IMMORTALS 02
中央都市の転移石碑に移動した広人達は、アナウンスを聞いて集まりだしたプレイヤーの数に驚いた。
現実世界の早朝通勤ラッシュのような光景がそこにあったからだ。プレイヤー達は地下迷宮へとつながる入口はどこにあるのかとお互いに言葉を交わしていた。
萌木はその人ごみの隙間を縫ってスイスイと前に進んで行く。広人達は彼女の姿を見失わないよう声を掛け合いながら後を追った。
萌木の両隣に植野と亜紀が並び、その後ろにリナとカナが付き広人と薫はさらにその後となった。
アップデートと言うよりは天災に近かった。広人の目には未知なるエリアを目指す人々の表情が、期待に満ちているというより、この事態を引き起こした元凶の場所がどのようなものであるかを知ろうとする不安に取り巻かれているように見えた。
転移石碑から北に向かい噴水広場を抜け闘技場方向に萌木は進んでいた。
薫から萌木の事を聞いていた広人だったが、なぜこのタイミングで彼女が現れたのかということが気になった。アップデートのことを知っていたならば、事前に広人達へそれらしき話題を仄めかしたに違いないのだがそのような記憶などなかった。直前なって彼女は誰かに呼び出されたように思えた。
情報を公式サイトで確認するため或いは状況の静観を決めたプレイヤー達もいるらしく、ログアウトのために彼らが起こした光の柱が所々で見え始めた。
「そんなに急ぐことなのかな?」
広人の隣で薫は首を傾げながらそう言った。
「ゲームなんだし、今すぐ見に行く必要なんてあるのかな?」
「確かにそうだよね」
彼女の言葉に広人は同意した。
「明日からじっくり時間をかけて遊んだほうがいいよね。みんな予定とかあるんだし」
薫はうんうんと頷いた。
夏休みに海外イベントがありその前には新曲のPV収録などもあった。広人と三人娘はその準備のためにマグナを利用していた。純粋にゲームを楽しもうとするプレイヤーならばともかく、自分達にはそれほど急ぐ気持ちもなければ理由などもない。
カナとリナは萌木の後ろにつき、彼女に盛んに声をかけ質問を浴びせかけていた。広人は耳を澄ませてみたが、雑音や周りのプレイヤーの会話のために聞き取ることが出来なかった。
人々の流れは次第に緩やかになり、闘技場の前で大きな淀みを作っていた。
数分前空から中央都市に落ちた光の筋は、どこかに大きな穴が空けたのではないかと広人は想像していたが、移動中に見回した都市の景観に異常は見られなかった。
闘技場には正面入口の右横に地下闘技場へと通じる階段があった。地下闘技場はこれまでクエスト消化のために利用されていた場所であり、閉ざされた門の前に案内役のNPCが一人立っているだけだった。今はその扉が開かれ、中へと進むプレイヤー達の姿が見て取れた。
「地下に入ったら迷宮エリアの拠点都市に辿り付くまで、他の場所への移動は出来ないらしい。万一HPがなくなった場合、迷宮エリアのスタート地点に戻されるみたい」
カナは広人と薫に近づきそう話した。思わず広人と薫は顔を見合わせた。
「移動アイテムとか使えないの?」
「そうみたい」
「それってどういう事なんだ?」
「地下に入ると現実世界の地下水道みたいな所が続いて、その先の出口が拠点都市に通じているという話しを聞いた」
時間が経つにつれ周囲のプレイヤー達の大半が戻り始めた。時間的に余裕がないのか翌日から仕切り直す決意を固めたようだった。
「明日じゃダメなの?」
カナは薫にそう言われると珍しく困ったように眉をひそめた。
「ヨーコさんに聞いたけど、地下に降りたら説明する、の一点張りなんだよね」
理由を聞くには進む以外の選択肢はないようだった。迷う時間が無駄に思えた広人は、カナと一緒に薫を説得したあと地下闘技場の中へと進んだ。
扉から中に入ると、赤いレンガ作りの細い道がオレンジ色のロウソクの光に照らされ真っ直ぐに続いていた。中は肌寒く地下水が滲み出しているのか時折水滴の落ちる音が聞こえた。
道を抜けた先には学校の教室ほどのスペースがあり、その中央には紫色のローブを着た魔道士仕様のNPCが立っていた。その足元には大きさが八畳ほどもあろうかという魔法陣が白色で描かれていた。
広人達の先を進んでいたプレイヤーは、次々とNPCに話しかけると魔法陣の中央に立ち、白い光に身を包まれながら移動を開始していた。
広人達はまとまって魔法陣の中に立った。パーティーを組んだ場合はリーダーがNPCに話しかけるだけで移動が出来るという仕組みになっていた。
「それでは参るのです」
萌木はそう言うとNPCに話しかけた。
普段はIDに行くとなると、テンションが高めになり途切れることなく話し続けるリナと亜紀が緊張しているのか押し黙っていた。植野はライオン顔のため表情から様子を汲み取ることが出来なかった。薫はカナに不安な自分の気持ちを小声で伝えていた。
やがて足元から白い光の筋が現れたかと思うと視界が次第に薄れていった。
苔むした巨大なレンガ作りの壁が目に止まった。辺りを見回すとこれまでのIDやエリアとは異なり、広大な空間が広がっていた。周囲を照らし出す松明は高さが10メートル程もあり、巨大なモニュメントにも見えた。その周りには疲弊し困惑したプレイヤー達が座り込み、あてもなく視線を彷徨わせていた。遠くからは地響きのような音が不規則に聞こえてくる。
「マップがバグってる!」
薫の声に広人は即座に手を振りマップウインドウを開いてみた。
マップは黒一色のみとなり、自分たちがいる場所すら表示されていなかった。
萌木は皆を集めると先に立ち歩き始めた。
誰しもが彼女の説明を待っていたのだが、他のプレイヤーがいない場所に移動してから話を始めると言うと、皆の反応を待たずに足早に進み始めた。
巨大なレンガの道を進むと、ギリシャの古代建築物のような大きな柱が所々に見え始めた。
「小人になった気分なり!」
「うんうん!」
リナと亜紀は身軽に飛び跳ねながらキョロキョロと辺りを見回していた。
「離れると危険なので一緒に移動するのです」
時折クンクンと臭いを嗅ぐような仕草をしながら萌木はそう言った。リナと亜紀は慌てて仲間の近くに引き返してきた。
ズシン!と大きな足音がしたかと思うと、萌木は立ち止まるように皆に指示を出した。やがて左側の壁には大きな人型の手が見えた。高さ8メートルほどの位置にあったその手の横から巨大な顔が現れた。
「でかっ!」
薫は思わず両手を口に当てていた。耳に圧力を感じるかのような咆哮が鳴り響き、身長10メートルはありそうな巨人が広人達の前に立ちはだかった。
灰色の皮膚に一つ目の巨人は、股間部分を白い褌のようなもので覆い手には両手斧を持っていた。
「ボスモンスターではないので、そう心配しなくでも大丈夫なのです」
萌木にそうは言われたものの、大きさがこれまでのモンスターの比ではない。
「植野っち!」
青い体に軽鎧をまとった植野は両手斧を装備し、巨人に向かって駆け出した。
巨人は高々と両手斧を振り上げると、思いのほか遅い動きで振り下ろした。レンガの地面に亀裂が走り細かい破片が飛び散った。
植野は腰を低く屈めると勢いをつけて飛び上がった。空中で体を回転させながら握った両手斧の刃先を巨人の後頭部目掛けて打ち付けた。その衝撃で巨人は地に膝を付き、叫び声を上げた。
「意外に弱い?」
カナがそう言うと萌木は頷く仕草を見せた。
様子を伺っていた広人達は、意を決すると愛用の武器を手に巨人へと駆け出して行った。




