sister's voice 04
現実世界のスイスを模して作られたマグナグランティアの北東に位置するエリア「ラゲノア」に広人は移動していた。その拠点都市から北西に位置する小さな村で「白猫メイド」は広人の到着を待っていた。
なだらかな丘陵地帯の草原の一角に設けられた村を二人は出て、歩きながら会話を続けた。
亜紀はDORSを父親から貰うと直ぐに、マグナスキルオンラインを始めていたということだった。推薦での高校進学が決まってから、特にすることもなかったので時間つぶし程度に遊んでいたらしかった。当然のことながらキャラ名は今のものとは違っていた。所有するマグナスキルは、回復アイテムを製作するために、ゲームフィールド上にある草花や鉱物を採集していて偶然手に入れたものだという。
「あの時は驚いちゃった。まさかこんな所から出るなんて思わなかったから」
闘技場で無双とも思える強さを発揮した亜紀だったが、対人戦実装前はソロでのんびり狩りをしたり、製作をする程度だったらしい。今まで広人とゲーム内で会うことがなかったのは、広人が夜型に対し亜紀は朝型という生活習慣の違いによるものだった。
高校での寮生活を始めると同時に亜紀はマグナを休止していた。高校の先輩達に誘われFPSゲームをすることになったからだった。
「初めは面白かったけど、殺伐とした雰囲気とか風景に馴染めなかったし」
対人戦での立ち回りはその時に覚えたのだが、ひと月ほどでFPS自体やめてしまったということだった。
亜紀は急に立ち止まると前方を指差した。その先には野ウサギの外見をしたMOBの群れがいて、落ち着き無く動き回っている。亜紀は弓を構えそのうちの一匹に狙いを定めた。その距離およそ70メートル。
「まさかここからか?」
驚く広人に構わず、亜紀は弓を引くと矢を放った。
日本では競技人口の少ないアーチェリーを亜紀が始めたのは中学に入ってからだった。元々才能があったのか、レギュラーとなった二年生から頭角を現し、全国大会上位入賞という成績を収めていた。それがきっかけとなり、現在彼女が通う私立高校から推薦入学の申し出があった。
放たれた矢は一匹の野ウサギを正確に捉えると、無慈悲にその体を貫いた。
マグナスキルオンラインでは自動目標補足と手動目標補足の二つのモードがある。自動補足を使うと、武器性能とステータス数値によって命中率が算出されるのだが、射程距離が固定されることと命中確率算出時間がスキル発動までの時間に加味されるため、体感時間に遅れが生じる。手動補足は最大射程距離が大幅に伸びるものの、その命中率はプレイヤー自身の能力に依存するため、遠距離スキルを使用する場合、ほとんどのプレイヤーが自動補足を使用していた。
「うちの高校、高総体県予選で負けちゃった」
アーチェリーは肉体の個人差よりも、選手自身の精神力に負うところが大きく、常勝することが極めて困難なスポーツのひとつと言える。一年生である亜紀はレギュラー選手ではなかったが、大会には予備選手として参加していた。話によれば例年になく選手層が充実しており、全国大会上位入賞を期待されるほど前評判が高かったらしい。
「なんだか怖くなっちゃった。…自分よりもずっと実力のある先輩達が、毎日一生懸命練習して万全の状態で望んだのに、実力の半分も出し切れないで終わっちゃったから」
勝敗を決めるのは選手の精神力ばかりではない、会場の天候や状態によっても左右される。競技である以上運という不確定要素も当然つきまとう。早くも母校の雪辱をと願う周囲の期待は、スポーツ特待生という肩書きを持つ妹の華奢な体に重くのしかかっていた。精神的な面において亜紀がそれほど強くないことを広人は知っていた。
「アーチェリーは好きか?」
広人は亜紀に聞いた。
「好きだし、それしか脳がないもん」
「ならそれでいいんじゃない?」
あまりにお気楽過ぎる広人の発言に、亜紀は戸惑いを見せた。
「周りは勝手に期待とか言うけど、ありがた迷惑な押し付けだよな。別にダメならダメでいいと思うし」
「…そうかな」
「何かの結果を出して一番喜んでいいのは本人だし、出せずに悔しい思いをするのも本人なんだから…あんまり余計なこと考えないほうがいいと思うぞ」
亜紀は何かを悟ったように、目を見開いていた。
「そうする。…うん、そうしよう」
決意したように亜紀は大きく頷くと、広人に笑顔を見せた。
「広兄に会った甲斐があった。ありがとう」
「俺らの父親を見れば、何かあっても大抵の人は納得するだろうし」
「それ言い訳に使えるね」
あはははは、と声に出して笑う妹を見るのは久しぶりだった。
「実は聞きたいことも、ちょっとあったんだ」
落ち着いた所で、亜紀は広人に問いかけた。
「『KerBerryz』ってギルド名だけど、広兄って『るりきゃろ』のファンだっけ?」
不意打ちのような妹の質問に、広人は言葉を詰まらせた。
「わたし彼女のファンなんだよ。ブログは毎日見てるし、彼女が出てる雑誌とかこまめにチェックして買ったりしてる。もちろんCDシングルとアルバムにDVDとか持ってるし…そうそう新型DORSの事も彼女がイメキャラになったっていう情報見たからだし…」
「そうなのか…」
広人は妹の顔を直視出来なくなっていた。
「振り付けが独特だし、服のセンスも可愛いし、『KerBerrryz』ってバックダンサー二人のコンビ名なんだけど、それ知ってる人ってなかなかいないと思ってたけどな」
この場を上手く収める言葉が思いつかず、広人は焦るばかりだった。
…正直に話したところで、信じてもらえる確証はない。だがいずれバレることだし…どうすれば…
ギルドのチャットログが、三人娘のログインを告げた。
『黒氏どこ?』




