sister's voice 07
観客席の中央へと真っ直ぐに伸びたステージの上を、降り注ぐスポットライトの光を浴びながら広人は歩いていた。薄暗がりの中に見える人々は視線を自分の方を向け、歓声を上げ手を振っている。大音量で流されていた曲のために、鼓膜が麻痺したような感覚になっていた。ステージ後方を振り返ると、いつもとは違う服装で着飾ったリナとカナが両端を交互に行き交うように踊っていた。その上には巨大なモニターがあり、ステージ上の自分の姿を映し出していた。
広人の左隣には「るりきゃろ」がいて、右腕を広人の左腕に絡ませ、左手を振りながら観客の声に応えていた。彼女は広人の方を向くと顔を近づけ耳元で囁いた。
「広人君」
ゆっくり瞼を開けると薫が広人の顔を覗き込んでいた。下手に動けば頭突きを食らわすほどの距離であったが、不思議なことに広人は前ほど慌てることはなくなっていた。
「夕ごはん出来たって、行こう」
「仕事終わった?」
「うん」
彼女が差し出した右手を握ると、広人はゆっくりと立ち上がった。
三人娘が広人の家に集まることは、カナの携帯での会話から予想出来ていた。彼女達が何を企んでいるのかは分からないままだったが、知ったところでそれを抑止する手立てなどない。
机の上に置いてある目覚まし時計の針は、午後6時を過ぎた辺りを差していた。
リビングのドアを開けると、ダイニングテーブルに料理を並べているリナの姿が見えた。軽快な身のこなしで、狭いキッチンとリビングの間を行き来していた。
「リナちゃんこれもお願い」
「あい、かしこまり!」
広人の母親は楽しげにキッチンからリナに大皿を次々と手渡していった。ソファではカナが向かい合わせに座った父親のグラスにビールを注いでいた。広人と薫は並んでダイニングテーブルの椅子に腰掛けた。
「家庭料理なんて久しぶりなり!」
リナが広人の真向かいに座り、その隣に広人の母親が腰を落ち着ける。
「急ごしらえだから大したものが出来なかったけどね」
「時々遊びに来てもいいですか?」
「いつでもどうぞ」
おっしゃ!とリナは右手を高々と上げた。
いつになく広人の母親は笑顔を見せていた。妹が引っ越してからというもの、時折寂しげな表情を母親は見せていたが、それは広人には癒すことの出来ないものだった。ソファに座るカナは、DORSの開発部長である父親を相手に色々な質問を浴びせかけていた。普段は陽気に冗談めいた話をする父親だったが、あまり見せることのない真剣な眼差しで質問のひとつひとつに答えていた。
三人娘の襲来を広人は聞かされていなかったが、この様子だとおそらく妹の亜紀を通じて両親は知っていたのだろう。彼女達の周到な計画と手際良い行動力には度々驚かされていただけに、広人はそれを自然と受け入れるようになっていた。同時に彼女達が進む先に何があるのかを見てみたい、という気持ちにもなりつつあった。
夕食が終わると、広人の父親はソファ側のテーブルの上にノートパソコンを置いた。パソコンの上部にウェブカメラを取り付け設定作業を行うと三人娘を呼び寄せた。薫がパソコンの正面に座り、両隣をリナとカナが陣取った。広人は彼女達の後ろに立ちその様子を見ていた。
パソコン画面にはライブチャットのアプリケーションが立ち上がっており、相手先を呼び出していた。やがて画面には妹亜紀の顔が映し出された。
「やほやほ!」
「こんばんわ」
「こばにゃ」
三人娘が話しかけると、亜紀は驚きと緊張の入り混じった声を上げていた。
「こここ、こんばんわ!はじっめまして亜紀です」
「まさかの撫子型美形女子!」
「かわいい」
「ネコ好き?」
「わわわ本物だ!やばい!マジやばいって!」
寮の自室で会話しているのか、亜紀は隣の部屋に聞こえないように、昂る興奮を抑えながら話しているように見えた。久しぶりに見る妹の顔は前に比べて、ややほっそりしたような印象を受けた。痩せたと言うよりはトレーニングの影響で引き締まったと言ったほうがよいだろう。
ダイニングテーブルに向かい合わせに座った広人の両親は、穏やかな表情で三人娘を見ていた。
広人は三人娘の目的を理解した。彼女達は常日頃から公平という言葉を口にし大切にしていた。連携のとれたチームワークはお互いを思いやり、嘘を付くことなく信じ合うことから生まれたのだろう。必要と思えば可能な限り実現させるための努力を惜しまない。遠方で一人孤独と周囲の重圧に耐えている亜紀の気持ちを彼女達は察してくれていた。
二十分ほど続いた通話の終わりに、三人娘は亜紀と直接会って遊ぶ約束をしていた。
「よかったらお風呂どうぞ。お布団は二階の亜紀の部屋に敷いておいたからね」
「ありがとうございます!」
三人娘は母親に一礼すると、リビングを出て勢いよく階段を駆け上がっていった。
広人は母親に思わず声を掛けた。
「え?泊まり?」
「明日朝一で彼女達と一緒に仕事に出かけるんでしょ?」
「は?誰が?」
「広人に決まってるじゃない」
質問返しを受けた広人は、またしても理解不能な状態に陥っていた。魂の抜けかかった広人の肩を叩き父親が言った。
「で…本命はどの娘だ?」
三人娘の手により広人の外堀はすでに埋められ、馬は射られるどころか飼い慣らされていた。




