくれた。
いつも通りご機嫌でにこやかだ。離宮に閉じ込められたこの状況で何故ご機嫌でにこやかなのか、小一時間問い詰めたい。実際は離宮に閉じ込められているわけではなく、私たちが勝手に閉じこもっていただけだったが。警備兵ががっちり固めてるのに出入り自由なんて思わないだろ。野菜の受け取りを使用人に変わってもらって、外の空気を吸った気になっていた私って……。
「実は縁談がありまして」
「それはめでたい。結婚はいいぞ。妻と結婚してから毎日が花園にいるようだ」
存じております。学園在学中からお花畑在住でしたよね。おかしいと思ってた。必死で目をそらしてただけで。直視した連中から離れていったのも無理はない。本当に子どもだったな……。
「それが田舎にある領地の商家への婿入りでして、王都からは通えそうにないのです」
「そうか。残念だが結婚は人生の楽園だ。寂しくなるが祝福しよう。そうだ、商家なら御用達にしてやるぞ。持参金になるだろう」
田舎の領地に先王嫡子夫妻御用達の需要はあるだろうか? いや、逆にあるかもしれない。……こういうところが憎めないんだよな。
「ありがとうございます。田舎の商家ではありますが、殿下のお目に適う商品を商える店にしてみせます」
「うむ、期待している」
後日、側近が一人、離宮を離れた。彼らが成人するはずだった式典から2年目のことだった。
王子のお話が入らなかったので、次回。
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誤字訂正くださった方、ありがとうございました。
2026/06/15 誤字訂正
わらかなかったが→わからなかったが
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誤字訂正くださった方、ありがとうございました。
江戸っ子的に「ひ」と「し」が混ざっている下町の方言でいこうかと思ったのですが、江戸っ子じゃないなと訂正しました。
2026/06/25 誤字訂正
箝口令ひかれてんのか→箝口令敷かれてんのか
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2026/06/25 急募/浦島太郎の言いかえ。
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ご提案ありがとうございました。
2026/06/27 修正
離宮に閉じこもっていたら浦島太郎でも仕方ないよな?
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離宮に閉じこもっていたら世情に疎くても仕方ないよな?
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誤字訂正くださった方、ありがとうございました。序してどうするのか……。
2026/06/29 誤字訂正
久闊を序する→久闊を叙する




