sister's voice 08
日が長くなったとはいえ、午後八時を過ぎると辺りは夜の闇に包まれていた。
三人娘がバスルームに向かったタイミングを狙い、広人はコンビニに行くと言って外に出た。特に欲しいものがあったわけではないが、家にいてはお約束的な事故に巻き込まれる可能性が高く、その状況を回避すべきだと本能的に感じたからだった。
コンビニは自宅から歩いて15分ほどの距離にあった。自転車で行こうかと考えたが、時間を潰すことが目的であり、しばらく一人になりたい気分であったため広人は散歩がてら歩くことにした。
「コンビニはどっち?」
「その先の交差点を左…!?」
「じゃあ競争だ!」
背後から声をかけられたかと思うと、薫が広人を追い抜き小走りに駆け出した。
「負けたほうがアイスおごるんだよ!」
一瞬広人は呆けたが、我に帰ると急いで彼女の後を追った。現役女子高生とは言え彼女はアイドルである。暗がりではわかりづらいとはいえ、人目について良いはずがない。
交差点を左に曲がり、公園脇の道を通り過ぎると大きな通りに出る。その向かい側にコンビニがあった。
信号待ちをしている薫に広人が追いつくと、彼女は振り向きジャンケンを仕掛けてきた。
「やったね」
不意打ちではあったが、広人はやや後出しにも関わらずジャンケンに負けた。満足気に笑い声を上げた薫は、信号が変わるとまっしぐらにコンビニへ駆け出した。
白い帽子に伊達メガネ、長めのミントグリーンのレイヤードシャツに白T、白いレギンスの上に黒のショートパンツ姿の彼女は、一般的な女子高生ではあったものの、ガッツリ変装をしているわけではない。見る人によっては簡単に正体が見破られる程度のものにしか見えなかった。
広人より先にコンビニに入った薫は、一目散にアイスのフリーザーを覗き込み物色を始めた。
土曜の夜にも関わらず、幸い店内には客の姿が少なかった。広人が安堵する間もなく、薫は手招きをするとひとつのアイスを指差した。
…白猫アイス…だと!?
明らかに他社の偽物であるそのアイスは、通常のカップアイスに比べてその大きさが普通ではなく、容器のサイズが1.5倍のカップラーメンほどもあった。冷凍果物を詰められるだけ載せたせいなのだろう、考案したメーカーの今後が気になった。
渋々二つ手にしてレジに向かうと、店員は少し笑いかけながらも会計を始めた。途中広人の隣に立つ薫を見て多少驚いた様子だったが、通りすがりの激似さんと思ったのか、接客スマイルに戻るとアイスを袋に詰めレシートと釣りを広人に渡した。
リナカナには黙って出てきていたらしく、薫は公園でアイスを食べようと言ってきた。彼女は腕時計を見ると、あと30分は大丈夫だからと広人に告げた。どうやら二人の入浴時間を計算に入れた上での行動らしい。
公園のベンチに並んで腰掛け、アイスを口に運んでは歓声を上げる薫を見て広人は思った。
…本当の彼女を自分は知らない。
長い付き合いとは言っても、それはゲーム世界でのことで、現実世界で出会ってからは一ヶ月も経ってはいなかった。それにマグナをしている間は、現実世界のことなど話す機会もなければ必要もなかった。
「よく見ると、広人君のアイスと私のと、微妙に載っている果物の種類が違う」
再びメーカーの今後が気になったがそれはさておき、広人は自分のアイスから欲しいだけ果物を取るように薫に言った。
「広人君の将来の目標は?」
彼女はふとそんなことを広人に聞いた。
「大学出て、父親みたいな技術者になろうかと思ってる」
「そっか。いっぱい勉強してるもんね」
「君は?」
「うーん。今の仕事をやれるだけ続けたいってとこまでかな」
「そうなんだ」
彼女の場合いずれ転機を迎えることは明らかだった。現在の流行の頂点に立っているとは言え、時代の変化というものには逆らうことが出来ない。
「その時になったら考えるって感じだね」
アイスを食べ終えた薫は、立ち上がるとジャングルジムの方へと歩いて行き、広人の制止を聞き入れることもなく登り始めた。
「思ったより高くないんだね」
「油断すると危ないから降りてこいよ」
「広人君は高いところ苦手なの?」
呆れる広人に彼女は悪戯っぽく舌を見せた。
ゲーム世界で偶然出会った彼女はリアルアイドルで、それまでの自分が知る現実世界とはかけ離れた場所にいた。だが今ここに彼女はいて、何ら普通の人と変わることなく自分と会話をしている。この先自分と彼女の関係はどういった方向に進んでいくのだろう、広人はふとそんなことを考えた。
「やあっ!」
「あぶなっ!」
ジャングルジムを降りていた彼女は、もう少しで足が付きそうな所からいきなり飛び上がった。
反射的に広人は彼女を受け止めようと両腕を広げた。反動のせいなのか彼女の体は想像以上に重く、広人は足を広げて踏ん張り、何とか受け止めることが出来た。支える事で頭がいっぱいになっていたため、広人は自分の唇に柔らかいものが触れる感触に気づくのが遅れた。
「えっ!?」
「アイスのお礼」
薫はそう言うと広人から離れた。
「そろそろ二人がお風呂から出ちゃうよ、急いで帰ろ!」
広人に背を向け彼女は走り出した。
状況を把握しきれていない広人を残し、彼女は誘うように時折振り返りながら駆けていった。
マグナスキルオンラインで初めて出会った時のように。




