AZURE EYES CAROL 05
「マグナってずっとソロで出来るものなの?」
ある疑問を抱いた薫は萌木に質問をしてみた。カップラーメンでも食べているのか電話の奥で時折ずず~っと音を立てながら萌木は薫の問いに答えた。
「レベル上げだけなら可能なのです。ただきちんと育てるあるいは効率を考えるとソロ中心の人でもパーティーに参加したほうが良い場合もあるのです。具体的に言いますと良質な装備を揃えるためにはインスタンスダンジョンに通わなくてはなりません。そのほとんどがパーティー専用なのですよ。効率という点ではクエスト関連で報酬がスキルであるもの。対象モンスターを狩るだけなのですが、討伐数が多過ぎることと狩場が限定されていることから、下手をすればソロ消化で一週間くらいかかるものもあるのですよ」
萌木に礼を言って電話を切ると、薫は以前彼女から受け取った紙の束に目を通し始めた。書かれた内容については萌木から何度か説明を受けていたものの、数値や記号部分については結局理解出来ていなかったが、クエスト関連については細かい日本語の注釈が付いていたため読み解くことが出来ていた。その中から薫はスキル報酬のクエストを絞り込んだ。
薫は「お受験ウサギ」を捕まえる方法としてクエスト消化のための野良パーティーに参加し、彼をそこで待つ案を思いついた。これならば彼と確実に接触を図ることが出来る。そう考えるに至った理由として、「お受験ウサギ」は当人がつけた名前の如く常に走っていたため、なかなか声が届く範囲まで追いかけることが不可能に近かったからだ。彼を一人で待ち伏せる時間も取りにくくなっていたことから、薫はリナとカナに自分の腕を磨くという口実を作り、野良パーティーに参加してみたいとの意志を伝えた。
人見知りの強い薫が野良パーティーに参加するということ自体、相当の覚悟と勇気が必要になるのだが、彼と話をしたいという気持ちがそれを上回っていた。
問題は彼がクエスト消化のために野良パーティーに参加するかどうかという所だったが、ここ数日の間、特定の狩場で彼の姿を見かけることが多くなっていたため、明らかに彼が野良パーティー募集に参加する意志を持っていることが分かっていた。あとは彼が募集主のところに向かったタイミングで、同じパーティーに参加するだけとなった。
午後8時半。
薫はマグナスキルオンラインにログインをすると、目的の狩場近くでパーティー募集のチェックをしていた。時間的にプレイヤーの数が増加しているためか、募集の声が上がると瞬く間に参加者が集まり、締め切りの旨が伝えられた。その前日、薫は「お受験ウサギ」が狩場に現れたと同時に野良募集に参加したのだが、タイミングが早すぎたのか彼は別のパーティーに加わっていた。その反省を踏まえ、薫は先に野良パーティーに参加してから募集主に彼を誘ってもらうことにした。
口数の多い募集主だったが、前日も自分のパーティー募集に加わっていた薫のことを思い出すと、すんなり薫の希望を聞き入れ人員枠をひとつ空けた状態で募集を続けてくれた。薫の知人と勝手に勘違いしたようだった。
狩り場に「お受験ウサギ」が現れると、募集主は直接彼に誘いをかけた。
会話する二人の姿を見ながら、薫は心の中で必死で祈りを捧げた。
…どうか断られませんように………。
「それじゃ場所移動しますか」
募集主がそういうとパーティーメンバーウインドウに「お受験ウサギ」の名前が加わった。
「よろしくお願いします」
パーティーメンバーの前に立った彼は深々と一礼をした。
………………きた!
薫は募集主と肩を並べ自分の前を通り過ぎて行く彼の後についていった。
胸の動悸が張り裂けんばかりに激しくなり、鏡を見ずとも自分の顔が紅潮している事が分かった。
「他に用事が出来たら遠慮なく言ってね。まったりペースで狩りするから」
募集主がそう言うと「お受験ウサギ」は自らモンスターを連れてくる役を引き受けていた。
…ここからどうしよう…。
狙い通りに「お受験ウサギ」と同じパーティーになったものの、薫はそこから先のことを考えていなかった。
…直接会話したら変に思われるかな。私のこと覚えてないみたいだし。
規則正しいペースを保ちながらモンスターを引き連れてくる彼の姿を見ながら、薫は様々な案を頭の中で巡らせていた。
…でもせっかくのチャンスを逃したら、今まで頑張った意味がなくなっちゃう。
募集主とその友人らしきプレイヤーが止め処なく会話を続けているなか、薫は焦りを感じていた。
…迷ってる場合じゃない。…やばっ回復遅れた!
牛人型モンスターからの攻撃を受けた「お受験ウサギ」のHPゲージが大きく減少したが、回復アイテムを使ったのか彼のゲージはすぐに元通りになった。
…余計なことを考えるからこうなるんだ。ちゃんと仕事しないと地雷扱いされてしまう。
そうは思っても、薫はなかなか回復に集中出来なかった。
…もたもたしていると、彼がパーティー抜けちゃうかも知れないし…。わー困った!
狩りを始めて十数分後、薫は「お受験ウサギ」の様子が少し変化したように感じた。
自分の事ばかりに夢中になりすぎて、パーティーメンバーの会話はほとんど薫の耳に届いていなかった。彼は募集主の方を時折見ては、小さなため息をついている様な仕草をしていた。
…昨日もそうだったけど、よくしゃべるなこの人達…。というか普通の人だと嫌になっちゃうよね…愚痴みたいなことばっかり言ってるし。…ってまさか彼もそう思ってるのかな…いや、そうに違いない。…ってことは…。
薫は大きく息を吸い込むと、「お受験ウサギ」の背中に意識を集中した。
…がんばれ薫!
『この人達いつもこうなんだよね』
何このとんでもない話の切り出し方はと、直接会話を彼に送った後で薫は思った。
『そうなんですか…』
彼からの反応は予想外だった。いきなり他人を悪く言うことなど失礼極まりないことであり、否定的な返事が来るのではないかと思っていたからだ。
…募集主には悪いけど、このまま話を続けちゃおう…。
『うん、わりと有名になってたりするよ』
…最低だ…彼を誘ってくれた人をダシに使うなんて酷すぎる…。
『確かに、普通の人だとさすがに…』
募集主達の会話に辟易していたのか、彼はそう答えた。
極度の興奮状態にあった薫は、どうにかして彼を引き止めたいという気持ちで精一杯だった。
『このあとキミはどうするの?』
…これってナンパじゃないか!しかも微妙に上から目線だし。落ち着け…落ち着くのだ…。
『適当に他のクエ終わらせようかなと』
薫の予想通り彼はパーティーから抜けることを考え始めていた。
『もしよかったら、この後IDに行ってみない?時間があればだけど』
…うわっ、何言ってんの。も~最悪!ってかIDそんなに知らないし…。
冷静になろうとすればするほど、口から出る言葉は明らかに自分の本意とはかけ離れていった。
…二人っきりになってどうする。話すことなんてそんなにないじゃないか。
『正直、足でまといになりますよ、オレ』
…それはこっちの台詞なんですけど…。
『始めはみんなそうだよ。でもキミなら大丈夫だと思うし』
…ありえない…。助けてもらった人に対して何このあからさまに横柄な発言は…。
しばらくの間を置いたあと彼はこう言った。
『…お言葉に甘えようかな』
それから15分ほどで「お受験ウサギ」と薫はパーティーを抜けた。




