CAROLIANS 03
リビングは遮光カーテンが引かれ薄暗くなっていた。
「ソファに座っちゃって下さい」
裕香の声に従い、数分前の記憶を頼りに広人はソファの置いてある位置に進むと、手探りでその感触を確かめゆっくり腰掛けた。
天井のライトが光ると、広人の目の前に衣装で着飾った六人の姿が見て取れた。彼らの後ろの壁には、白色の英字で「CAROLIANS」と描かれた旗のような黒い布が取り付けられていた。
部屋の隅に置かれたスピーカーから音楽が鳴り出し、それに合わせて彼らは踊り始めた。
広人はその曲に聞き覚えがあった。
曲のタイトルは「ナイトメアリップ」。「るりきゃろ」のセカンドシングル曲だった。
ゴシック調のドレスとゾンビに似せたようなメイク。ハロウィンやハリウッド映画に出てきそうなモンスターのコスプレなど自作と思われる彼らの衣装は細かい部分まで手が込んであった。
何よりその曲のPVを忠実に再現したような彼らの踊りは素人の域を遥かに越えていた。ところどころアレンジされているのかややオーバー気味なところもあったが、見る者を引き込む迫力を充分備え、相当練習を積んでいたことが呼吸のあった動きに現れていた。
「どうでしょうか?」
曲が終わると息を切らしながら裕香が広人に聞いてきた。
拍手をしながら広人は立ち上がり、称賛の声を上げた。
…これを見たら三人娘は何と言うだろう。
広人は思わずそう考えた。
裕香達はお互いの顔を見合わせると、満足そうに声を掛け合っていた。
「CAROLIANS」は名前の通り「るりきゃろ」ファンのサークルだった。彼らの活動は「るりきゃろ」の近況をネット上で紹介することを主にし、定期的に今のようなPVコピーの映像を動画サイトで配信したりするということだった。
裕香がわざわざ広人に自分達の踊りを見せたのは、「るりきゃろ」と同じ日本人の目から見た感想を聞きたかったからということだった。彼女達は日本人の反応に対して過敏になっていた部分もあり、なかなか適した人物を探すことが出来なかったという。
「学校の友達に見せるのが怖くなっちゃって」
確かに見る人によっては良からぬ方向へと話が進む場合もある。慣れない異国で自分達の趣味を他人に教えるには、それなりの勇気が必要になるのかも知れない。
「私たちは今の踊りをネット上でライブ配信しちゃってから、深夜の音楽番組をみんなで一緒に見ちゃいます」
広人も誘われたのだが予定を変更するわけには行かなかった。タイミングよく広人の携帯端末にカナからメールが届き、事務所を出て広人の自宅に向かっているという知らせも入ったため、広人は彼らとの再会を約束し自宅へと急いだ。筋肉痛はだいぶ和らいでいたので広人は走ることにした。
走りながら広人は「CAROLIANS」のことを考えていた。
裕香スミスを中心に構成されたサークルのメンバーは、英語圏を主とした海外からの留学生や裕香と同じような移住者達であった。彼らが日本に来た大きな理由は、世界でも類のない文化に触れたかったからということだった。
アニメやゲーム、コスプレといった「おたく」、中高生女子を中心とした「原宿」に代表されるファッション、若者から中高年層にまで幅広く浸透しているそれらは、他に例のない日本独自の文化である。海外居住者がネットのサイトや母国でその日本文化に関する情報を集めるには限界があり、鮮度という点ではかなり古いものになってしまう。「CAROLIANS」のメンバー達は来日のために勉強や日本語の習得に励む努力をしてきていた。裕香は日本に来てすぐに英語圏からの国内在住者に向けて、フェイスブックやSNSなどの交流手段を用いて現在のメンバーを集めたのだと言っていた。「るりきゃろ」は「おたく」と「原宿」の二面性を兼ね備えた特異なアイドルであったため、裕香達のサークルにとって代名詞とも言える存在だった。
広人の自宅駐車場には父親の車の隣に咲岡の車が駐車していた。カナはおそらく広人の自宅近くでメールを送っていたのだろう、三人娘を出し抜くことが出来るのは遠い未来のように思えた。咲岡の車のバックミラーには、裕香が自分のバッグに付けていたものと同じピンク色のリボンのキーホルダーがぶら下がっていた。
「お帰り広人くん」
リビングの窓から薫が顔を出し広人に手を振った。
慌てて広人は周囲を見回したが、人影が見当たらなかったのでほっと息をついた。
「そこで待ってて」
彼女はそう言い窓から姿を消した。開け放たれた窓からは大きな笑い声や歓声が聞こえた。
ほどなく薫が玄関から外に出て広人の隣に立った。
「お買い物行こう!」
エコバックを高々と上げると広人の手を握った。広人の母親から買い物を頼まれたのと、夜食用の菓子類を買いに行くとのことだった。大きめのトレーナーと青色のパンツ、白い帽子に伊達メガネとマスク。いつも見ている彼女の私服と今日は違っていた。仕事のない日常では普段はいつもこんな感じだと薫は言った。生活感を感じさせる服装のためそれほど目立つ格好ではなかったので、広人は少し安心すると同時に彼女の新たな一面を見つけた喜びを感じていた。
スーパーマーケットはコンビニの50mほど先にあった。カートに買い物かごを載せ広人がそれを押した。
「私たち付き合ってるように見えるかな?」
反応を伺うように薫がそう言うと、「まさか」という広人の言葉に反して彼の顔はみるみるうちに紅潮した。お腹を抱えて笑い声を押し殺した薫は「さてと」と言うと、メモを取り出し売り場を回り始めた。
マスクをしていたせいか、薫はほぼ他人からは気づかれなかった。
パン売り場を過ぎ乳製品コーナーで薫は立ち止まるとある品を指差した。
「美味しいのかな?」
興味津々といった感じで彼女が見つめていたのは「白猫の飲めるヨーグルト」という品だった。
…飲めないヨーグルトもあるのだろうか?
真面目に広人は考えてしまったが、「白猫」という文字に反応した広人は携帯端末にメーカー名とお客様ダイヤルの電話番号を登録した。大きさは期待を裏切る事なく1ガロンもあった。メーカーは広人の心配をよそに新たな販路を開拓していた。
「買ってみよう」
薫は一つ手に取ると買い物かごの中に入れた。
「広人さん!」
不意に声をかけられ広人が後ろを振り向くと、裕香と「CAROLIANS」のメンバーがいた。




