M+ 07
「黒氏には、私達とは違う踊りをしてもらう」
カナはそう言うと家に戻った広人にトレードを申し込んできた。
広人が受け取った二つのアイテムは踊りの感情表現だった。
「ヒップホップやブレイクといったダンスだと難度が高いし激しすぎて黒猫ヘッドが取れちゃうかもだから、基本から学びやすいロックとハウスを先に覚えてもらう」
VRMMOが広く浸透するようになると、基本的な感情表現そのものは無用になりつつあった。思考発声システムのおかげで現実世界と同様に会話が行うことが出来るからである。VRMMO以前のMMOであればキーボードを使用した会話が主であったため、伝えたい感情を代用表現する手段として感情表現が用いられていた。「笑う」「怒る」「泣く」「喜ぶ」などのコマンドアイコンをスキルと同じように選択実行することで、アバターがそれぞれの感情に合わせた動作を行っていた。ただしダンスの感情表現だけは人気が高く、有名なダンサー達のモーションキャプチャーデータが次々と感情表現アイテムとして商品化されていた。
「私たちのダンスはオリジナル要素が強いから初心者には難しい。それに黒氏は周りが見えないからソロで踊ってもらうことになる。踊る時間はそんなに長くないから辛くないと思うけど」
踊りの感情表現を習得した広人は、試しにロックダンスを使ってみた。
どこからともなく音楽が鳴り出すと、そのリズムに合わせて勝手に体が動き出した。
感情表現の動作そのものは中断しない限り、プログラムに組み込まれた一連の動きが始めから終わりまで再生される。
「でもこれって自動だから練習にならないんじゃないか?」
広人が疑問を口にすると、カナは具体的な説明を始めた。
「感情表現を適度に中断させて、その動きを真似すればいい」
「なるほど」
「それに感情表現は自動だけど、体感設定を調整すれば直に踊っているような感覚が掴めると、黒氏のお父さんが言ってた」
カナが先日広人の父親に聞いていたのはこの事だった。
「感覚を掴むことで、脳の無意識層に認識させれば充分なイメトレになるらしい」
広人は感情表現を使いながら、体感設定を細かく調整していった。調整具合によって確かに自分が踊っているような感覚を得ることが出来た。
「あとは繰り返して感覚の記憶を脳に刷り込んで行くだけ」
ダンスなど自分に出来るはずはないと思っていた広人だったが、これなら大丈夫そうだった。
初めは心配そうに広人を見ていたカナと薫だったが、広人が慣れ始めたあたりから彼の後ろに立ち、あれこれと振り付けの打ち合わせを始めた。
感情表現の音楽により二人の会話は聞き取りづらかったが、しばらくすると熱を帯びてきたのか彼女達の声が次第に大きくなり、広人の耳にもはっきりと伝わるようになった。
「ここで黒氏に斬りかかって、そのあとドロップキック」
「踏みつけたほうがいいかな?う~んラリアットもやりたいな」
PVの振り付けについて話しているようだが、あまりにも会話が物騒だった。
「バットは定番すぎる」
「火炎放射器はどう?ロケットランチャーとか」
「黒氏がバラバラになって、ミニ黒氏がいっぱいは?」
「キモカワだね~」
「スルメのようになった黒氏を、風船のように膨らませる」
「自転車の空気入れがいいかな。空気よりも水を飲ませるとか?」
「黒氏の頭が火事!」
「それ不自然、ねこって髪の毛ないし」
ファンタジー世界の住人はどういう扱いをされているのかが気になった。
「そ、そう言えば、新しい曲のタイトルって決まったの?」
広人は動きを止め、ひと息入れる振りをして二人に聞いてみた。
二人は頷くと声を揃えて言った。
「らぶらいど」
「!」
乙女指数が高そうなタイトルとはあまりに無縁すぎるPVの内容に広人は絶句した。
…二人の中で何かが崩壊している。
咲岡が言っていた「三人娘の手助け」とは大きくかけ離れているような気がした。




