すごい選手がやってきた
プロ野球の春季キャンプが始まり、取材陣の間で、一人の外国人選手が話題になっていた。
ある球団が独自の経路で、ものすごい選手を獲得したのだ。
その選手を取材しようと、各社の記者たちが集まってくる。
「あれが、その選手か」
見ただけでわかる。すごい選手なのは間違いない。
その選手は今、実戦形式のバント練習をしている。
それをしばらく眺める記者たち。
そして、驚いた。この選手、まったくミスをしないのだ。
きっちりバントを決めるか。もしくは、ボール球として見送るか。
記者たちは思う。本当にものすごい選手だ。インドから来た選手らしい。
腕が六本あって、三本のバットを使っている。バントをしようと横に寝かせたバットで、ストライクゾーンの大部分が埋まっていた。
しかも、選球眼もいい。顔が三つあるのと関係しているのだろうか。
記者の一人がつぶやく。
「アシュラ選手か」
ついにバッティングピッチャーがお手上げの仕草をした。
これは他球団にとって、かなりの脅威になるだろう。絶対にミスをしない「バントマン」の登場だ。
しかし、この予想は甘かった。
アシュラ選手が今度は、投球練習を始めたのだ。
六本の腕の内、三本を力強く振る。右腕が二本、左腕が一本だ。
右のオーバースロー。
左のサイドスロー。
右のアンダースロー。
それら三つの動作を同時にこなす。
で、実際に野球の球を投げてくるのは、その中の一本だ。
しかも、時速一六〇キロ前後のストレートに加えて、多彩な変化球を操る。コントロールもいい。
さらに、これまで使っていなかった三本の腕、そっちによる投球も披露した。球団の広報によると、すべての腕で投げることが可能らしい。
興味本位で打席に立ったチームメイトたちは、目を白黒させている。まだ誰もヒット性の当たりを打っていない。アシュラ式投球術に、完全に翻弄されていた。
なんでも、インド政府に大金を積んで、この選手の日本行きを交渉してもらったとか。年俸の額もすごいみたいだが、それ以上の価値はありそうだ。ものすごい選手である。
このあと、アシュラ選手への取材が連日続いた。
その一方で、他球団の首脳陣は本気で焦っていた。あんな選手はずるすぎる!
「こうなったら、うちの球団もインド政府に頼んで、ものすごい選手を紹介してもらおう!」
金を惜しんではいられない。アシュラ選手の兄でも弟でもいいから、ぜひとも我が球団へ。
その頃、別の場所で、ある団体が頭を抱えていた。
「今の情報に間違いはないのか?」
「はい。何回も確認しました。間違いありません」
部屋の中で、一斉にため息がもれる。
あのアシュラ選手、基本的にはピッチャーだが、キャッチャーもできるという。
で、ピッチャーの時と違って、キャッチャーの時は、野球の球を投げる手を一つに固定。それ以外の手にはすべて、キャッチャーミットを着用するそうだ。
しばらくして、アシュラ選手がキャッチャーの練習をしている映像が届く。
その映像を見たあとで、『日本審判評議会』の面々は大きなため息をついた。
「もう一度、見せてくれ」
すぐに同じ映像が再生される。
マウンドからボールが飛んできた。「ズバン!」という捕球音。
部屋の中にいる一人がつぶやく。
「これ、真後ろから見ていても、どのミットで捕ったのか、よくわからないと思うんだけど・・・・・・」
なにせ、ミットが五つもあるのだ。しかも、その内の二つ以上を必ず、ストライクゾーンに構えている。
その上、アシュラ選手のクセなのか、捕球の瞬間に五つのミットをすべて閉じている。わざとじゃないとは思いたいが・・・・・・。
短い沈黙のあとで、『日本審判評議会』の面々は口にする。
「ものすごい選手が来日してしまった」
さらに映像を見続けたが・・・・・・。
「ダメだ。どのミットで捕ったのか、よくわからない!」
こうなった以上、何か対策を考える必要がある。
数日後、今シーズンから急遽、「ストライクの判定」を機械に任せることが決まった。
次回、球場前に雪だるまが出現。




