オゥバオに会って
エルフ達が住んでいる場所から数分離れた良い風が優しく吹くその場所はとても空気が澄んでいて居心地が良かった。
もう夜になろうとしているが、その樹の幹には人が入ってそうなほどの膨らみがある。足場となる枝の幅もちゃんと分かるし、大丈夫だ。でも、不安だった。
隣に居るのはここに連れて来たロディアだけだ。
ティノとリアムは先に連れて行かれた時に会っているらしく、クレアはもう出来上がった酔っ払いだったようで、連れて来るわけにはいかなかったらしい。
そんなことをようやくロディアからぽつぽつと聞き終えたところだったのに、今度は。
「あの、これ……」
うん! という風にロディアが頷いた。
いや、そう見えただけだろう。このエルフの娘も人間が嫌い……な方だ。
「オゥバオ」
「うオ? もう言っちゃうの?」
「シ!」
ロディアに注意された。
人間一人、怖い。
ずっと立たされたまま待つ。まだなのか、早くしてくれ!
数分もしないうちに新たな風がまた吹いた。す! 少し肌寒い。
『おやおや、火を使う者、ここが火気の使用禁止と知っているか?』
何か声が聞こえた。女の……マダムみたいな感じで、この樹の膨らみの中から?
そう思った途端、ミシミシミシミシ! と、目の前の樹の膨らみ部分がものすごい轟音と共に割れ、中からニョッとロディアとは違う顔の出し方で俺を驚かせた草木を思い出させるドレスを着た四十代くらいのすっきりとした顔立ちが美しい黒髪のマダムが豪快に笑い飛ばして言う。
「おやおや、これは人間か……。そうか、この人間があの人間の使い達が言っていた?」
「はい、オゥバオ」
「分かっているよ」
二人の美しいエルフはアイコンタクトをした。
何々? 何なの?!
俺はもっと怖くなっていた。早く帰りたい! この際、酔っ払い女神でも良い、あいつの所に行って温もりを味わって来よう!! そのくらいの不安がやって来そうだった。
「何、人間。怖がることはないよ」
見透かされたぁ!!
「仕事だってね、この樹の中じゃ、そんな言葉は使っていないけれど、きっとそれは食べ物を集めるのに似ているんだろうね」
「ああ」
「この自然を守るのにも似ている」
「ああ」
俺は怖くてもうそれしか言葉が出ない。でも、それでもその二文字だけでも答えているのは仕事が始まろうとしているからだ。もしかしたら、新しく来た奴です、よろしくお願い致します……的な挨拶が始まっているのかもしれない。
「人間好きのエルフには会ったか?」
「いいえ。どこを探しても人間嫌いなエルフさん達ばかりですよ」
「そうか、その娘も?」
オゥバオはすっきりとした美しい視線でロディアを見る。
「はい、俺が寝ようとしていたら、突然にょっとやって来て、また変な葉っぱの仮面をしていたんです。だから、それは何だ? と言ったら、人間避けのやつだと言われまして、それってつまり、人間が嫌いってことでしょう?」
アッハッハァッ!! とオゥバオは豪快に笑った。その上品なすっきりとしたマダムのような外見には似合わない笑い方だった。
「あの」
「良い、教えてもらうが良い。日本の全てを知り尽くすのも良い勉強だ。それが後の我らの新たな叡智へと繋がるかもしれない。有意義に過ごされよ、人間」
その言葉を最後にオゥバオはその樹の膨らみの中へと消え、割れた時と同じ音を立てて、そのぱっかり開いていた部分がしっかりと閉じられた。
「スゴイ、これは……来た時と同じ風になってる。割れた部分がどこだか分からない」
「それが魔法」
ロディアがぽつりとそう言った。
「そうか、じゃあ、俺……もう寝ても良いのかな?」
「良い。オゥバオは許された。人間、あなたを歓迎する者は少ない」
「それはちゃんと分かってるさ。君がそうであるように」
そう言った途端、プイっと背を向けてすたすたとロディアはどこかに行ってしまった。まずったな……と思った時には遅し。戻り道が分からない。
俺は来た道を思い出しながら慎重に歩くことに決めた。見上げる夜空には満天の星。そして、今まで気付かなかったが、もういくら歩いても疲れるとかがない。
これはここに慣れたってことだろうか。一度、しっかりとゆっくり深呼吸をし、何本もある樹の枝の道から一本、これから向かう道を決め、歩き出す。
「さて、時給七十万円のキョウコウ社のエルフに日本の事を教える仕事、始めますか」
まずは何よりその対象となるエルフを見つけなければならない。派遣会社の人が付いて来ない理由は明らかにこれだろうな……と思う。
エルフの人間嫌いは相当なものらしく、一人でも人間に会わない方が機嫌が良いらしい。つまり、その方が襲われるリスクが減るというわけだ。
そんな命の危険のことも考えながら、これからは行動しなくてはならない。
荷が重い仕事だ。




