M+ 04
「ほう…貴様ごときが我に仇なすとは、その心意気だけは認めておこう」
「この世に悪が栄えた試しなどないのです。お約束のタイムエンドなのですよ」
「ククク、その高飛車な言い草も聞くのが最後になるかと思えば、少しは情の念も沸いてくるというもの。よかろう我が最大の術式によって、其方が地に落とす影さえも暗黒の迷宮に誘ってやろう」
「望むところなのです!」
咲岡の指示で広人がミーティングルームに戻ると、カナと事務員の萌木が脳内世界で戦いを繰り広げていた。
どこから持ち出したのか、それぞれがおもちゃのステッキと剣を手にし、テレビモニターを挟んで二人は対峙していた。長机の上には書類の束のほかに様々なアニメのDVDパッケージが置かれてあり、事の発端が容易に想像できた。下手に口を挟んで二人を現実世界に連れ戻すのが惜しくなった広人は、椅子に腰掛け二人の結末を見届けることにした。
「爆裂召喚!いでよ我が忠実なる下僕、黒猫伯爵!」
そう言うとカナは広人の方を見た。
不吉な予感を広人が感じ取るよりも早く、萌木は広人に向かって剣を振り下ろす動作をした。
「ヨーコソニックブレイド!」
小さいのは背丈だけではなかったようで、彼女の手からするりと抜けたおもちゃの剣は真っ直ぐに広人を目指していった。
「ちょうどよかった」
広人の額にクマのイラストが描かれた絆創膏を貼り付けると、カナは広人の頭の寸法を測り始めた。
萌木は咲岡に呼ばれ社長室へと向かっていった。
今日収録でかぶった着ぐるみの黒猫ヘッドはレンタル品なのだという。無論それは正式に広人が事務所との契約を結ばなかった場合を考えてのことらしく、サイズが合わなくて当然であった。
「もし黒氏が断ってたら、違う人がメンバーになってた」
あえて顔を隠す理由もそこにあるらしい。
「それは分かったけど、また着ぐるみをかぶる理由がわからないんだけど」
広人がそう言うとカナは机の上にあった書類の束を広げた。
「前にも言ったけど、次の曲のPVの企画書とコンテがこれ」
手にとってみるとタイトルは未定であったが、曲に使われる詞とそれに合わせたイメージ画が描かれていた。コンテでは具体的な内容が細かく説明されていた。
「るりきゃろ」のこれまでのPVは、幾何学的なデザインのセットを使いその上で歌いながら踊るというものが多かったが、新たなPVではファンタジー世界を再現したようなセットを使用することになっていた。PVの舞台となる世界ではその住人が黒猫執事という設定だった。
世界的に注目されている「るりきゃろ」だけに、PV制作への協力や協賛を申し出る企業や個人が多く、作るごとにその数も増えているのだという。ゆえにクオリティの高いPV作りが可能になる。
「まだ時間があるから、黒氏にも色々頑張ってもらうことになるけどね」
「具体的に何をすればいいんだ?」
広人がそう聞くと、カナは指を折りながら数え始めた。
「楽器は特に問題ないから、とりあえずダンスかな」
「ダンスって、俺そういうの苦手なんだけど」
「イメトレならマグナで出来るし、普段は基礎体力をつけてもらえばいい。それに毎週土日は私達と一緒に練習することになるし。もちろん練習場所は黒氏の自宅」
「え?自宅?」
事も無げにカナはそう言った。
「やっぱり私達も年頃だから、たまにはちゃんとした料理も食べたいし」
…それくらい自分達で作れ。
再び三人娘が襲来してくるとなると、嬉しいというよりは先行きの不安で押し潰されてしまいそうな気分を広人は感じた。それも毎週の事となると気が気ではない。
「おっと、まだ測っていないところがあった」
そう言ってカナは広人の後ろに立った。
額の絆創膏に違和感を感じた広人は、指先で軽くその部分をさすった。傷は大したことがなかったもののぶつかった時の衝撃が強く、見た目だけでは安心できなかった。
黒い両腕が広人の首元に回り込んだかと思うと、カナは広人に抱きついてきた。
「断られたらどうしようかと思った」
三人娘の中で一番広人のそばにいる時間の長いカナだったが、彼女はいつも少し距離を置いたところにいた。そのため彼女がそうした行動に出ること自体、広人は予想出来なかった。
三人娘がどうあがき努力したとしても最終的な結論を出すのは広人本人だった。
事務所との契約を断っていた場合について広人は考えてみた。
おそらく三人娘は、広人との現実世界での関わりはおろかマグナスキルオンラインさえやめてしまうだろう。そして今までの事はすべて思い出となり時間の風化を待つことになる。
…それは絶対にいやだ。
カナの両腕に手を添え、広人はそう思った。




