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AZURE EYES CAROL 02

「確かに乙女仕様とは言えないのです。マグナは」

 事務所の専用デスク座った萌木は梅昆布茶をひと口啜るとそう言った。

「でしょ」

 土曜の午後、スケジュール確認のため学校から事務所に向かった薫は、萌木の隣に座り彼女にマグナでの愚痴を漏らしていた。薫の話を聞きながら萌木は芋ようかんを包み紙ごと真っ二つに切り、片方を薫に勧めてきた。周囲に他の人がいないことを確認してから、薫はあんぐりと芋ようかんにかじりついた。

「VRMMOは進化しすぎたのです。開発競争のなせる業なのですがリアル志向が強すぎなのです」

 カナがPV用のコンセプトデザイン作りのためにしばらくマグナを休むことになり、その代役として萌木が薫のサポートを引き受けることになっていた。萌木は背丈が小さすぎて椅子に腰掛けると床に両足がつかず常にぶらぶらさせていた。外見は薫と並べば明らかに年下と思われそうだが、幼い口調とは裏腹な大人の物言いは確かに年長者のものであった。薫にとって萌木は数少ない理解者の一人で、姉というよりは学校の先生のような存在だった。

 事務所の彼女専用デスクにはPCモニターが3台置かれており、モニターには常に無数のウインドウが開かれていた。薫は一度それらについて萌木に聞いたことがあるのだが一方的に専門用語を並べ立てられたため理解出来ておらず、未だに彼女が何をしているのかよく知らない。

「マグナの開発チームには大学の先輩がいるので、ゲームに役立つ情報をある程度探ることも出来ますよ。先輩の思考パターンはわかりやすいのです」

 萌木は事務所で働く前は大学卒業後ゲーム制作会社に勤めていた。カナから咲岡が直接彼女をスカウトしてきたような話を聞いていたが、当の本人の話では睡眠時間が充分に取れないことと、希望する部門への異動を会社側が聞き入れてくれなかったことが辞めた原因だったらしい。

「カナっちの考えは把握済みなのです。ファンタジー世界の楽しさを薫さんが理解すれば、お仕事の面で大きなメリットになることは間違いないのです」

 そう言うと萌木はA4サイズの紙の束を薫に手渡した。その厚さは週間コミック雑誌一冊分に相当していた。募らせていた不満を解消できたと思った矢先に新たなる試練の到来。好きな仕事を続けるにはそれなりの代償というものがあるのだが、今回の場合それが目に見えるものだっただけに、薫はがっくりと肩を落とした。

「キャラクターの育成や攻略についてまとめておいたのです。暇なときに読んでおくのです。午後八時にマグナの首都中央にある噴水広場でお待ちしているのです」

 そう言うと萌木は梅昆布茶を啜り、ぷは~と息を吐いた。


 マンションの自室に戻った薫は制服のままベッドに倒れ込んだ。バッグの中から萌木にもらった用紙のうち数枚を抜き取るとざっと目を通してみる。意味不明な記号と数字の羅列がびっしり書き込まれ、所々に日本語で説明が付け加えてある。ゲーム攻略ガイドとは程遠く、プログラムデータの写しのようなものだった。

「さ~~~~~~~っぱりわからん!」

 声に出して叫んだあと、薫は枕の隣に置いたファッション雑誌を手に取り、ネイル関連の記事を眺めながら、はぁとため息をついた。薫の通う女子高は特に服装関連への規律が厳しくアイドルであっても学校内では特例が認められていない。

…早く卒業したいな。

 子供の頃からの夢であったアイドルになれたはよいものの、現実では思いのほか制約が多すぎ窮屈な生活を強いられていた。それに加えてVRMMOという未知なる世界への誘い。

…VRMMOってリアルすぎて気持ち悪いの多いしおっかないし疲れるし…あんなのどこが面白いんだろ?本当に好きでやっている人って何考えてるのかな?第一私がやる意味なんてないじゃん、カナが頑張ればいいだけだし。

 自分の意志で始めたことではなかっただけに、VRMMOの事となると否定的な考えばかりが浮かんできた。仕事に必要だからとは言っても、薫は普通のプレイヤーと同じことをするとは思っていなかった。

…でも可愛いのいたな…。あそこでなきゃ会えないし、現実だったら捕まえるの大変だけど、逃げないし温かかいし変な匂いしないし。別な所にも違うのいそうだし、一人じゃ行けないし…。

 現実世界では決して対面することのない生命体がVRMMOには数多く存在していたことが、薫にとって救いといえば救いであった。

 長い付き合いであるカナの選択はこれまで間違いと思えることがなかっただけに、不満はあるものの結果的には自分の成長につながる意味があるに違いない。薫はそう考えることにした。

 机の上にあるウサギの目覚まし時計を見ると、時刻は午後6時半を過ぎていた。

 リナとカナはまだ帰っていなかったので、キッチンに向かった薫は三人分のナポリタンスパゲッティを作り、二人分を皿に取り分けるとラップをかけ冷蔵庫に入れた。メールで二人にその旨を伝えるとほどなく了解との返信が入った。

「悩むより慣れよう!」

 一人で食事をとった薫はシャワーを浴びたあと、パジャマに着替えてベッドに横になった。

「楽しみを見つければいいんだ」

 目を閉じた薫はDORSの起動スイッチを押した。


 中央都市の噴水広場に薫が向かうと、異様に目立つ二つの影が見て取れた。

「植野っちにもお手伝いをお願いしたのです」

 うちの事務所は暇なのか…と薫は思ったが、咲岡の指示という可能性もあり得た。

「キャラメイクでそんなことが出来るんだ」

 初めて見る萌木のキャラクターには大きな耳とシッポがついていた。

「種族を選択すれば可能なのです。ちなみにケットシーと呼ばれているのです」

 焦っていたのと面倒だったという二つの理由から、まともにキャラメイク画面を見ていなかった薫は少し後悔をした。

「課金アイテムで外見変更も出来ますから、気分で変えちゃうのも有りなのです」

 萌木のキャラ名は「ヨーコ」。その隣に立つ植野のキャラ名は「シュワマッスル」。

 設定できる最大身長にしているのか、植野のキャラは背丈が2m半程もあった。全身の肌色が青い上に顔がライオンであったため通り過ぎる人々の注目の的になっていた。ライカンと呼ばれる獣人種族ということだった。

 萌木はパーティプレイでの役割について説明を始めた。MMOではソロでも楽しむ事は可能なのだが、パーティーこそMMOの醍醐味のひとつなのだと言っていた。立ち回りについて簡単なレクチャーのあと、場所を移動して実践ということになった。

 カナのスパルタ教育のおかげで薫のLVは15になっていたのだが、萌木と植野もすでに15になっていた。カナの手回しの良さに薫はお見事としか言えなかった。

 中央都市の東部に位置する「ゲベル」は日本の初夏をイメージしたエリアで、新緑の葉を蓄えた木々が生い茂り、時折涼しげな風が流れていた。パーティー用のインスタンスダンジョンは存在していたが、そこに移動した薫たちはフィールドを中心にレベル上げを行った。

 戦闘では植野が盾役になり、薫が回復係を担当し萌木が魔法攻撃を仕掛けた。

 初めは回復魔法ばかりを使っていた薫だったが、慣れてきたあたりで萌木は魔法攻撃に参加するように言うとタイミングを計っては指示を出し始めた。

 エリアのモンスターは狼系や熊系といった現実世界に存在するものばかりだったので、薫はそれほど恐怖を感じることがなかった。萌木と植野の援護の上手さもあったが、何より植野の体が大きすぎたためモンスターの姿が見えにくかったからだ。

「この辺に可愛い系はいないのかな?」

 狩りがひと区切りついたところで薫が質問すると萌木はエリアマップを開き目印を書き込んでいた。

「好みにもよりますが、私のオススメはそこにいるのです」

 二人を誘ってみたが明日は早くから仕事があるため時間的に難しいと言われ、薫は一人でその場所に向かうことになった。別れる間際に萌木は薫に移動アイテムを手渡すと、明日のログイン時間を伝えてきた。

「無理は禁物なのです。いざとなったら逃げちゃうのです」

「ゲームだし本当に死んじゃうわけでもないから大丈夫!」

 瞬間移動スキルを使用した二人を見送ったあと薫は「よし!」と気合を入れ、目的の場所に向かい歩を進めた。幸いモンスター達は少し道から離れた場所にいたので一人でも無事にたどり着けそうだった。

 ゲームを楽しむ事の一つとして、薫は可愛いモンスター探しをすることにした。

「何系か聞いておくんだった」

 歩きながらモンスターの姿を薫は想像してみた。狼や熊といった周囲のモンスターから判断すると、種別分布として北米がイメージされた。その中で可愛いものとなればアライグマ似のものではないかと推察してみる。現実世界の動物園では檻やガラスで遮られ、直接触ることが出来なかった。灰色の毛並みはどんな手触りなのだろうかと考えている薫の耳に誰かの叫び声が聞こえた。

「逃げて~!」

 声のする方向を振り向くと、巨大な熊に追われた男性プレイヤーの姿が見えた。

「こっちに来られても困ります!」

 恐怖に引きつった顔で全力疾走をするそのプレイヤーに薫の声が届くわけもなかった。

 プレイヤーのHPゲージが残り20%ほどだったので、回復してやれば何とかするだろうと薫は思い、そのプレイヤーに回復魔法をかけた。が、予想に反してそのプレイヤーは走る速度を緩めることなく薫の傍を走り抜けていった。回復魔法により敵対値が上がっていたため、巨大熊の標的は薫に切り替わり血走った赤い瞳がぎょろりと薫に向けられた。追われていたプレイヤーとの比較ではその体長は3メートルをゆうに超えていた。

「うそ!」

 人に裏切られたショックよりも、回復魔法をかけるより先に逃げるべきだったと薫は自身の選択を悔いていた。足がすくんでいるのか思うように体が動かず全身に震えが走った。

…もうやだ!

 不意に薫の背後に別のプレイヤーの存在が感じられたかと思うと、黒い人影が薫の前に立ちはだかった。

「食い止めるからその間に逃げちゃって」

 ひと言そう薫に告げると、そのプレイヤーは両手剣を構え動じることなく巨大熊目指して駆け出した。

「え?…あ、はい」

 スキル選択で瞬間移動を実行した薫は、薄れゆく視界の中で彼の名前を記憶に止めた。

 プレイヤー名…「お受験ウサギ」。

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