AZURE EYES CAROL 01
「VRMMOって何?」
学校からマンションに戻るなり、カナからヘルメットに似た金属製の物体を受け取った薫は彼女に聞いてみた。
「ネット回線を使って、たくさんの人が同じ仮想世界で遊ぶゲームのこと」
あまり感心なさ気な薫を見てカナは言葉を続けた。
「MMOは色んなファンタジー要素を詰め込んでいるから、『きゃろる』のキャラクターイメージ作りに役立つはず」
女性ボーカリストとしてデビューが決まった時、薫たち三人は咲岡にこう言われていた。
「自分たちが楽しいと思う世界を作りなさい。私は可能な限りそれを手伝うわ」
その言葉を受けカナはVRMMOの世界を見に行こうと言い出した。
「色んなアニメを見たりゲームする時間も限られているし、現実世界と照らし合わせて見るには最適だと思う」
なるほどと薫は頷いたものの今までゲームにはそれほど興味がなかったため、VRMMO自体どんなものなのか想像が出来なかった。
「リナと私は打ち合わせとか準備があるから、先にきゃろるに始めててもらいたいんだけど」
デビューにあたり三人は役割を分担した。
振り付けについては三人の中でも踊りが上手くセンスのあるリナが担当し、手先が器用で子供の頃から本を読みあさりファンタジー世界の知識が豊富なカナが衣装とイメージコンセプト作りを担当した。
「私のセンスだと趣味に走りすぎるから、そのバランスをきゃろるに決めてもらいたい」
普通の女子高校生である薫は、同年代の女子達が好むファッションやコスメについて人一倍関心が高かったことから、彼女たちの意見を元に具体的な結論を出していた。
いきなりやれと言われてもゲーム素人の自分には無理だ、と薫がカナに文句を言うと彼女は慣れるまでの間レクチャーをすると答えた。萌木にも声をかけているから困ったことがあったら相談するように薫は言われた。
リビングのソファにノートPCを置くと、カナはあらかじめ選んでいたVRMMOの公式サイトを開いた。
マグナスキルオンライン。
ポップなファンシーゲームを予想していた薫は期待を裏切られたような気持ちになった。
「これ可愛くない!」
思わず薫は不満を口にした。そんな彼女にカナは説明を始めた。
「色々な意味で完成形VRMMOであるマグナは、可愛くはないけれど初心者向けとしては他のものより取り付きやすいゲームだから」
ぶつぶつ文句を言い出した薫に構うことなく、カナは公式サイトのページをめくりキャラクターメイキングや基本操作などについて解説をしていった。
「何事もチャレンジ」
二人はそれぞれの部屋からマグナスキルオンラインに接続することになった。
薫はパジャマに着替え上からカーディガンを羽織ると、ミネラルウォーターを二口飲みDORSを抱えてベッドに横になった。
…妙なことになっちゃったな。
そう思いながらDORSをかぶり起動スイッチを押した。微かなモーター音が聞こえ、バイザー部分に文字が浮かんだ。
『10秒後にセットアップを開始します。目を閉じ気持ちを楽にしてお待ち下さい』
深呼吸をし薫は瞳を閉じた。やがて視野の中心から光が放射状に広がると、青い空間へと変化し目の前にパソコンモニターのようなウインドウが開いた。
『思考選択の設定を行います。ウインドウに表示されている文字に意識を集中させて下さい』
言われるまま薫は意識を集中すると「OK」の文字が現れ、続いて思考発声や体感設定といった環境設定項目が現れた。意味がよく分からなかったのと設定は常時変更可能とあったため、薫は初期設定状態のままキャラクターメイキングへと進んだ。
ランダムとカスタムのいずれかを選択することでメイキングが開始されるのだが、細かい選択項目の数の多さにうんざりした薫は、直感的にいいなと思うものを選んでいった。性別は女性。声は20種類のものから会話相手が聞きやすいと思われるものを選んだ。最終確認のメッセージが現れ「YES」を選択すると、ウインドウが閉じられ再び視界の中央から光が放射状に広がっていった。
「無事に入れたみたいだね」
キャラクター名をあらかじめカナに伝えていたので、彼女は新規プレイヤーのスタート地点で薫の到着を待っていた。
「さてはじめよう」
スタート地点には新規プレイヤー用に基本装備とスキルを提供するNPCがいた。二人が近づくとNPCアバターが話を始めた。
『ようこそマグナスキルオンラインへ。私はこの世界に新たな生を受けた者に冒険の始まりを祝して、いくつかのプレゼントを用意しています。あなたが必要と思う武器とスキルを二つずつ選択して下さい』
「すごい、ちゃんと話してる」
女性型のアバターを見て薫は驚いた。
「初心者向けはメイスと盾、スキルは回復ひとつと攻撃ひとつ」
カナが言ったアイテムとスキルを薫は受け取りステータス画面を開くと装備と習得を行った。
「この服ださい…」
自分のアバターが着ている服を見て薫はため息を付いた。麻色の地味なワンピースに木製の靴。
「この先に村があるからそこで服を買える。その前に狩りの方法を覚えないとね」
周囲を見渡してVRMMOの世界をじっくり鑑賞する暇を薫に与えることなくカナは歩き始めた。薫は不満に思ったが他に頼る人もいないことから、黙ってカナの後を追いかけた。
草原の小道を進むと緑の葉を繁らせた大きな木が点在し始め、その木の根元近くにはリスのような小動物が集まり、木から落ちた果実を拾っては無心にかじり続けていた。
「何アレ!かわいい!」
薫が歓声を上げると、カナは一歩前に出て手にしていた杖を振り上げ魔法詠唱を始めた。
「…え?」
杖の先に炎が現れ、カナが振り下ろすと炎の塊が一匹のリスめがけて飛んでいった。
断末魔の悲鳴を上げ黒焦げになったリスが地に倒れると、その体から青白い炎が沸き上がった。
「ユナの魔法スキルだと威力が少し弱いから、魔法攻撃のあと殴り一回」
無表情でそう言ったカナを見て、薫はショックを受けた。
ゲームでは狩りをすることで経験値を貯めていくことは知っていたが、仮想世界とはいえ可愛らしい擬似生命体を無慈悲に倒してしまうことなど考えられなかった。
「ああいうのも狩りしないとダメなの?」
カナは頷いた。
「じゃあ違うのにする」
顔を膨らまして薫はそう言うと少し離れた場所にいたコガネムシ似のモンスターに狙いを定めた。
武器を構え思考選択でスキルを実行すると体が勝手に動き出し、振り下ろしたメイスの先から光球が飛び出した。魔法攻撃を受けたコガネムシはひっくり返ったものの素早く起き上がり、薫を目指して猛突進してきた。
「なにあれ?…わ、わわわ、まじでかっ!」
近づくにつれコガネムシの大きさが把握出来た。その体長はおよそ50センチほどもあった。
きゃーきゃー悲鳴を上げながら薫は無我夢中でメイスをコガネムシの頭めがけて振り下ろした。
ぼこっという鈍い音と共にコガネムシは薫の足元でひっくり返ると、6本の脚を揃えてピンと伸ばしやがて動かなくなった。その体から青白い炎がゆらゆらと沸き上がった。
「お見事!」
感心の声を上げてカナは拍手をした。
「次はクエストを受けてみよう」
B級ホラー映画以上の恐怖に襲われた薫は、力なくその場に座り込んだ。
…これは無理すぎる…。
そんな薫の心情を察することなく、カナは鼻歌交じりに歩き始めた。




