ギルドに行ったら絡まれた。そりゃそうだ。
安宿にシンシアと泊まったフェルノ。
二人部屋のほうが安いから、から始まるシンシアの理論武装により、あの手この手でフェルノを言いくるめて泊まった。
納得した理由として、『無理をしている』シンシアの事情を考えれば、仕方のないことだというのもあるが。
ただ補足しておくことがあるならば、フェルノは地元では自分より小さい子供の面倒を見ていたし、騎士団の攻略準備の関係で美少女と絡むこともある。
フェルノは非童貞率0%のチェリーボーイだが、美少女慣れしているのである。
同じベッドで寝ようと提案するシンシアに対するフェルノの反応は、あくびをしながら『好きにしろ』である。
シンシアは、フェルノに対して最初から距離が近かった。
寝間着で布団に入ったシンシアは、最初は少しイタズラをするような気持ちで……未だ静まらない恐怖を抑えるように、フェルノにソロソロと近づいて行った。
(少しだけなら大丈夫だと思って一人で役所に行きましたが、まだ無理ですね。体の震えが止まりません)
そしてフェルノの体に触れたのだが、フェルノは反応はしたが特に驚くことも拒絶することもなかった。
もともと背を向けていたわけでもなく、普通に体を上に向けて寝ていたフェルノ。
シンシアはそんなフェルノに体を寄せて、フェルノの腕を抱きしめる。
腕を抱きしめられたフェルノだったが、どうしたものかと思いつつ、密着したことで、シンシアの体が震えているのだということを、よく理解した。
「……」
フェルノは自分の体をシンシアに向けつつ抱きしめる。
「!」
シンシアは驚いている。
ただ……シンシアは、フェルノの胸に自分の顔を押し付けた。
フェルノはシンシアがどんな人間か大体わかったので、頭をポンポンとたたいたり、背中をなでたりして寝かしつける。
やがてシンシアは、ゆっくりと目を閉じる。
いつしか、体の震えはとまって……
★
「……んっ、んんっ」
シンシアは久しぶりに、しっかりとよく寝た。
ずっと捕らわれの身で、体を制御されて満足に動くことすらできなかったのだ。
そこから解放されたことで、スヤスヤと寝ていたようである。
「あ、おはようシンシア。朝飯できてるぞ」
「えっ……」
ベッドに寝転んだ状態で振り向くシンシア。
そこでは、テーブルに『朝食』を用意したフェルノがいた。
それ相応に手のかかるものも並んでいるが、なんてことはないとばかりに普通に用意しているフェルノ。
「あ、ありがとうございます」
寝起きで頭がはっきりしなかったシンシアだが、ここまでされたら覚醒する。
どれくらいのレベルかというと、遅刻確定の時計の針を見た時のような感じ。だろうか。
「いいっていいって、仲間なんだし。普段から大量に作ってたから、これくらい普通だって」
朝っぱらから愛嬌のある笑みを浮かべてそういうフェルノ。
「は、はい……」
気持ちを持っていく場所に困ったシンシア。
彼女は水属性魔法の才能に恵まれ、剣も鍛錬し、学力と作法を常に磨いて、貴族社会に揉まれながら生きていた。
だが、どこか、フェルノにはかなわない。
一応年齢を出せば、フェルノは18歳、シンシアは16歳で、フェルノのほうが年上ではある。
彼は、思春期の子供っぽい部分は確かにある。昨日は散々愚痴を聞いた。
だが、強く、そして、誰かを安心させることに慣れているのだ。
どうということはない。
シンシアにとって、フェルノは思ったより大きくて……。
フェルノにとって、シンシアはただの、年下の女の子。
それだけのことである。
★
「さてと、俺はとりあえず新しい刀が必要なんだが……その前に、俺と活動するのなら冒険者ギルドに行ってギルドカードを作ったほうがいいな。シンシアは持ってるのか?」
「いえ、持っていませんよ。チーム申請をするために今日は作りに行く予定でした」
「それなら行こうか」
というわけで、フェルノと、フェルノの服を着たシンシアが一緒に冒険者ギルドに向かうことに。
安宿から出てくるのには適していないほどクオリティが浮いているシンシアの美貌。
その横にいるフェルノの容姿は平凡ではないものの、シンシアには劣っているというのは否めない。
しかし、フェルノがそれを気にしている様子はなさそうだ。
冒険者ギルドに入った。
中では様々な冒険者がテーブルで酒盛りをしたり、クエストを選んだりしている。
ただ、そこに男装の美女が出てきたことで雰囲気が丸ごとひっくり返ったかのような感じになっているが、まあそれは仕方がない。フェルノだって逆の立場ならそうなる。
見られる事に慣れているシンシアはそのままカウンターに向かう。
フェルノはその雰囲気を感じ取りつつ、シンシアについていった。
「い、いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか」
シンシアの美貌にあてられて緊張している受付嬢。
まだ新人さんだろうか。緑色の髪をショートカットにした低身長で小柄な少女で、ちょっとおどおどしている雰囲気がある。
「私の冒険者登録と、チーム結成の手続きを行いたいのです」
「は、はい……そのチームの方は……」
「俺だよ。申請に必要だからギルドカード渡しとくね」
フェルノは自分の……Fランク冒険者のカードを取り出してカウンターに提出した。
「わかりました。登録に際して必要事項があるので、記入をお願いします」
「はい」
シンシアは受付嬢から紙とペンを受け取った。
そのままきれいな字で記入していく。
フェルノのような『伝わることができればあとは速さを優先するんだよ!』と言わんばかりの文字とは大違いである。
まあ、普段から事後処理の書類を作りまくって郵送していたフェルノにとって、『奇麗な字』など求めている時間はなかったが。
「はい。ありがとうございます!ええと……では、フェルノさんとシンシアさんで、冒険者チームを作りますね!お二人ともFランクなので、チームのランクもFランクからになります!」
受付嬢がフェルノのランクを示した時だった。
「おい、待てよ」
テーブルで酒盛りをしていた冒険者が険悪な雰囲気で話しかけてくる。
「……何か?」
フェルノは視線を向ける程度だが、シンシアは顔を向けてその冒険者に聞く。
「ふざけんな。Fランク冒険者の仲間にするような安い女じゃねえよ。俺がもらってやる」
親指で自分を指し示しつつ、少し酔った表情でそういう冒険者の男。
(元伯爵家の令嬢相手に『もらってやる』って……知らないというのは怖い話だな)
フェルノは内心でハハッ……と乾いた笑いを漏らした。
「お断りします」
「ああっ?なんだよ。そんなFランクの雑魚より、俺と組むほうがいいに決まってんじゃねえか。なあお前ら」
彼のパーティーメンバーだろうか、二人の男性に同意を求める。
「ああ。俺たちがもらってやるよ!強い冒険者と一緒にいるべきだって!」
「お前みたいな雑魚とは釣り合わねえよ!それに、俺たちみたいな高ランクの冒険者のほうが、たくさん稼げるぜ!」
(リーダーと取り巻きで使う主語が違うな。リーダーはシンシアを仲間にした後独占する気満々じゃん)
リーダーは『俺がもらってやる』と言っているが、取り巻きは『俺たちがもらってやる』と言っている。
おそらく彼らがおこぼれをもらうことはないだろう。
ちなみに、高ランク冒険者のほうが稼げるのは確かなことである。
しかし、シンシアがフェルノの仲間になったのは、金が目的ではない。
将来的にフェルノの隣にいることで大金を手にすることあっても、本質はそこにはない。
「お断りします。金が目的ではありませんし……強い方と一緒にいるべきだというのなら、なおさらです」
「ああっ!?」
リーダーの男が椅子から立ち上がった。
筋骨隆々。鍛え上げられた肉体で、背に背負った剣も業物だ。
高ランク冒険者であることは間違っていないだろう。
「おいおい。俺のほうがそこのFランクの雑魚より弱いってのかぁ?なら決闘だ!おい、そこの坊主、俺が勝ったらその女はもらうぜ!」
「……」
面倒だな。と思ったフェルノ。
その面倒という感情が向いた先だが、この冒険者ではなく、シンシアに対してである。
「……わかったよ」
乗り気ではないフェルノ。
(あまりこういう……知り合いを軽く、賭けにするような勝負は好きじゃないんだがな……)
パーティーに華があったほうがいいと思うのは構わないし、自分の意志でパーティーに入りたいと望んできたものを迎え入れる方法に対して抵抗はない。
しかし、こういう『賭け』は好きではない。
それが許される場合、きっとよくないことが起こるからだ。
だが、中には『逆らうと面倒な相手』というものがいて、こちらがFランク冒険者で相手が酒が入った高ランク冒険者ともなれば、『理性的な話』はできない。
(傲慢で、権力を持った貴族が目につけた平民を攫っていくようなソレに似てるから、気分がよくないんだよねぇ。まぁ、受けたからには分からせますか)
面倒だと思いつつ、フェルノは受けることにした。
さすがに建物の中で暴れまわるわけにはいかないので、外で戦うことになったフェルノと冒険者の男。
一応刀を使うフェルノだが、現在は折れているため、ギルドから剣を借りることにした。
「ルールは確か、どちらかが降参するか、気絶するまでだったな」
剣で素振りをしつつ、ルールを確認するフェルノ。
男は酒が回っているのか、しっかりフェルノを見ているようには感じない。
「クククッ。身の程を知らねえ小僧には躾が必要だからなぁ。行くぞおらああああ!」
冒険者の男が剣を構えて突撃してくる。
(視野が狭いな……)
フェルノは右足を上げると、つま先で地面をトントンと叩く。
「ハッ!いったい何をやって……うおっ!」
地面から突起物のようなものが出てきて、それにつまずいた男は地面に転がった。
次の瞬間、男に向かってフェルノは左手を向ける。
それにいったい何があるのかを周囲が認識する前に、男の腕や足に地面から『枷』が出てきた。
「ぐおっ、なっ……なんだこれはっ……」
関節を狙ってはめられた枷。
そこを抑えられた冒険者は、困惑しながらも抜け出そうとするが、完全に固まった地面から体を抜くことはできない。
フェルノは歩いて行って、冒険者の顔に剣を突き付けた。
「俺の勝ちだな」
冒険者の男は自由に動けない。
フェルノは自由に動くことができる。
決着はついた。
……しかしそれは、『理性的な話ができる場合』だけである。
「う、うるせえっ!冒険者がこんなズルい手を使うんじゃねえ!卑怯だぞ!もう一度だ。もう一度やれば、絶対に俺が……」
激昂する男。
それに対してフェルノは、持っている剣を逆手に構えなおすと、冒険者の顔のすぐ横の地面に剣を突き立てる。
「ヒッ!……」
顔を青くして悲鳴を上げる。
それを見下ろしながら、つぶやくように、しかし冷酷に、フェルノは告げる。
「アンタの意識は『第二回戦』にあるのかもしれないが、まだ『第一回戦』は終わっていない。降参しないのなら、次はあてる」
男はフェルノを見上げた。
「~~っ!あっ、ああっ……」
フェルノと目が合う男。
フェルノの瞳に、鋭さはない。
だが、グツグツと、奥で何かが煮えたぎっているかのような。恐ろしい眼光。
それを見た男は、完全に血の気が引いた。
「……こ、降参する。俺が悪かった」
「酒は抜けたか。その様子なら普段から酒癖が悪いんだろ。これからは逆鱗に触れないように注意して飲んでくれ」
剣を抜いて、男に行った枷を魔法で引っ込ませる。
もうこの男に用はない。
フェルノは剣を鞘に納めると、そのまま冒険者ギルドの建物の中に消えていった。
そのままカウンターに行って、借りていた剣を置いた。
「剣、どうもです」
「あ、は、はい……」
小柄な受付嬢がちょっとビビっている。
種類はともかく、騒がしさという点であの手の騒動は冒険者ギルドなら日常茶飯事だろうが、新人さんなのかもしれない。対応に困っている様子もある。
「やはり、強いですね。フェルノ様」
「まあ。これくらいはな」
広範囲の地面に対して制御しなければ、騎士団が奥にたどり着くことはできないのだ。
それを普段から鍛えてきたフェルノは、この程度のことはできる。
「あ、あの、それでは、お二人でチームを登録するということで……」
「ええ、それでお願いします」
シンシアがまぶしい笑顔で受付嬢に話しかける。
小柄な受付嬢はそれだけで心が落ち着いた。
(……魔性の女)
そんな感想を抱いたフェルノであった。
「ふむ……二人とも、少し、話をさせてもらっていいかな?」
誰だろう。と思って振り向くフェルノ。
その先にいたのは、スーツを身にまとった短い黒髪の中年男性だ。
愛嬌のある笑みを浮かべて、フェルノたちに近づいた。
「……ギルドマスターが何の用なんだか」
フェルノは面倒が終わらないことに悲観しつつ、楽しそうな笑みを浮かべるシンシアのほうを見てあきらめることにした。
……フェルノは女性を安心させる才能はあっても、制御する力はないのである。
なんてこったい……。
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