SEVEN 03
「確か法事は今年一回使った覚えがあるし…親族の不幸はありきたりよね」
リナとカナをリビングのソファに座らせた広人の母親はホットミルクを二人に勧めた後、リナの隣に腰掛け真顔でそうぶつぶつ呟いていた。
神妙な面持ちでリナが言った。
「病気はどうなりか?」
「あの子には小さいうちに色々なワクチンを接種させてるから、風邪以外の病気を考えるとなると……ねえ」
「インフルエンザは時期はずれだね」
病気の線を考え始めたカナは冷静に答えた。
「そうなりか…」
「例外もないとは言えないけど妙な噂も立ちかねないし」
「確かにウイルス関連は面倒そうね、診断書とかを学校に出さなきゃならないものは避けたいし」
だね~、とリナとカナは母親の言葉に相槌を打った。
「盲腸は?」
「小学生のうちに取っちゃったのよ。残念ながら」
「学校が違うからわからないかも…」
「そういうものなの?」
カナの発言に母親は関心を示した。
「ここはおシノさんに架空の仕事を作ってもらうとか!」
「無理。何より不正や嘘が嫌いな人だし……って」
「ヨーコさんは大丈夫なりか?」
「おシノさんとヨーコさんは付き合い長いんだし、今回の事も知ってて当然……」
激怒した咲岡の顔を想像したリナとカナは暫し凍りついた。
未だログアウトをせずに仮想空間に留まり続けている広人のことを亜紀から知らされた薫達三人は、迷惑とは知りながらも榊原家を訪れていた。
広人の母親は薫からの連絡を受けたときに、心配はないと言い彼女達の気遣いに礼を述べ、深夜に出歩くことは危険だからと諭したのだが、その直後に三人で訪ねられてはどうすることも出来なかった。夫が会社に呼び出され、安否の分からぬ状態にある広人と二人きりとなった母親にとって、薫達の常軌を逸した行動は大人として厳しく注意すべきことなのだが、自身の心情も察してくれた薫達に心から感謝していた。
広人の母親とリナカナ三人は、いつ目覚めるとも知れない彼の休学理由を、万が一のためにと不安を打ち消す意味をも含めて真剣に考えていた。
椅子に腰掛けた薫は机の上に置いてあるものを、ひとつひとつゆっくりと見ていった。
デスクトップPCのモニター、キーボード。ペン立てのシャープペンシル、ボールペン。問題集や参考書。必要なものだけが置かれているなか一際目立つ写真立て…初めてオフ会を開いたときに薫達のマンションで撮った写真が飾られていた。
…本人が分からない写真を飾ってどうすんだ。…あとでこっそり私だけが写った写真に取り替えておこう…それに気づいた彼はどんな顔をするんだろうか。
傍らにあるベットからは、横たわった広人の静かな呼吸音が聞こえてくる。
広人の部屋に入った瞬間、薫はすぐに彼の頭からDORSを外そうと手をかけたのだが出来なかった。
…彼はそれを望んでいない。
薫はそう思った。
必要と判断したからこそ彼はそこに留まることを選んだのだ。それを一時の感情で妨げてしまう権利などは誰にもない。今出来る最善の手段は、彼の目覚めを待つこと。
ふと薫は部屋の中を見渡し聞き耳を立てた。
リビングからは三人の声がするだけで、階段を上ってくるような足音は聞こえなかった。
おそるおそるベッドに腰をおろした薫は広人の隣に体を横たえた。
彼の左手を自分の右手でゆっくりと握ると、ほのかに彼の体温が伝わってきた。
…まだ聞いてない大事なことがたくさんあるんだから早く起きてよ!
無言でそう広人に不満を漏らしてから、薫は瞼をゆっくり閉じた。




