CAROLIANS 01
放課後、図書室にむかった広人は裕香スミスが来るまでの間、自分が呼び出された理由を考えていた。
校長室での一件については、あらかじめ咲岡が学校側に対して広人のことは他の生徒へは公言しないよう固く念を押していた。学校側も問題が発生することを恐れ、その点については充分理解していると言っていた。裕香については昼休みに自分の前の席にいる女子という認識しかない。彼女が自分に好意を寄せているのではないかと思ったが、そんなフラグの立ちそうなイベントが学校内外で起こった記憶など全くなかった。マグナスキルオンラインのプレイヤーという線を考えてみたが、学校内で広人はそれに関わる話をしたことがなかったので、その可能性は低いと思われる。もし妹が同じ高校にいたのなら、彼女に頼み込んで裕香スミスなる人物が何者であるかを探ることができたのだが、その妹は遥か遠方にいる。
当てはまりそうな条件を色々考えてみたが、確信的な答えは見つからなかった。直接本人に聞いてみるほか選択の余地は無いように思われた。ともかく早く家に帰り体力作りのためのロードワークとトレーニング、夕食入浴の後に勉強ノルマの消化、それからマグナでのダンス練習に備えなくてはいけない。
彼女をただ待つのも時間の無駄と考えた広人は、自習席に座ると英単語の問題集を広げた。
「お待たせしちゃいました」
念仏のように単語を繰り返し唱えていた広人の後ろから裕香の声がした。
「いえいえ」
来たばかりだったから、などという付き合い始めの相手に使う言葉を付け加えず、広人はあえて本題に話を進めようとした。
「急なんですけど、お時間ありますか?」
正直そんな時間はない。そう言いたかったが、相手は美貌を備えた女子である。下心があったわけではないが、相手に悪い印象を与えてしまうのは得策ではないと広人は判断した。
「少しくらいなら」
分単位での時間を明示することなく広人は答えた。
…部活の勧誘なら断ろう。
考えられる理由として最も適した答えはそれ以外になかった。
「それでは学校の外で」
にっこり微笑むと彼女はそう言ったので、広人の予想は早くも覆される。
一緒にいるところを他の生徒に目撃されよからぬ噂を立てられても困ると判断し、トイレに寄ってから校門に行くと広人は彼女に告げた。
トイレに入った広人は裕香との会話に使用できる時間を計算した。
三人娘からのメールはなかったので、彼女達のログインはほぼいつもの同じ時間であると予想される。夕食と入浴時間を短縮したとしても最長でおよそ30分。
校門の外では裕香が待っていた。
「ちょっと寄り道しちゃってもいいですか?」
先に会話を切り出されたため、タイミングを逸した広人は彼女の言葉に従うことにした。
彼女とは並んで歩くことなく、広人は一歩遅れて後を追った。
後ろ姿がマグナスキルオンラインの薫のアバターに似ているな、などと思いながらついていくと裕香はハンバーガーショップに立ち寄った。広人は買い食い禁止の校則に従うわけではなかったが、中に入ってしまえば話が長くなる可能性が高いため、あえて外で待つことにした。
ほどなく彼女は出てくると、ハンバーガーセットの袋を広人に手渡した。
もらう理由がないと広人が答えると、お礼だからと彼女は言った。
「お礼って、何のこと?」
やっぱり的な表情をした彼女は話し始めた。
高校に入学した当初、近所のスーパーで買い物をしていた彼女は今ほど日本語が上手く言えず、欲しい品物について店員に聞いたが正しく伝えることが出来ずに困っていたらしい。その時たまたま買い物に来ていた広人が間に入り事無きを得たということだった。無論そんな記憶など広人には残っていなかった。
「ですよね~」
舌を出して申し訳なさそうな顔をした彼女は、今日に至るまでの話を始めた。
スーパーでの広人は急いでいたらしく、事の成り行きを見届けるなり帰ってしまったため、お礼を言うタイミングを逃していたということだった。広人が来ていた制服から同じ学校の生徒だと分かったらしいが、学校での広人は常に絶対不可侵領域的なオーラを発していたため、なかなか近づくことが出来なかったということだった。広人の記憶にあるうちにと思っていたらしいが、きちんとした日本語が話せないということもあり、気を悪くされるのではないかとも考えたらしい。
やがて二年になり、一年の時に同じクラスで仲の良かった同級生の隣の席に広人がいることを知り、少しずつその距離を縮めようと努力をしていたということだった。
…アプローチにかける時間が長すぎるような気がする。
「広人さんのおかげで日本語がうまく話せるようになっちゃいました」
知らぬところで役に立てたという自覚は当然広人にはなかったが、それは良かったと間に合わせ的な返事を彼女に言った。
別れ間際に彼女は携帯の電話番号とメールアドレスを交換したいと言ってきた。
まだ日本に慣れていないこと多いらしく、色々相談したいということだった。
時間が経過するにつれ広人は焦りを感じていたので、その場しのぎではあったが好印象を相手に与えておくべく、携帯の電話番号とメールアドレスを教えたあと「連絡はいつでもいいよ」と伝えた。
日本人女性とは異なる魅力的な笑みを浮かべた彼女は、手を振りながら自宅へと向かっていった。
広人はその時になって初めて気がついたのだが、彼女のバッグには少し大きめのキーホルダーがついていた。それはどこかで見たことのあるピンク色の大きなリボンのキーホルダーだった。




