AZURE EYES CAROL 07
薫とリナカナは母親同士が友人だったこともあり、物心ついた時から時間を共にする機会が多かった。 三人揃ってダンス教室に通い始めたのは、本人達の意志ではなく子供の将来を期待した親心によるものだった。同じ年頃の子供達が何らかの習い事をしていたため、当人達はそれがごく普通の事だと思っていた。年に一度の発表会の他、イベントやオーディションに参加するため、彼女達は学校が終わるなりダンス教室に向かい夜遅くまで練習を続けた。いつの間にかそれが彼女達の日常となり、同年代の女子とは違う道を歩むことになっていた。
中学に入るとダンス教室側の勧めにより、三人はファッション誌の読者コーナーへ応募するようになった。半ば遊び気分だったが彼女達を目に止めた咲岡と出会うことで、漠然としていた自分達の将来について考え始めるようになった。
三人で今しか出来ないことを長く続けたい。それが彼女達の共通した目的であり願いだった。各々が明確な目標を決めた上で、可能な限り一緒である時間を過ごすこと。アイドルやモデルとして活躍できる期間など長い人生から見ればわずかなものである。それだけに彼女達は時間を大切にしたいと思っていた。ゆえに普通の女子が経験する人生の最も多感な時期における様々なイベントを犠牲にすることとなっていた。
ベッドに寝転がった薫は、現実の正体を知らない人物に好意を抱くこと自体、感情があまりにも先走りすぎているような気もしたし、現実で出会う機会についての保証など全くないことなのだと考え始めた。リナとカナに自分の異変を感づかれ思わず動揺してしまったが、この先どういう展開を迎えるかなど予想も出来ない。
…勝手に一人で盛り上がってもね…。
ようやく「お受験ウサギ」とは知り合えたばかりなのだし事を急いでも仕方がない。
…とりあえず二人と彼を会わせておかないと。それから考えよう…。
薫はゆっくり瞳を閉じた。
「キミは誰?」
中央都市の宿屋の一室で、「お受験ウサギ」に詰め寄るようにリナとカナは質問を投げかけた。
「紹介するタイミングが遅れちゃったけど、彼がこの間知り合ったばかりの人だよ」
一度薫へ視線を向けたものの、二人は再び「お受験ウサギ」へと向き直った。
あらかじめ彼の事を伝えていたのだが二人の反応は薫の予想と違っていた。人見知りな二人ならば少し距離を置いて相手との接触を図るのではないかと思っていたからである。
「高校生?」
カナは彼に聞いた。
いきなりリアルネタを切り出された薫は焦った。初対面の人に対して失礼な事ではないかと思いながらも、少なからず彼がどう答えてくるのかも気になった。
「高校一年ですけど…みなさん年上ですか?」
彼は動揺することなくそう聞き返してきた。アバターだけでは中味の人間の素性など分かるはずもない。年齢はおろか性別についてもだ。むしろ隠したとしても不思議な事ではない。
「失礼なり!」
リナの言葉に「あ」と声に出して薫とカナは驚いた。
その反応は相手に二つの情報を与えているに等しい。ひとつは年齢が彼と同級以下であること、もうひとつは年齢を聞かれた場合にそうした態度を示すのはある意味女子の特権であるからだ。
リナは自らの言葉の意味を悟ったのか、横を向くなり口笛を吹き始めた。
「ちょっと緊張してたんですよ。同じくらいの人達で良かった」
「そうなの?」
アバターの表情からは読み取ることが出来なかったが、彼も人見知りのところがあるようだった。
「恥ずかしい話ですけど、俺、親に進められてマグナを始めたんですが、人付き合いとかちょっと苦手で今までほとんどソロばっかりやってたんですよ」
気まずそうな顔をしながら彼はそう言った。
「変わった名前ですのう!」
先程のフライングを早くも忘れたのか、リナはつい言葉を漏らした。
「あ、これですか。…ゲームする時間が限られているので、それを相手にアピールするつもりで付けたんですよ。パーティーとかに入っても長い時間組んでいられないんで、てっとり早く分かってもらえるんじゃないかって勝手に思ってましたが…」
プレイヤーの中にはあえて自己誇示のために特殊なネーミングを使う人もいるのだが、彼の場合それとは違ったようだ。
「フレとかいないの?」
カナの質問に薫は内心穏やかではなかった。リナとカナが初対面の人に率直すぎる質問ばかりを投げかけているからだ。普段の二人ならば始終聞き手側に回るはずだが、いつもとは少し違っていた。
「今のところユナさんと防具屋さんの二人だけです」
気分を害する様子など見せることなく彼は質問に答えた。よほどの鈍感か心の広い人なのだろうと薫は思った。
「一日のログイン時間はどれくらい?」
「午後9時から11時くらいまでかな」
「フレ以外の固定パーティーとかは?」
「ないです」
「ギルドに誘われたりは?」
「それもないです」
「他にゲームとかしてる?」
「マグナだけですね」
「好きなアイドルは?」
「アイドルとかよく知らないんですけど」
一方的にカナが質問を続けたが、彼は疑問に思うことなく答えていった。
「うどんとそばはどっちが好き?」
「うどんですね」
「色は何が好き?」
「黒かな」
「ねこ好き?」
「嫌いじゃないです」
何を聞いているんだ…と薫は思ったが、自分の知らない彼の事を知ることが出来たのでそのまま放置することにした。
ふむ、とカナは言ったあと薫とリナを部屋の隅に呼び寄せた。
「悪い人ではないと見た!」
…いまさらか…。
リナに思わずツッコミを入れそうになった薫は辛うじてそれを抑えた。
「面白い」
カナはそう言ってからリナと共に「お受験ウサギ」の前に歩み寄った。
「これからもよろしくお願いします!」
「あ、いやこちらこそ」
三人の様子を見ていた薫は、はぁ~と安堵の息を吐いた。
余計な心配をするんじゃなかったと思いながら、心のどこかにチクリと痛みを感じた。




