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シンシアの事情とフェルノの愚痴

 ダンジョンから出るために歩いているとき、シンシアは事情を語り始めた。


「まず、私のフルネームですが……シンシア・アステライトといいます」

「アステライト……あれ、伯爵家だよな。なんかニュースになってた気が……」

「没落しましたから」

「没落!?」


 急な重要ワードに驚くフェルノ。


「はい。アステライト伯爵家の長女でした。しかし、『銀の揺籃』のせいで、アステライト伯爵家は没落することになったのです」

「貴族家丸ごと狙うような連中だったか?結構個人を狙うと思うけど」

「……身内の恥をさらすようですが、アステライト家は、犯罪ギリギリのことを行う『悪』の貴族です。私はそれに反対していたので詳しい事情は知りませんが……裏の抗争で、父は負けたのです。不祥事の証拠がいくつも流出し、アステライト家に王宮から監査が入って、貴族としての地位を剥奪されることになりました」

「伯爵家が爵位剥奪……そういや、二週間くらい前かな。王都にいたことがあったけど、すごいニュースになってたな」


 王国の南西部に位置するギフトネストを本拠点とするシーロカ騎士団で雑用をしていたフェルノは、王都の事情に疎い。

 というか、それを気にするような時間がほぼなかった。


「でも、地位はなくなっても財産は残るよな。いったい何があったんだ?」

「爵位剥奪の次の日。両親は自宅で首をつっていました」

「えっ……」


 フェルノは驚いた。

 すさまじいほど展開が早いことと、もう一つ、両親の死を語るシンシアがすごく淡々としていることである。

 家族としての情はなかったのだろうか……。


「……正直に言いますと、私はあの家が嫌いでした」


 嫌悪を隠すことなく、シンシアは語る。


「父は悪事に手を染めて、政略結婚で嫁いできた母は普段、どこで何をしているのかはわかりません。私はこんな外見ですから、政略結婚に使われることが決められていました。ただ……民の事を考える家族のために動くのであれば、胸を張って『誇り』を語れます。しかし、私から見て、アステライト家はそうではありません」

「そうか……なんか淡々としてるっていうか……」

「未練がないから。ともいえるでしょう。アステライト家以外にも様々な貴族家を見てきました。しかし……ただただ、自らの懐を潤すために悪事に手を染めるものが多かったということもあります」

「未練がない。か……」


 元伯爵家でありながら、貴族というものを遠く、自分には関係のないものだという印象を持っているのは、本人が語るように未練がないからなのだろう。


「両親が死んだ日の夜。私は自室でとらわれることになりました。すぐに体を制御する首輪をはめられ、『裏』の競売にかけられたのです」

「なるほど……で、あの商人が落札したと」

「はい」

「こういうのもあれだけどさ。戦力と美貌を考えれば、金貨八百枚って少ない気が……」


 現実として、人間の価値が金額にすればどの程度なのかなどフェルノにはわからない。人身売買の現場に立ち入ったことがなかったからだ。

 ただし、高級娼館だと、一日金貨十枚が相場らしい。あまりにも人気で青天井になるのなら別だが、そういう相場だと聞いたことがある。

 八百枚は確かに大金ではあるが、高級娼館の八十日。大体二か月半といったところ。


 安いというつもりはない。だが、もっと高い金額がついていそうだが……。


「彼らは私が競売にかけられた会場に入るために、前金として相当使っていますからね」

「あ、なるほど」


 それを除いて八百枚ということなのだろう。


「王都では『アステライトの金剛石』などと言われますが……フフッ。いろいろなものを失ったものです」

「そうか……」


 とりあえず話を聞いたフェルノだが……。


 まず、シンシアが『無理をしている』ということに対して理解しつつ。頭でいろいろ考える。

 というか、無理をしているのが当然なのだ。

 シンシアの動きを見る限り、隙はほとんどない。そんな彼女を難なく誘拐したのは、あの銀の揺籃のおっさんだろう。

 そして、シンシアを攫ったあのおっさんは捕まっていないし、どこにいるのかもわからない。


 アステライトの金剛石と称される美貌の持ち主であるシンシアを性的な目で見る人間は多いだろうし、本当の意味で、『いつ、どこで攫われても不思議ではない』のだ。


 自分を難なく誘拐する技術を持った誰かが野放しになっていて、自分が十分誘拐される理由があるのに、恐怖しないわけがない。

 体は震えているし、時々、誰もいない後ろを確認している。


 その上で……。


「ま、これからいろいろやればいいんじゃないか?政略結婚をやらなくていいし、シンシア自身は強くて頭もいいんだろ?これからは自由なんだ。好きにやればいい」

「……そうですね」


 シンシアは微笑んだ。

 ただ、一つだけ、フェルノの中でモヤモヤしている部分があった。


(……あれ?アステライト家って、長男がいたような気がするんだが……記憶違いだったか?)


 フェルノの記憶ではシンシアに兄がいるのだが、シンシアの口からは全く出てこないので記憶違いかと首を振るフェルノ。


「フェルノ様」

「ん?」

「……私を仲間にしていただけませんか?」


 真面目な雰囲気で、真剣な声色で、シンシアはフェルノに聞いた。


「あれま。そりゃどうして?」

「そうですね……感謝しているから。ということでよろしいでしょうか」

「ありふれてるなぁ……」


 フェルノはシンシアの目を見る。

 好意的であることはわかる。感謝していることもわかる。

 ただ、そこに恋慕はない。純粋な尊敬と敬愛だろうか。そんなふうに見える。

 自らが恐怖する相手に対して優位に戦闘を行った男の傍にいることが、安全だという考えもあるだろう。


 そんなシンシアの目を見たフェルノは、ため息を内心で押さえつつ……。


「歓迎するよ。シンシアみたいに美人で強くて、俺が入ってた騎士団みたいにウザくない人は大歓迎だ」


 愛嬌のある良い笑顔でそういうフェルノ。

 それを聞いたシンシアは、フフッとほほ笑んだ。

 素直で裏表のないフェルノの意見。

 きっと……腹の中で何かをグツグツ煮込んでいるような貴族社会では見られないものだろう。


「あー……あとシンシアってさ。元貴族だけど、貴族に対して不信感まみれってことだよな」

「まあ、そうとも言えますね」

「じゃあ、俺の愚痴も聞いてくれよ~……俺が入ってた騎士団。貴族まみれだったけど本当にやばかったんだから」

「やばかったとは?」

「団長はオルレイド・グランザーム」

「……シーロカ騎士団?」

「その通り」


 団長の名前を出したら一発で分かってくれました。


「俺、初代団長のころから入ってるんだ。今は二代目だけどな。初代のころはよかったんだよ。男爵家の三男だったけど、平民に対して良い給料を出す人でな。まあバカだったけど実力はしっかりあって、戦闘中はよくものが見える人だった。ベテランの冒険者を自分の周りに固めて、『安定』ってことを追及してこのダンジョンに潜ってたよ」

「ええ、聞いたことはあります」

「だけど、二年前の『大戦』の影響でいろいろあってな……本当にいろいろあって、貴族家の三男である団長は政治的な戦いに負けまくったんだよ。今は地元の衛兵長になったんだっけ?で、今の二代目が『貴族至上主義』でね~……」

「そこから、平民軽視の方向にシフトしていったと」

「ああ。俺は最前線の精鋭部隊で雑用係をしてたけど、雑用係に対する予算がバンバン削られていくんだよ。俺の給料も急落した。ていうかあいつら何なん?『月給額と予算額がマイナスだからお前が金払え』って。真面目な顔で言ってきたぞ」

「嘘……」


 シンシアも愕然とした。

 今の団長は、侯爵家の次男。

 長男が領地を引き継いで、次男が騎士団の団長になったというわけだ。


 ……ちなみに、経費を全部フェルノが払っていたのだから、そのフェルノがいなくなったらどうなるかについて一応解説が必要だろう。


 そもそも、『フェルノが経費をすべて払っているのに、そのフェルノをなぜ追い出したのか』という疑問は当然あるはずだ。

 ただ、ここで詳しく書いても仕方がないので簡単に説明すると、


『フェルノに払えといった経理官はほぼ冗談のような言い方だったが、ストレスで感覚がマヒしていたフェルノは真面目に言われたと勘違いして実際にやってしまった。

しかし、貴族の巣窟である騎士団は権謀術数が盛んに行われており、金の動きや所在が複雑すぎて、フェルノが自腹を切っていることに気が付いていない。

本部には予算として用意されていた余った金貨が残ることになるが、経理担当が勝手に回収して、不正に担当官の懐に入った』


 というのが現状である。

 次から何か『大事故が起こりそう』だが、それはそれである。


「まあ、俺は地属性魔法の内職で金はあったから、それでそろえたけどな」

「……なぜ辞めなかったのですか?」

「初代との約束だ。私的な事象がめっちゃ絡んでるから詳しくは言えないけど、まあ、ギリギリまで残ってくれって言われたんだよ」

「はぁ……」


 唖然とするシンシア。

 というより、シンシアは『経営者じゃなくて構成員なのに、内職で稼いで本業で消えた』というフェルノの現状に対して意味不明なのである。


「最終的にあいつらは俺を追放したよ。『平民だから』が八割、『マジックバッグ入手で雑用が不要』『地属性は地味だし空中を攻撃できない』『給料泥棒』の三つで二割ってところかね?そんな理由で追い出されたんだよ」

「……月給がマイナスなのに『給料泥棒』って言ってきたんですか?」

「金の話は別の人がやってて、団長は単純に『平民を差別してる人』だからな」


 シンシアの顔が苦虫を嚙み潰したようなものになる。


「……一つ、聞いていいですか?」

「どうした?」

「今歩いている場所、『近道』ですよね。表層でも多少のすべりやすさがあるはず。しかも奇襲だって仕掛けてくるはずなのに、なぜ何も起こらないのですか?」


 シンシアが語るのは一般常識である。


「俺が頑丈で滑りにくい地面に作り変えてるからだ。初代の団長のころからやってた」

「そうですか……」


 魔法使いは魔力に関する認識力がそれ以外の人間よりも高い。

 水属性魔法を高レベルで扱うシンシアは認識力にも自信があったのだが、全く気が付かなかった。


 反射的に、素早く、正確に地面を作り変えるその手腕。


 ここで、シンシアは一つ気が付いた。


「質問ですが、『地中倉庫』と『地面の再構成』……今の騎士団の誰かに言っていますか?」

「ん?……いや、言ってないけど、でも、近道が滑りやすいってことや、地中から奇襲してくるのは一般常識だぞ。それに、地中でこんなでかい箱を動かしまくってたんだ。貴族は今まで継承してきた血統で強大な魔法を使えるが、それと同時に魔力感知能力が高いんだから、気が付いてるだろ」

「……」


 シンシアは絶句する。


 貴族はダンジョンにおける一般常識などほぼ理解していない。基本的に、『その場で戦うこと』に対して性能や価値観が特化しているからである。

 これは言い換えれば『決闘』や、防衛線での『砲台』としては優位だが、『冒険』では脆いのだ。

 基本的に部下に頼りきりであるが、その部下も、『自分より下の平民』がいるのなら押し付けるだろう。


 確かに、魔力の認識や感知の能力が常人よりも高いことは事実である。

 しかし、シンシアから見て、フェルノの魔力制御技術は圧倒的だ。近くにいても全く気が付かないほど。


(フェルノ様は、貴族の思想はともかく、戦闘力……いや、具体的に言えば『火力』に対して大きな偏見はない……しかし、どこかズレが……考えられる点としては、『初代団長がいたころの貴族出身のメンバーの実力が高かった』といったところでしょうか)


 どこにでも頭のおかしい性能をした人間はいる。シンシアだってそういわれるが、ギフトネストで君臨しているといえる騎士団に育て上げるとなれば、その勧誘する力だってすごかっただろう。


 それによって、フェルノの『一般的な貴族の性能』に対して誤解を生んでいるようだ。



 要点をまとめると、戦争や魔物氾濫(スタンピード)などで発揮すべき『指揮能力』を排除すれば、貴族のスペックは『場を整えられた決闘で勝つ能力』に優れている。


 フェルノはそのあたりの認識にズレがあるため、自分が使っている『運搬能力』と『地面の再構成』を普段からみんなが認識していると考えているのだ。

 地面の再構成だが、これはしっかりと地面をとらえることができる靴と、奇襲に備えて魔法を待機させておく技術があれば、『滑りやすい床』と『地中からの奇襲』に対する対応として代用は可能。


 荷物の運搬に関しては『亜空間収納』などの長特殊属性の魔法が必要になるが、騎士団のようにマジックバッグを手に入れることができれば解決できる。






 シンシアはやっと、『シーロカ騎士団』と『フェルノ』に関する『全貌』が見えた。


(なるほど、あと聞いておくべきことは……)


 シンシアが頭に思い浮かんだのは、自分を守ったあの魔法。


「私を守ったあのマグマの壁、あれは一体どういうことなのですか?」

「騎士団がストレスがすごい環境だってことは理解してもらえると思うが……なんかブチ切れたらマグマになった」


 謎が増えた。

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