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M+ 05

『午後9時にインするね』

 部屋掃除を終えた広人は妹からのメールを確認すると、その時間まで机に向かうことにした。

 急な予定変更で広人の勉強スケジュールは大幅な変更を余儀なくされたが、大した問題ではなかった。時間さえ調整すれば充分足りることだし、ほかにやらなければならないことが沢山あった。

 午後4時に広人は咲岡に送られ自宅へと戻った。

 部屋にはスタジオ収録の時に使用したバイオリンが置いてあった。それは前日に咲岡が知り合いの楽器店から借用したものだったが、広人はそれを買い取ることにした。

 バイオリンは数ある音楽楽器の中で最も価格帯が広く、億超えの名器ストラディバリウスを筆頭に数万円のものまである。

 店にあったものを適当に出してもらったと咲岡は言っていたのだが、その値段は軽く新車が買えるほどのものであった。咲岡との交渉で彼女がその代金を肩代わりをし、広人はギャラから少しずつ返して行くということになった。支払いがいつ終わるかは分からなかったが、広人はとにかく目に見える枷のようなものが欲しかった。現実世界で三人娘と自分とを繋ぎ留めるための証と言ったほうが正しいのかも知れない。咲岡はそんな広人にある提案をしてきた。

「しばらく君には着ぐるみをかぶってもらう。私が着ぐるみを脱いでも良いと指示を出した時点でバイオリンの支払いは終了ということにさせてもらうけど、それでいいかな?」

 咲岡の狙いは何であるのか広人には想像できなかったが、その提案を断る理由はなかった。もちろんこの話は咲岡と広人の間で交わされたものであり、三人娘には内密にすることになった。


「変な兄妹だね、私達」

 狩場に向かう途中で亜紀はそんなことを言った。

「前は私が相談して、今度は広兄が私に相談って」

「いいだろ別に兄妹なんだし」

 あははと声を上げて笑う妹は、先日の心の迷いなどとうの昔に忘れたような感じだった。

 日曜に三人娘がマグナにインする時間は遅かった。亜紀に会うまではログイン時間を三人娘に合わせていた広人だったが、どうしても妹に聞きたいことがあったためメールで時間の約束をしていた。

 亜紀はちょうどあるNMDからドロップされる衣装アイテムが欲しかったということで、狩りがてら話をすることになった。そのNMDは骸骨系のボスらしく、細剣と弓使いの亜紀にとっては相性が悪い。前衛を広人が担当し、亜紀は回復補助役に回ることになった。

 廃墟と化した洋館がイメージされたIDの扉を開け二人は中へ入った。

「お前三人に俺のこと色々話しただろ」

「聞かれてマズイことでもあった?」

 広人が言葉に詰まると、亜紀はしてやったりといった顔をした。

「例えば…あの、俺のクローゼットとか…」

「あーあれか」

 とぼけた様子で亜紀は言う。

「今まで黙ってたけど、時々こっそり広兄の服借りてたんだ。その時に色々見つけちゃった」

 亜紀がカナに話した時は、まさか自分の目で確認するとは思わなかったという。

「自慢になるけど私けっこうモテるから、しつこい男対策にたまに男物の服を着るんだよ」

 初めて聞いたことだったが本当の話らしかった。男物の上着を着ることで彼氏がいるとの誤解を生ませるのが目的だという。

「そういう広兄だって、モテるくせに」

「自慢じゃないがそういう自覚はない。むしろそう言ってみたい」

「マジで?って雑魚からいい武器出ちゃった、らっきー」

 IDも慣れ過ぎるともはや作業同然になる。MOBの行動パターンが読みきれているので、話に夢中になっても危機的状況に陥ることはなかった。

「中学の時さ、広兄って学校じゃベスト5に入るくらい女子から人気あったんだよ」

「何か欲しいものでもあるのか?」

 広人は亜紀の言葉の裏を探ろうとした。

「いやホントに。それに広兄をモデルにした薄い本とか作ってた人もいたんだよ」

「薄い本?」

「同人誌知らないの?」

「それは知ってる」

「そのジャンルでBL、ボーイズラブって言う男同士の同性愛を描いたものがあって…ガチホモってやつなんだけど」

 興奮したのか亜紀は話を続けた。

「まあ妹としてはあまり気分が良くないわけで、描いた人に直接文句を言いに行ったけどね」

 中学の時に同級生の女子に言われたことがあった。「きみの妹は怖い」と。どういう意味なのか分からなかったが今になって理解出来た。

「それから私はブラコンのレッテル貼られたけど別に気にしなかった、逆に都合良かったし」

 相談のつもりが広人は自分の妹の武勇伝を聞く羽目になっていた。

「だって私は広兄が大好きだから」

「!」

 いつの間にか目的のNMDのいるエリアに着いていたことに広人は気づかなかった。

 亜紀は今の言葉を冗談と言うこともなければ否定することもなく、視野に入ったNMDに挑発行為を仕掛け始めた。広人は妹に聞こうとした質問が何であったのかを忘れそうになった。

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