CAROLIANS 08
11時40分。
裕香の自宅で皆一緒に音楽番組を見ることになった。
広人と三人娘がソファに腰掛け「CAROLIANS」は床に座ることになった。咲岡はソファの傍に立ち電話を掛けていた。
新曲紹介のコーナーになると、「CAROLIANS」は歓声を上げテレビ画面と三人娘の方を交互に見ては不思議な感じがするという様なことを言い合っていた。黒猫ヘッドのおかげで収録スタジオの様子が把握出来なかった広人は、画面に映る自分の姿を見て複雑な気持ちになっていた。収録中広人は言われるままの事をしただけで、仕事をしたという感慨もなければ達成感もなかった。本人の心情とは無関係に収録映像は放送されていた。過ぎた事を考えても仕方ないのだが、今のままではいけないと思う気持ちが広人の中で湧き上がっていた。
「お邪魔するのです」
リビングのドアを開け萌木が入ってきた。フリルが付いたピンク入りのワンピースにサイドテール。外見こそいつも通りだったが、顔色は青ざめ目つきが鋭くなっていた。明らかに体調が思わしくないようだった。咲岡に頼まれたファイルを届けに来ていた。
「キララ!」
萌木を見た「CAROLIANS」の男子メンバーは興奮した様子で立ち上がると、萌木に向かって駆け寄っていった。萌木の表情が急に変わったかと思うと、彼女はいつも違う口調で声を荒げた。
「でかい声出すんじゃねぇ、白豚どもが!」
その言葉に怯むことなく男子メンバーは目を輝かせると携帯端末を取り出した。
「こっちくんなコラァ!エロゲーキャラじゃねえんだよ!というか頭いてーし!」
リビングをふらふら逃げ回りながら、警戒心をむき出しにした猫のように萌木は「フー!」と唸り声を上げ彼らを威嚇した。だがその効果は全くなく写メの連写を逆に浴びることになった。
「彼女…どうしたの?」
三人娘に広人が聞くと、薫が冷ややかな表情で答えた。
「広人君のおうちで彼女ジュースと間違えてワイン飲んじゃったんだよね」
「酒を飲むと性格が豹変するのだ!」
リナが補足した。
「キララっていうのはエロゲー『外道魔ぎゃるキララ』の主人公の名前。ちなみに暴言厨仕様。ぱっと見似てなくもない」
カナはさらに補足を追加した。
萌木は咲岡にファイルを手渡すと、キッチンのシンクに行き顔を突っ込んでいた。
彼女の異変に気づいた男子メンバー達は心配そうにその様子を見ていた。
「『CAROLIANS』の皆さん」
咲岡はそう言うと彼らのそばに近づいた。
「私たちは君達と一緒に仕事がしたいと思っています。よろしければ当事務所と契約を結ばせていただきたいのですが」
いつもとは違い慎重な口調で咲岡は言った。彼女の中では前々から考えていたことのようだったが、初対面の人々に対していきなりスカウト話を持ち出すど普通では考えられないことだった。その大きな理由は世界に「るりきゃろ」の存在を広く知らしめたのは他ならぬ「CAROLIANS」であるということだ。
デビュー当初から海外レーベルが販売権交渉を持ち出してきたため、「るりきゃろ」はシングル二曲目から現在のレーベルへと移籍することになった。咲岡は時間をかけて先に国内での知名度を上げたうえで海外進出を目論んでいたらしいが、「CAROLIANS」の活動が海外への宣伝効果をもたらしたため大幅な計画変更をするに至ったということだ。咲岡は彼らの詳細を突き止めようと手を尽くしたが、その全容を知るまでには至らなかった。彼等の公式ウェブにコンタクトをとってみたものの、悪戯と思われたのか今日まで返答が来ることはなかった。
趣味で始めた彼らにそのような内部事情は分かるはずもなく、咲岡が今のような話をしてくること自体、想像の域からかけ離れすぎていた。
「少し時間をいただいちゃいます」
裕香は「CAROLIANS」のメンバーを集め話し合いを始めた。
彼らの中には家族に嘘をついてまで日本に来た者もいた。ネット上でのライブ配信は家族に自身の安否を伝える有効な手段ではあったが、異国の地でタレント活動を行うとなれば家族の反対を受けるに違いなく、場合によっては帰国ということにもなる。その一方彼らは将来的に日本でアニメやゲーム、ファッションなどの仕事に携わりたいと考えており、不意に訪れた機会を見逃してしまうわけにも行かなかった。
「まじげろしちゃったのです」
キッチンから戻った萌木は、手にしていたグラスの水を一気に飲み干すとカナの隣に腰掛けた。具合悪そうに前かがみになった彼女の背中をカナがさすっていた。
「広人さん」
裕香は広人の事を呼んだ。
海外出身者である彼らには、その場しのぎの言葉や無期限の約束といった概念はない。常に目の前にある事実を受け入れるか断るかのどちらかである。
「みんな困っちゃいました」
そうなることを予想していた広人は、手にしていた『叫び』のお面を裕香に手渡すと「CAROLIANS」のメンバー全員に聞こえるように言った。
「顔を隠しても仕事は出来る」




