カタゴトエルフの娘の話
この道で良いのだろうか……そんな不安と闘いながら俺はようやく目的地近くまで辿り着いた。
すっかり深夜だ。
所々で蛍の光のように光り続けている不思議な巨大キノコや小さいキノコ、浮遊物を遠くからじっくり見てしまったせいだろう。
足元はそれらで煌々と照らされ、楽々と歩くことができ、明かりいらずだ。
「よっと!」
枝から枝の段差を下りて、俺はその道を歩こうとした。
「よ!」
そんな子供っぽいような可愛げのある女の子の声が返って来た。
え?! 誰?
ティノでなければクレアでもない。だが、知っているはずの声。
ここで知っているのは……。
「ろ、ろろ! ロディアさんッ!!?」
何ということだろう、浮遊物がちょうど良く彼女の顔を照らしてくれた。
黄緑色の光が残念だ。
だがそれも長くはなく、浮遊物はどこかへとふわふわと行ってしまった。
顔色が戻った……って!
彼女は一人、体育座りをしていて、そこを通らせてくれそうにない。
ああ、困った! どうしよう!! この場合は!!!
「こんな所で何やってるの?」
そう言って近付く。って、違う!! そうじゃなくて!!
こんな気安く話し掛けたら、ますます怒ってしまうではないか!! さっきのスタスタ歩きは絶対怒ってます! という証し。
なのに……。
今のはナシで!! と言おうとした時だった。
ちらっと、彼女が俺の方を見たのに気付いてしまった。
え、今の顔……。何か言いたそうな感じだった。それもウズウズしてそうな感じ……。
何なんだ? これは!! 人間嫌いじゃないのか? ロディアは!!
「あの、えーっと……眠れないのか?」
なんて……もう一度気安く話し掛けてみた。
フレンドリーになれるかもしれない! 上手く行けば!!
そんな賭けを自分の中で瞬時にし、破れかぶれの典型的な方法で行くことに決めた。
もうこうなったら行く所まで行こうじゃないか!! という変な気合を入れてみる。
それと同時に、ふるふるとロディアが首を横に振った!!
日本式のジェスチャー!! ありがたい!!
「違うって?」
こくん……と首の動きだけで自分の気持ちをロディアは表す。
「えっと……」
次の言葉が出て来ない。もうロディアは俺を見ていない。これで終わりか……。賭けはあっさりと終わったらしい。用意された家に戻って、ちゃんと寝よう。
「何か、ごめんな。邪魔だよな、俺。行くわ」
そう言って去ろうとした瞬間、ロディアに近い方の足首をパッと捕まれてしまった!!
「ヒッ! ごめんなさい!! 心の中では『ロディア』なんて呼び捨てにしてました!!!」
正直に謝ったのだが、彼女は何も言わない。それどころか、その手を左足から離してくれなくなった!!
「あの、ロディアさん? 人間嫌い、なのですから少しはその……」
「人間キライ、ウソ。ホントは人間、もっと知りたい! あの仮面もつけたくはない」
ぽつり、ぽつりとはっきり喋るロディアの声はエルフでありながら。
「普通に透き通ってて、人間の女の子みたいな声だな」
「ふえっ!?」
びっくりさせてしまったらしい。
そのついでのように俺の体のバランスが少し崩れた。
「お!」
転ばなくて良かったぁ……。道幅があっても転べばどうなるか分からない。そのくらいここはかなり高い所で、このまま落っこちてしまったら、命の危険がかなりある。
よし、ここは。
「ごめんな、何か……。俺の足の所の手、退かしてもらって良いか?」
「いや。人間、どっか行く?」
「いや、居ろって言われれば、ここに残るし。そうじゃないなら、行くかな……」
「じゃあ、ここに居て。あなたの名前は?」
「江東だ。江東良吉、よろしくな」
「よろしく、エトォ」
呼び捨てに呼び捨て返し。なかなかやるな、この娘は。
「えっと、ロディアさんは人間嫌いじゃないってことで、分かったからそろそろ離してもらえないかな? 足、ずっと持たれてると何か変な気がしてきちゃうから!」
「変? 何故?」
まじまじとそのまあるい目をロディアは見せて来た。
猫の目、いや、この蛍の色と同じ緑色。
「きれいだ……」
思わず、言ってしまったことに俺自身が照れてしまった。
「あ、いや! その、蛍が! だぞ?! いや! 蛍なのか?! これは? ほ、蛍がこんなにたくさんキレイだってことだぞ!!?」
「ふ……」
あ、何か笑いそうな雰囲気をしたのに、この娘は笑わなかった。
「エトォ、ワタシの目、見て言った。ソレ、ワタシのこと」
「ああ~、そうだよ!!!」
ここはもう、やけっぱちで行こう。そうしよう。
「ロディア、呼ばれたい……」
「ん?」
急にそんな事を言い出した。どういう事だ? それは。
「ロディアって呼んで」
「ロディア?」
「そう、ロディアが良い。その方がロディより気持ち良い」
「そうか、なら、ロディア、本当にそろそろ足の手を退かしてくれ。話が終わるまでここに居るから」
「起きてられる?」
「起きてられるよ。俺は大人だから」
よく分からない理由でやり通すことにした。ロディアの隣に俺も体育座りで座ることにした。
誰も来ない。このままロディアと話すしかないか。仕事のこともあるし、ここはちょっと聞いておこうじゃないか、彼女の話を。
「で? 何かあるのか」
うん! とロディアは話し出す。
「エトォ、剣出来る?」
「剣? 出来ないよ。魔法もあんましだ」
びっくり! という風に両目をぱちぱちさせた。
「ロディアはエルフだから、魔法とか矢とか得意だろ?」
こくんと首の動きだけで頷いた。
そして、喋らなくなった。
もしかして……。
「ロディアは剣が出来ないことで悩んでいるのか?」
こくんとまた首の動きだけで頷いた。
「別にできなくても良いんじゃないのか? 俺だって、魔法の方が好きだし、剣できなくても生きていけるぞ」
「でも、前に来た人間に言われた。剣は大事だって、魔法が尽きたらどうするって、矢が尽きたらどうするって」
ふいにこちらを見たロディアはとても美しい顔をした娘で美女だった。まじまじと見たのは初めてかもしれない。
「お、そ、それならこう言えば良い。剣が折れたらどうするって」
「そしたら素手だって言われた」
「言われてしまったのか……」
「うん、エトォ……その後、ワタシは手ほどきを受けた」
「え?」
「その相手して」
「いや、それは断る」
「何で?」
「俺は命を大事にしたいんだ。無駄な怪我だってしたくない。それはこの世界に来た時から変わらないよ。悪いな……」
そう言って俺は胡坐になった。やっぱり、体育座りはきつい。
「エトォ、嫌い」
「は?」
唐突にそんなことを言い出したロディアを見る。
「エトォ、もっと良い奴だと思った」
「どんな風に思ってたんだよ? 言ってみ?」
「言わない」
「何でだよ、怒らないからさ」
「そう言う時、大体怒る。だから、エトォには言わない。代わりに」
体育座りから何でか正座になった。
「日本の座り方を知っているな……って、前に俺の腹の上でもしてたっけ?」
「そう。感動してるエトォにお願いがあります。ワタシをエトォの妹にさせてください。そして『エトにぃ』って呼びたいです。もしくはこのままお持ち帰りを希望します」
「ハアァァあ?!!?」
綺麗な座礼、流暢な日本語の申し出に俺は即座に返答することが出来ず、しばし吃驚な声をあげているだけになった。




