Re-Build 03
「こっちこっち」
電気店の裏口には白いバンが停められており、その傍で薫は手を振りながら俺の事を呼んでいた。
「急げ急げ!」
車のシートに腰掛けると、運転手がバックミラー越しに「久しぶり」と話しかけてきたのだが、当然俺にはその人と面識を持っていたという記憶がなかった。
「イベントは大丈夫だったんですか?」
控え室で大泣きした彼女は笑顔を見せた後、手早く化粧を直しイベント会場へと戻っていった。イベント終了後に自分が知っている俺の事を教えてくれると言うので、場所を変えるべく彼女の車に乗り込んだ。
「社長がうまくフォロー入れてくれたし、いつもの調子で適当なこと言って誤魔化しちゃった。割りとみんな信じてくれたし、鬼気迫る演技がどうとかでドラマ出演の伏線じゃないかとか聞かれたりしてた。あはは」
隣に腰掛けた彼女は、その後のイベントの様子を武勇伝のように話し出した。
収拾がつかない状況に陥っていたはずの会場に彼女は戻ると、別人のような振る舞いで場の空気を建て直し、最後までやり遂げたと言う事だった。
プロアイドルの人心掌握スキルの凄まじさを見せ付けられたような気がした。
「それより待たせちゃってごめんね、退屈してたでしょ?」
「いやぁ別に…問題集持って来てたし…」
呆気に取られた顔をしながら彼女は大笑いをした。
「サイン会場に勉強アイテムを持ってくるなんて…、そういうところ全然変わってないよね。…いや、でもそれが広人君らしさだね。あはは」
「はあ…」
車はゆっくり走り出すと国道に出た。
薫は携帯端末をバッグから取り出すと、誰かと連絡を取り合っているようだった。
「フェーズ3了解、っと」
「何のことです?」
俺の問いかけに、彼女はふふっと笑った。
「今日が日曜で良かった。このあと仕事もないしね…あ、広人君時間大丈夫?」
「門限とかないしそんなに遅くならなければ問題ないですよ」
「そかそか、あっ…でも念のためシロニャン手を打ってもらおう」
「シロニャン?」
俺がそう言うと、彼女は少し悲しそうな顔をしたのだが、瞬く間に笑顔を作った。
「これも運命なんだよね。神様が私に与えた試練なんだよきっと、うんうん」
何を言っているのか理解不能。
「ん…待てよ…という事は…」
そんな調子の彼女を見ていると、時間が経っていくのを忘れてしまいそうだった。
アイドル本人を目の前にしていながら、不思議と緊張していない自分自身に驚きを感じていた。興味のないアイドルとは言っても、直接本人に会ってしまえば普通の男子ならばそのカリスマ性にもれなく侵され、即席ファンデビューをしてもおかしくはない。
「広人君」
「はい何でしょう?」
「胸見すぎだよ」
考えごとをしていたために、俺の視線はやや下を向いていた。当然そう思われても仕方なかった。
「いや、その……ごめんなさい」
「よろしい」
勝ち誇ったように彼女は言った。
「ちょっと質問いいかな?」
「どうぞ」
「ものすごく聞きづらい事なんだけど…」
今度は彼女は視線を下に向けていた。
「広人君……最近彼女とか出来ちゃったりしてないよね?」
「はあ?」
失礼な質問とは思ったものの、なぜそんな事を聞いてくるのかが不思議だった。
「いたらイベントなんかに来ていませんよ」
「そうか、そうだよね~って、イベントなんかってどういうことよ?」
「いやいや、別にそういう意味ではなくて…あのほら俺、今は勉強が忙しくて」
彼女は急に顔を曇らせた。
「…なんだかごめんなさい。こつ~んだね、これ」
「こつ~ん?」
どうも会話がかみ合わない。彼女の中には間違いなく俺についての記憶があるように思えたのだが、過去の俺は彼女とどういう関係にあったのかを一層知りたくなった。
止め処ない会話をするうちに、車は見慣れないマンションの駐車場に停まった。




