シンシアSIDE フェルノへの誓い
「フェルノ様。すみませんが、少し別行動をとってもよろしいですか?」
「別に許可をとるようなものでもないと思うが……」
フェルノとシンシアはダンジョンから出て、定期馬車に乗ると、そのままギフトネストに帰ってきた。
そして門番に接触する前、フェルノが列に並んだ時に、シンシアは別行動を申請する。
「ありがとうございます」
「俺は『大広場』でダラダラしてるから。そこで合流な」
「はい」
シンシアは別行動を開始した。
まず、門番のところまで歩いていき、没落したがまだその影響力は完全に途絶えていないアステライト家の名前を出すとともに、自分の身分を明かして列を無視して中に入った。
彼女が向かったのは町の役場である。
何か遠くの正式なことを確認しようとした場合、ここに行くのが一番早い。
「シンシア様。お久しぶりです」
役場の責任者が出てきて、シンシアに対して低頭で対応する。
「私はもう、貴族ではありません。そこまでかしこまる必要はありませんよ」
「し、しかし……いえ、シンシア様はそういうお方だ。そうしましょう」
「……」
軽い雰囲気でシンシアに対応する責任者。
とても……『行方不明になっていた令嬢』に対するものではない。
ここはアステライト家の屋敷があった王都ではないため、情報が遅れている可能性は考えられる。しかし、違和感のある空気だ。
てっきり、最低限の事情聴取はされるものだと思っていたが、『シンシアが行方不明ではあるが心配いらないのだ』ということを保証する情報があるかのような……いやそもそも、『シンシアが急に訪れたとしても問題ないのだ』という空気にすらなっている。
だが、ひとまずそれは置いておくことにする。
「二つほど、調べてほしいことがあります。アステライト家……主に屋敷に関する現在の状況。二つ目に、私は王立学院に通っていましたが、今の私の扱いについてです」
「は、はい。わかりました」
視線をチラチラとシンシアの胸に向けながらも、確認に向かう責任者。
職員が紅茶を持ってきたので笑顔で対応しつつ(職員をナチュラルにハートブレイクしてるけど)、帰ってくるのを待つシンシア。
約十分後、責任者が書類を手に戻ってきた。
「まず屋敷ですが……本来、屋敷にあった財物の相続権はシンシアさんにあります。しかし、その相続手続きの前に行方が分からなくなってしまったので、残念ですが、シンシアさんに相続権はありません。現在、財物の多くは一度王宮に変換され、その後、競売にかけられています」
おおむね予想通りである。
相続書類が屋敷に届いていたし、そもそも『伯爵家』という地位に対して与えられていたものも多くあったため、『王宮への返還』ということも、一応筋は通っている。
「それから学校に関してですが、問題なく、退学手続きが受理されていますよ」
「……」
一瞬、反応に困ったシンシア。
まるで責任者の言い分は、『すでに申請が行われており、それが正式に受理されているのかを確認するために、シンシアがここに訪れた』とでも言わんばかりの雰囲気である。
頭の回転が速いシンシアはそこまでわかったが……詳しい事情が見えない。
ただ、すぐに解決する問題ではないということと、不都合なことがないという点で、シンシアは頭の中を流れる疑問を一度鎮静化した。
「……わかりました。対応、ありがとうございます」
「いえいえ、またのご利用をお待ちしておりますよ」
胸にチラチラと視線を向けてくるものの、決して誘ってはこない責任者。
……まあ、シンシアは人気者だ。対して実力もないのに彼氏を気取っていたら、裏路地に連れ込まれてボコボコにされるだろう。
「それでは、失礼しました」
シンシアは役場から出て行った。
★
「……不都合なことはない。しかし、複雑なものですね」
顔を隠すことなく街中を歩くシンシア。
王都では『アステライトの金剛石』という通り名すら持つシンシアだが、ギフトネストまでその『顔』に対して詳細な情報が知れ渡っているわけではない。
それに、その通り名で呼ばれるようになったのは、王都の王立学院にいたときに、とある事情でメイクやファッションで自分の素質をフル開放したときに呼ばれたものだ。
言い換えれば『美しさにおいて今のシンシアは完全ではない』ため、アステライトの金剛石という存在を神聖視し、過剰な評価を抱いているものは、今のシンシアを見ても本人とは思わないだろう。
あと、『そんな有名人がこんなところにいるわけがない』という部分もあるだろう。
シンシア自身、ギフトネストに対して縁のない生活を送っている自覚がある。
(……『貴族としての私の財産』を処分し、学校にも退学手続きを取るつもりだった。そんなものは、フェルノ様に仕えるうえで必要ない)
救ってもらったという恩はあるが、それを超えていると言っていい『何か』がある様子のシンシア。
「フェルノ様は、『あの日』の事を覚えてないようですね……」
寂しい表情で呟くシンシア。
(仕えることはもう私の中で定めたこと、しかし……この数週間で、随分、多くのものを失いました)
そんなことを考えて、空を見上げるシンシア。
「……おや?そこにいるのはシンシアではないか」
聞いたことがある声が耳に入ってきた。
そのまま右から左に抜けて行ってもシンシアとしてはどうでもいいのだが、相手はそうは思わないだろう。
シンシアが振り向いた先では、赤髪の少年、アグロ・オーバーンが立っていた。
「アグロ様。お久しぶりですね」
「ああ。数週間前に学園であった日以来だ」
騎士団所属でありながら学校にも通っているアグロ。
忙しい生活かと思いきや、基本的に美食家である彼は食べてばっかりだ。まあ、一応騎士団の一員としてダンジョンにも潜るが、不在の事が多いので、こいつに肩入れする意味はない。
「しかし、ここで会うとは……心を癒すために旅に出ているという噂を聞いたのだが……」
(なるほど、そのように処理されているのですね……)
「一体この街に何の用で……この町は緑も少ないし、有名なのはあのダンジョン程度……」
ブツブツと考えているアグロ。
だが、何かに気が付いたようではっとした顔つきになる。
「なるほど……僕に会いに来たんだね」
シンシアは鳥肌が立った。
「このようなダンジョン以外に何もとりえのない町に訪れる理由などたった一つ。平民が一掃され、『新生精鋭部隊』として生まれ変わったチームの隊長を務める僕に会いに来た。これ以外にあり得ない!」
その闇雲な確信の根拠は何だ。
「フフフッ。君は相変わらずかわいい女性だ。私を追いかけてこんな町までやってくるなんてね」
お前遭遇率だけで言えば王都のほうが高いだろうが。
「私は君の期待に応えよう。シンシア、私のもとにくるんだ。君は貴族ではなくなってしまったが……私の側室に迎えよう。そして、騎士団においても私の側近にすることを約束する」
良い笑顔……ただし、フェルノのような愛嬌があるものではなく、魅力のある『物』が手に入る高揚感からくる笑みを浮かべて、アグロはシンシアに迫る。
「……お断りします」
「……はっ?」
断られると思っていなかった様子のアグロ。
とぼけたような表情になったアグロだが、現実を受け入れた表情にはならなかった。
「な、なにを言っているんだ?」
「あなたの側室にはなりませんし、騎士団に入るつもりはありません」
真正面から宣言するシンシア。
「私にも、やりたいことはあります。やるべきことはあります。ですが、それは貴方のそばに行くことではありません」
「ば、バカなことを!メンバーが一新され、さらなる功績を得る騎士団の精鋭部隊の隊長である、僕の誘いを断るなんて、そんなことはあり得ない!君のやりたいことは、僕に会うこと!そして君のやるべきことは、僕のそばにいることだ!」
衆目を気にせず、叫ぶアグロ。
ただ実際のところ、アグロは無能ではない。
オーバーン家が引き継いできた火属性魔法は圧倒的な火力を誇り、それは高難易度ダンジョンとされる『竜王の神殿・地下大迷宮』の深層であっても、空を舞うドラゴンの防御力を突き破るほどだ。
……地下大迷宮の特徴・悪意・厄介さが、近道を通る際に起こる『狂気的な地表』にあることは事実だが、それでも、ドラゴンは総じて防御力が高い。アグロに英雄の器があるかないかはともかく、『無能ではない』ことは事実。
しかし、シンシアには関係ない。
遠距離砲台を任せられる籠城戦において彼が強いことは理解している。会場が定まった決闘で彼が強いことは理解している。
しかし、フェルノへの『忠誠』には及ばない。
それだけのことだ。
ここで、ヒソヒソと周囲の声が大きくなってきた。
一通り叫んだのか、それを認識するアグロ。
「ぐっ……シーロカ騎士団の新生精鋭部隊は、深層の空を舞うドラゴンを焼き払い、英雄になるのだ!その時になって、僕に近づいても遅いぞ!」
「……」
シンシアが意見を変えることはない。
そもそも、アグロはフェルノが抜けた騎士団の精鋭部隊の隊長であり、フェルノをこき使ってきた立場だろう。
そして、『深層』で『空を飛ぶドラゴン』にしか、目線が向いていないようにも見える。
深層への道は長く、『近道』を使わないとなかなかたどり着けない場所。
だというのに、『空』しか見ていないとは……。
「チッ。後悔させてやる。覚えていろよ!この、没落した元貴族の平民め!」
吐き捨てるように言うと、アグロは去っていった。
シンシアが語った言葉は少なく、アグロが吐いた言葉は多い。
しかし、この場で勝ち負けが決められるのなら、いずれ誰もが、シンシアの勝利を認めるだろう。
騎士団は、今の精鋭部隊が深層へ至るための要となる、『圧倒的な地属性魔法の才能を持つフェルノ』を追い出した。
だが、一般常識を身に着けた様子もない。
彼はもう、戦う前から、『竜王の神殿』に負けている。
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