マッサージされながら
柊月の肩揉みは続いている。
痛さはあまり変わらない。
「それで、江東さんの冒険話聞きたいんですよね、私。何して来たんですか? 今まで」
「それはだな……、イぃ!」
痛い……。
「異世界のモンスターがペットになるかどうかとか」
グイっと、痛い……。
「日本語を異世界人に教えるとか……」
う……、泣きそうだ。痛すぎて……。
「ふーん、それで送れって言って来たんだ……。その後、あのヴァンパイアさんはどうなったんですか?」
「さあな? 俺にも分からねぇよ。派遣なんてこんなもんだろ。出会いと別れ繰り返して、またひょっこり再会する……そういうもんなんだって、最近思って来た」
「誰かにひょっこり会ったんですか?」
「そうそう、香住ちゃんに」
「へぇ……」
グッッって!!
「イッ!! 痛いな!! お前の後輩でもあるんだぞ? 香住ちゃんは!!」
「へえ、何で?」
「大学が同じだったんだよ! そしたら、必然的にお前だって先輩になるだろ、香住ちゃんの!!」
「へえ、似てるって言ってた?」
「ああ、そうだよ……」
「まあ、良いんですけど、そのヴァンパイアの」
「お嬢様な」
「には、どうされたんですか? そういえば、ヴァンパイアについても聞いて来ましたよね? それってそのヴァンパイアお嬢様のせい?」
「ああ、そうだよ」
「それで心夏に連絡したんですか?」
「ああ、分かってるだろ?」
「ええ、心夏から見せてもらいましたしね。話も大体は知ってます。吐かせましたから」
怖いな、ちょっと……怒ってらっしゃる? やっぱり……なんて聞けない。
俺は黙って、その不機嫌そうな肩揉みを受ける。
「ねえ、江東さん、そのヴァンパイアのお嬢様の子にはチュッてやられちゃったんですか? この辺でしょうかね? 首筋の」
そう言って、柊月は平気で俺の首筋をなぞって触って、ぺたぺた確認する。
「あのぉ~、吸われちゃってたら、ここにこうして居ないだろ? あの子は電気さえもダメなんだ。眷属になってたら、この部屋の明かりだってダメさ」
「ふーん……、その子も連れて来たりしないでくださいね?」
「分かってるよ、分かってるから連れて来るのをためらう時もあるんだよ? これでも」
「ふーん、分かっててやってるんだ……、江東さんって、そういう所ありますよね」
な?!
ギュッとして来ると思ったら、案外して来ない。もう落ち着いて来たのだろうか。
「他にヴァンパイアのお嬢様の子とは何やって来たんですか?」
えらく気になるらしい。
「別に大した事は。酔い潰れた女神をまたおんぶしたり、モノマネスライムについて知ったりな」
「ふーん、女神様をおんぶできちゃうくらい、すごいんですね、江東さんは」
「何だよ、さっきから」
「後学の為に聞いているだけです。別に肩もみの次は足つぼマッサージがしたいな……とか思ってませんよ?」
「思ってるよね? 絶対」
「だって、まだそこまでには到達してませんから。私、この仕事に就かなかったら、妹と同じようにエステティシャンになろうと思ってました」
初耳情報、ここでか!!
「お前の母さんも、確か、エステティシャンだっけか? エステティシャン大変だろ?」
「まあ、でも、気持ち良くなるお客様の顔見てたりしたら、良いなって思いますよね……」
そう言って、柊月は俺の肩をぐいぐいとやってくれる。
「ちょっ……っと、強めかな?」
「そのくらいでやった方が後で揉み返しになって良いじゃないですか? それとも肩もみ止めて、足つぼマッサージにしますか?」
「どちらも痛いじゃん!」
「ふふっ、その他に何かあれば聞きますけど」
鬱憤が溜まっているのがよく分かった。
「柊月は攻めるより、受ける方が好きだと思っていたのに違ったんだな」
「どちらも好きですが、今は攻める方が良いですね」
かなり俺にお怒りなのか。
ぐいグイッ!!!
締めって感じのを!!!
「はあ……、もっとやってあげたいけど、今日はこの辺にしときます。江東さん、揉み返しになったら教えてくださいね。ちゃんと面倒見てあげます」
「お前!!」
こいつのにっこり笑顔はなかなかだ。だが、今日はこのまま帰るか、それとも肩もみ以上に怖い足つぼマッサージをやってもらうか。素人のだから、とても危険だが。
「どうしたんですか? 江東さん」
「いや、足つぼマッサージしてもらおうか、どうしようか悩んでて」
「もうしませんよ。したら朝まで一緒です。せっかくの休みの日がそれで始まるなんて嫌です」
「お前、さらっと! 何、明日休みなの?」
「ええ、だって、江東さんは『夜』と言って来たので、そう答えたんですよ」
「お前、明日はどっかの誰かと合コンか婚活か? それとも新たな出会いの為にどっかに出掛けるのか?」
「はは、そこまで用事はないんですよね、有休使わなきゃいけないんで。無理に入れた休みです。平日ですし、独身友達は皆、仕事です。久しぶりにぐっすり寝ようかなって、それか映画でも一人で見ようかと思って」
「ふーん、そんな寂しい柊月に俺はいろいろとしてあげられる自信がある!! 何故なら、今、俺は仕事をしてないから!!」
「それ、言っちゃいけないんじゃないですか? そういう仕事ないじゃないですよね、江東さん」
「そうだけどさ、柊月は今も仕事が第一か?」
「そうですね、江東さんは異世界第一でしょ?」
「そうだな、もっと早くに会社辞めて、こっちで働くんだった! と思ってる」
「相当ですね、それ」
「ふう、何か話疲れたし、このまま泊めてもらおうかな……」
なんて切り出してみたりして、ちらっと後ろに居る柊月の顔を見る。
「……良いですよ、そこのソファー使ってください。着替えないですけどね」
「え、あ、ありがと。何か実家居辛くて」
「そうだと思いました。江東さん、やる事ないとすぐに寝ますよね。だから、こんな夜遅くまで起きてるなんて、すごいなって思ってたんです」
「俺は子供か? 違う、大人です!」
「じゃあ、ちゃんと大人としての行動してください。これ以上、迷惑かけないように努力とは言いませんが、それなりの事は出来るでしょ?」
うむ、そうだな……と思うが。
「柊月はあの時から比べると随分変わってるな」
「江東さんも相当、変わってますよ。会った時はこんな感じじゃなかったのに、どうしたんですか? 私のせいもあります?」
「そうだな、ちょろっとはあるな。あの出来事がなければ、俺はあの時のままだったろうし、柊月とこんな風に喋る事もなかっただろうし、こんな関係にもなってなかったな」
「緘口令、ちゃんと守ってくださいね?」
「分かってるよ」
俺はそう言って、柊月の胸元を見てしまった。
ピタッとしたグレーのタートルネックニットのせいで、体のラインがくっきりと分かってしまう。わざとだろうか、この女。
これが昼間、クレアの言っていた予言だとしたら、そうか、そうなる運命か。
これも良い! と俺は何も言わずにいた。言ったら最後、この和やかそうな空気が壊れる。それだけは止めておきたかった。せっかくの安上り寝床がなくなるのは困る。
「ねえ、江東さん」
「何だよ」
「見てましたね、見ましたよ、私」
「何を?」
「私の胸元、気になります?」
「誘ってんの?」
「違います。どれだけ見ようが構いませんが、異世界の人達にはそうしないでくださいね。それが嫌な思い出となって、日本人嫌いになって、またひどい事が起こるような事は遠慮したいんで。日本で生きて行く可能性を潰してしまうかもしれませんから」
こいつの嫌な所が出て来た。自分の身体を使って、身辺調査とは、恐れ入った。
「今のようにしています」
「とても正直ですね。良いでしょう、正直者の江東さんには頭皮マッサージと足つぼマッサージ、それにとっても痛いって評判の新しいマッサージを試してあげますよ」
「へえ、それじゃ……朝まで素人コースでお願いしまーす!」
「かしこまりました。ちゃんと起きててくださいね。その後はアロマについて語りましょう」
嫌な素敵な笑い。この後の壮絶な痛みが予想される。
けど、俺は頑張る。これからもそうなるように頑張るしかないんだ!! 今は!!
アぁーーー!!! 痛い、そこは!! ダメだ!! 痛イッ!!!!
「ふーん、けっこうあっちこっちガタが来てますね」
それでも尚、柊月は続ける。
これは!!
「逃げちゃダメですよ? どうせ、次の仕事に行く日まで、この部屋に住み続けようと考えてるんでしょ? 分かってますよ! そんなこと!! だから、ね、給料もらってない人から生活費とかもらうのは申し訳ないので、じっくりやらせていただきます。あー、大丈夫ですよ、騒いでも。知ってるでしょ? ここ、防音対策とかちゃんとしてますし、異世界の話したって日本人同士なら全然問題ないし、私が居ない間の掃除とか家事とかやってくれれば、それでチャラにしてあげますよ。ついでに、魔法なんかも教えてあげましょう! 江東さん、全然なんでしょ? 魔法」
そんなことを足つぼマッサージしながら言わないでほしい。ごもっともだけど。
「のたうち回って、苦悶ですか? ねえ、江東さん」
「ああ、でも! 言った通りだよ! よろしくお願いします!! って感じ? おいっ! 痛い!!!」
「そうですか、そんなにバタバタしなくても大丈夫ですよ。江東さん、冒険者なんでしょ? 少しは痛みに強くなったらどうですか?」
グリグリとやり続けて、柊月は俺にまた言う。
「そういう訳で、今日からお任せしますね。ああ、私の下着とかの洗濯はしなくて良いですから。あと私の部屋も。江東さんが使う所だけ掃除しといてください。まあ、風呂場や洗濯機で江東さんの下着とか洗われるのも嫌と言えば、嫌ですが我慢しますよ。居る間、こうしてたくさんストレス発散させてくれるなら」
にっこり! と言う事か? それでも……俺は言わなければならない。
「ありがとう」
痛みに耐えながら言いたくはなかったけど、こればかりはどうしようもない。
何たって、彼女は素人で俺より強い日本人女性。
そして、少々頭が上がらない事もある存在なのだから。




