柊月の手解きを受けて
ビルが少し見えて、異世界が来る前のような公園。
座れる所を見つけて俺は座る。
魔法の練習をする者は数名で、俺はその中に混ざる気にはなれなかった。
俺のショボい火を見せるのか? 無理だろう……。その世界の魔法使いの女の子が鼻で笑う感じのやつ……出せるわけない。
「はあ……」
俺はこの後どうするか考えた……家事の続きでもしようか……それとも……。
「ここに居た」
その声に顔を上げれば、柊月が俺の目の前に立っていた。
「どうしてここに?」
「江東さんがサボってないか見に来たんです。ついでに早退して来ました」
「何で?」
「江東さんが真面目にやってくれないと私、ずっとあなたのパーティメンバー二人から相談受けそうな予感がして来たんで」
「どんな相談?」
「江東さんが全然魔法出来ないっていう……」
「ああ……、わりーな、何か」
「ええ、本当。見せてくださいよ」
「何を?」
「江東さんの魔法、どんなか。私、ひどい頭痛がするんで帰ります! って言って来たんです。そういう風なのですか?」
全然!!! って言えないところが痛い……。
「あの……本当に見るの?」
「この日本でも魔法出来るように冒険者登録、役所でして来たんですよね?」
「ああ、ほら……これ」
俺はずっと柊月の声が聞こえるまで手に持って見ていた運転免許証くらいの大きさの『日本冒険者カード』を見せた。
そこには俺の名前と生年月日、住所、国籍、その場で撮った顔写真、裏には異世界での冒険者データをそのまま書き込んだもの等が印字されている。一見、普通の、魔法なんて使われてない物のように見えるのだが、実はこれ、魔法が使われていて、異世界用パスポートを持っていれば、それと連動し、自動で更新したりする身分証明書にもなる大変優れたものなのだ。
柊月はすぐにそれを俺から取り上げ、裏を見て言う。
「ふーん……レベル1。使える魔法『フレイム』のみ。偽りはないですね」
「当たり前だろ? 疑ってるのか? そうならない為に顔写真は持ち込み禁止で、その場で役所の人が撮ることになってるんだし、内外的属性要素検査だって、その要素があるか調べるもので、それがなければ絶対にこれを発行することは禁止されてるだろ」
「知ってますよ、そんなこと」
そう言って、柊月は俺を見る。
「じゃあ、出してください。フレイム」
簡単に言ってくれる。俺としてはそうではないのに。
「さっさとしてください。あ、これ返しますね」
「ああ……」
俺は柊月から日本冒険者カードを受け取ると立ち上がり、構えた。
いや、する気はなかったのだが、清楚系美女はそこら辺の男どもを引き寄せるようで、否応なしに会話が聞かれる。
早いところやってずらかろう!! そういう気にはさせてくれた。
したがって……。
「フレイム!!」
ボ! と今までで一番良い火なのだが、嘲笑が起こる出来事へと変わった。
「たき火係でもやるんですか? キャンプで」
ああ! 任せとけ!! ライターの火より大きいだろ? なんて冗談でも言えない。
周りの男どもは見て損というように一人、また一人と去り、誰もいなくなった。
そしてまた二人きり。
「はあ……、分かりました。今にも泣きそうな江東さんの為に魔法の練習、付き合ってあげますよ」
「え?」
「だって、その為に早退して来たんだし、嘲笑までされて悔しくないんですか? それともこんな自分が好きだと?」
「まさか!」
「なら、しましょうよ。簡単です。内外的属性要素検査の結果が冒険者カードの方にありましたが、江東さんは水魔法が得意なはず。それでも『フレイム』がやりたいのであればお教えしましょう! 火もできるはずですから」
「でもさ、俺、異世界居た時、その、魔法使いのお姉さんに教えてもらってたんだけど全然だったんだぞ? ようやくそれでここまで来れたのに、お前に任せて大丈夫なのか?」
「魔法使いのお姉さんって、ティノさんのお姉さんですか?」
「そうだけど……」
そこまで話してるのか? ティノのやつ!!
「大丈夫ですよ、出てはいますから。ただちょっと、コツが必要なだけです」
「コツ?」
「そう、ほら、江東さん、私の前に来てください。後ろから教えてあげますよ」
「何で後ろ?」
「だって、魔法が出るのは前でしょ? それとも後ろの私に向けて出すんですか?」
「危ないな、それは。じゃ」
言われた通り、柊月の前に行き、俺は周りに誰もいないことを確認する。
「良いですか、江東さんの内的属性要素としてはかなり! 弱々しい赤色のやつ、それが火属性となっています。青やら水色系統は水属性、黄色は雷とか光、緑は風とか植物みたいなの。たまに茶色が出て、土属性なんてのを持っている人がいるし、紫は毒で、黒も稀で闇とかなんですが、江東さんのは色が混ざった黒なんですよね?」
「ああ、そう言ってた、お医者さんはな」
「その黒になってしまった色にもしかしたら白とか入ってたりするかもですが」
「どうだろうな……黒が出てしまった人はもっと大きな病院で詳しく調べるってのもあるけど、俺はそこまでしなくても良いって言ったから」
「だったら、良いんです。検査をして真っ白のままの人もたまにいて、そういう人は魔法が全然出来ない人か回復系ってのは知ってますよね?」
「ああ、でも大体は魔法が出来ない方だ。そういうのが出てしまった場合、いくら魔法の練習をしても魔法は出来ないって、それは今の常識だろ」
「知ってるんなら良いんです。さて、外的属性要素を見ると江東さんの周りには火属性となるものがちらほらあるのが分かります。だから」
「説明は良いから、早くやってくれないか?」
「ダメです!! ちゃんと解ってからやらないと、同じことになってしまいますよ? ティノさんのお姉さんにはいろいろ教わったそうじゃないですか。それでもダメな江東さんにはちゃんと勉強という形でやってもらいます。そもそも、内的属性が何なのか分かりますか?」
「あれだろ……魔法力って呼ばれてるやつ。自分の中に元から備わってるやつで、それを基に魔法ってのは出来るようになる。異世界で手に入れたからな……あんまりそういうの気にしてなかったわ」
「そうでしょうね、女神様に目潰しされて手に入れたんだから」
そこまで話してるのか! クレアのやつ!!
「いや、その後ちゃんとギルド行って、手に入れたんだぞ?」
「知ってますよ。で、外的属性は?」
「その内的属性に誘われて来ちゃったやつ……。さっきの男どもと同じだな。向こうの方から勝手に寄って来てくれる。それを魔法陣やら呪文を使い、吸収し、内的属性に取り込み、出したい属性だけを使ってその魔法を放つ!!」
「分かってるじゃないですか。それなのに何で?」
「俺にも分かんねぇよ。だから、早くコツを教えろって言ってんの。もしくはあれか? サキュバスのせい……」
「サキュバスの副作用がまだあると? そのサキュバスが江東さんの中に居たのはいつの事ですか?」
「それも話してんの?!! あの二人!!!」
「ええ、たくさん。たった数日でいろいろ聞けましたよ。異世界に行ってからの江東さんの行動とか、やらかした事とか」
「そんなにやらかしてはないと思うんだけど……」
俺を見て来る柊月の目が痛い。
「じゃあ、そういう事にしておいても良い。だから早く教えてくれ! そして、それが出来たら奥地の事を調べる!!」
「分かりましたよ」
俺の熱意が伝わったのだろうか、柊月が急に俺の両手に手を添えた。
「あの! こんな面前で?!」
「これは、別にやましい事じゃないです。コツを教えるだけですから」
「密着してますが?」
「誰も見てないでしょ、もう」
分かっててやってたのか……。柊月に言ってやりたい!! だが、俺は言わない。言ったら、教えてくれなくなる気がしたから。
「例えるならホースです」
「ホース? 花に水やる時なんかに使う?」
「ええ、別に他の物でも良いんですけどね。水みたいな液体が出やすいのを想像してください。それも両方から出るんじゃなくて、片方からしか出ないのです」
「分かった……」
俺は後ろから言われる柊月の言葉に耳を貸す。
「普通に考えれば、水を流し続けているホースを足なんかで踏めば水は出ません。けれど、それを離せば、それまで溜まっていたものが一気に出て来ます」
「ああ……、そういう話はよく聞く」
「そう、それが今の江東さんの状態です」
「簡単に言ってくれるな。お前は……」
「まあ、魔法ってのは異世界の神様からの贈り物なんて呼ばれてるし、魔法陣がちゃんとしたの出せれば、ある程度のやつは誰でも出来るんですよ。それが江東さんには足りないのかと思ってたんですが、さっきのでそれはないって分かりましたし、原因は他の所にあると私は考えました」
「それはどこだ?」
「それを今から探すんじゃないですか。江東さん、さあ、また構えて下さい。フレイムを出すって考えて」
フレイム……。
あの世界で見たティノが出したフレイムはそれはもう、立派なフレイムだった。
「そして、あの時の出来事を忘れて下さい」
「あの時の出来事って?」
「ほら、大学生だった時、江東さんも異世界人との交流会的な試合に出ましたよね? 武術的なやつ」
「覚えてる……」
「その時の出来事を忘れてほしいんです。一度、異世界の方に顔面正拳突きしちゃったくらいで怖気付いて、それっきり暴力反対になった人に言うのは酷かもしれませんが、これを克服出来なければ、これ以降もその効果を期待できるような、ちゃんとした魔法は出来ないと思ってください」
「柊月はそこにフレイムができない原因があると踏んだわけか……」
「ええ、違うなら言ってくださいね? 他の所を探しますから」
「一理はあるな。柊月に言われるまで忘れてた事だったけど……、心の奥深くにはまだ根付いてる気がする。あれでノックダウンするとは思わなかったんだ」
「あれは向こうが悪かったんです。まだ合図も何もない時からかなり挑発してましたし、合図があった後もかなりあの手この手で江東さんをおちょくってましたし、キレても仕方ないですよね」
「キレてはなかったんだがな……。ちょっとイラついて入れてやろうかという気にはなったよ……それがいけなかったんだろうな……」
「そういう気持ち。異世界の方に対して思ってしまう少しの負い目みたいな気持ちがいけないんです。江東さんはそれじゃなくても異世界に関することでいろいろとやらかすでしょ? 内心では異世界と深く触れ合いたくないと思ってるんじゃないですか?」
「そんなことはない!!!」
「じゃあ、やってみましょうよ。手を添えてみて分かりました。江東さんに足りないのは魔法を出すという集中力と根性です」
「言い切ったな?!」
「ええ、だって、じゃなきゃ、私よりも異世界の方が好きな江東さんが出来ない理由が分かりません。あとはその魔法に対する感情? それがないんです。魔法やる時、何考えてるんですか? 目の前に居る魔法使いのお姉さんは良いなぁ~とかって考えてるんでしょ?」
当たり!!! なんて言えるか!!!!
「いや、何となく、上手く出さなきゃって考えてる……」
「それがいけないんですよ。もっと緩く、リラックスして……ほら、こうやって構えてみた時にだって、変な力が入って上手く出来てません。もっと力をほぐして必要な属性は何ですか?」
「フレイムだから火」
「そうです! 火は何色ですか? あの検査結果の色を思い出してみてください」
「赤」
「そうです、じゃあ、魔法陣の色だって安定した赤になるはずでしょ? まだ橙色なのは江東さんがレベル1だからかもしれませんが、私が少し出してみますから見ててください。魔法陣の色や表情……江東さんに足りないのは何なのか探してみてください。じゃあ、やりますね、フレイム!」
ゴーーーーー……。
強い熱さと轟音が続く、全ての物を一瞬で焼き尽くしそうな勢い。
これが異世界に行ってなくても出来るレベル5の実力。
かなり安定している。
「分かりました? 江東さん……、また変な負の感情を感じてるでしょ? いつも守ってもらえるなんて思わないで下さい。どうするんですか? そういう人がいなかったら」
「逃げる」
「じゃなくて、戦うんでしょ」
「まあ、頭では分かってるんだ。だけどな、どうしても気持ちの方で負けてしまって」
「はあ……。思い出してみてくださいよ。江東さんが気持ち良くなった時の事」
「は?」
「ほら、気持ち良い顔になる時はどんな時ですか?」
「……上手く行った時」
「そうです。誰でもそうです。全てが無事に終わって、ほう……となる時です。そんなのに似てる気がします。この魔法を使う時は」
ほう……となる時って言うと……。
「江東さんの考えてる事について聞きたくはありませんから、聞きませんけど」
「聞いてよ! 絶対変な事は言わないから!!」
「言いそう……。敢えてのことはしません。それで出来そうですか?」
「出来そうっていうか……」
「何ですか? まだ心配な事があるって言うんですか?」
「いや……その……手を添えて来た意味について聞いて良い?」
「はあ、そんなこと? ただ江東さんがどんなことに反応するか見てただけです」
「それでその反応は?」
「やっぱり、嫌な事を解決させるよりも嬉しい事を思い出させた方が良いと判断しました。どうせ、ご褒美があるって思った時とか、ご褒美がマジで良い!!! と思った時にしか上手く出来ません!」
「またしても言い切ったな!!」
「ええ、じゃあ、賭けましょう。次にやる江東さんのフレイムが上手く出来たら良い事してあげますよ」
「良い事?」
「ええ。江東さんにとって、とっても良い事」
言い方が何かエロい……。
「ふーん……何だ……悶々とするんですが」
「出来たら言います。出来なかったら出来るまでしましょう! さあ、やってください」
え~、こんなんでやるの!!
「じゃあ、甘いのです。そういうヒントなら言ってあげます。でも、もう言わない方が良いかも。江東さんの表情って、とっても分かりやすいですよね」
「そうか?」
「ええ、もう手を添えてなくても分かります。江東さんのやろうとしてること、手伝ってあげますよ」
「お?!」
……それなら出来そうな気がして来た。
「やってみる」
俺は構え、そして。
「フレイム!!!」
ボーーーーーーーッッ!!!!!
今まで出せなかった分が出て来た感じだった。
「すごい……。あんなに出るとは思いませんでしたよ。江東さん!」
「ああ……、俺もこんなに出せるとは思わなかった……」
「これで安心して奥地に行くことができますね!」
心の底から笑顔で言って来る柊月は本当に晴れやかで、こちらまでそう思ってしまったが、一瞬でそれは戸惑いに変わった。
これは今回だけなのか、それともこれ以降も出せるのか……。
その不安はさらなる練習で補って行けば良いんですよ!! と言って、もうしばらく、柊月に付き合ってもらうことになった。
そして、何回でもあの威力でフレイムを出せるようになり、意気揚々と帰ったら、柊月が言っていた甘いの……と思っていたところ……。
とっても甘々な対応でしょ?! と、俺の考えた夕飯を柊月も一緒に作って、今日の俺の家事を減らすという、待って!! こんなんじゃなぁーーーいっっ!!! 俺の思い描いていたものはもっとこう……と叫びたくなるものだった。それでもフレイムの威力は衰えず、俺はこの一件でフレイムを物にした。




